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全200句の所要時間


はじめに

200句語ると、どのくらいの時間がかかるのですか?
という質問をたびたび受けますので、
2006年2月より12月までかけて、
所要時間を調査しながら全句を稽古しました。

人前で語るのに相応しい句は約60句にすぎず、
残りの句は「勧進平家」や教習時にしか語られません。
私自身、教習時以来、今回が2回目の稽古となる句も多く、
平家詞曲全体を見直すよい機会になりました。
今後の演奏活動における時間配分の目安にもなります。


留意点

語る速さには、個人差があります。
建物や天候、聴衆との相性にも影響されますので、
ここに示す所要時間は参考値とお考え下さい。

「鱸」「我身栄華」「鵺」などは祝儀節としました。
換節のあるものは、極力換節で語りましたが、
所要時間が短縮される場合は通常の節で稽古しました。
間の物のあるものは、間の物を含めて語りました。
換節、間の物は、全200句修得後に伝授されるので、
相伝者でなければ語れないものです。
換節は「口説」を「指声」や「素声」に語る例が多いです。
間の物を含めることにより、所要時間は長くなります。


琵琶の手は、同一句中に同じ曲節が複数回ある場合は、
適宜略撥を導入しました。所要時間は少し短くなりますが、
メリハリを考えて語ることにつながります。
灌頂巻、大小秘事の琵琶の手は、口伝通りとしました。


環境

環境条件をなるべく一定にするため、
自宅において、夕方か夜の落ち着いた時間に稽古しました。
喉の調子が悪いときや疲労時は避けました。

譜本は親類の蔵書「平家吟譜新集」を用いました。
これは、そもそも教習順に編纂されている「平家正節」を
あえて「平家物語」と同じ順番に組み直したものです。
したがって「平家物語」の順に所要時間を調査しました。

平家正節編纂者の荻野検校が遺した「尾崎家本平家正節」や
“読みやすい”ことで有名な「青州文庫本平家正節」と比べると
「平家吟譜新集」には字の癖が感じられますが、
楠美晩翠から相伝を受けた津軽平八郎が編纂したもので、
相伝者にとって実に語りやすい譜本となっています。

晩翠は「平八郎は緩急自在に平家を語った」と評し、
館山漸之進は「平家吟譜新集」について
「初巻より次第に演奏すれば、源平興亡の事実顛末、
活歴史的に印象を為して、其の趣味甚だ大なり」
と『平家音楽史』に記しています。


語る速さについて

先祖の記録を見ておりますと、
むやみに引き伸ばして語らないのが上手、とか
節がないかのように語るのが上手、などとあります。

現代の他の相伝者・伝承者・演奏家のスピードと比べると、
私の語りは早めに聞こえると思いますが、
これは上記の口伝をふまえているからです。

館山甲午師も、館山宣昭師も、緩急を使い分けています。
麻岡検校がひと月で200句を稽古していた事実から鑑みても、
本来は、意外と早く語っていたものと考えられます。

今回は、語りこんだ句も語りなれていない句も
極力同じ速さで語るように心がけておりました。
その結果、「那須与一」「紅葉」などは
いつもより3分くらい長くかかりました。
語りこんだ句ほどメリハリを考えて時間短縮できるのです。

教習時は、音や詞を正確に覚えるためにゆっくり稽古します。
演奏経験が少ない頃は、ゆっくり語る傾向にあるため、
所要時間は、当然もっと長くなると思われます。


全200句の所要時間

さて、今回200句を語るのに要した時間は
5702分=95時間2分です。

くどいようですが、個人差・環境により、速さは変わります。
おそらく90時間〜120時間と考えるのが適当でしょう。

これなら、寺社の勧進のために全句を語る「勧進平家」は
語る速さの個人差や入れ替え時間を考慮しても
毎日3〜4時間×30日で達成できることとなり、
語り手(複数)も、聴衆(都合の良いときに聴きに来る)も、
そんなに負担ではなくなると思われます。


麻岡検校の稽古

当初麻岡検校は豊川検校より「平家吟譜」を学びます。
しかし京都・尾張では「平家正節」が主流となり、
麻岡検校は京に二度上り、平家正節の皆伝を受けます。

平家正節を正確に覚え続けるためだったのでしょう、
麻岡検校は毎宵平家を語り、長女に譜本を確認させながら
ひと月でひととおりを稽古したといいます。
麻岡検校には大名の前での演奏や後進の育成、
当道座における職務もあります。
また毎「宵」、長女を拘束しての稽古ですから、
200句を90時間程度で語っていたのでしょう。

毎日3時間、武将の最期や犠牲になる庶民の姿を語るには
相当な精神力が必要となります。
また、体力的な負担を生じさせないためには、
無駄な力を入れずに語る技術も持ち合わせていたはずです。

ただし「誰しも毎日3時間の稽古でひと月で全句を語れる」
などと安易に考えてはいけません。
ましてや「毎日3時間習えばひと月でマスターできる」
ようなものではないことを、改めて主張しておきます。


通し稽古雑感

■ 巻之五
「咸陽宮」「奈良炎上」は人の恨みを強く感じる内容なので、
200句通し語りや勧進平家を除き、
人前で語ってはいけないと思いを強くしました。

■ 巻之十
重衡と維盛の重く苦しい気持ちが伝わってくる句が多く、
内容を考えすぎると鬱陶しい語りになってしまいます。

■ 巻之十一
合戦の場面が多く、どんどん語り進む印象があります。
武将の死など、丁寧に語りたいものもあるのですが、
ゆったり語ろうと思うとかえって重苦しくなってしまいます。

■ 平家正節十一之上〜十五之下(※)
「法住寺合戦」「河原合戦」「盛俊最後」などは
「平物(ひらもの)」としては最後のほうで習います。
そのあたりで習うものは、
とりたてて有名な話でも、皇族に関わるような内容でもなく、
教習の順番を決めるときに余ったような句です。
「口説」や「素声」という単純な旋律形式が続くため、
メリハリに欠けるという共通の特徴があります。
時には、節をつけるのが面倒だったのかしら?と思うほど
単調なものまであるのです。

「法住寺合戦」は、教習時には2時間近くかかりました。
「河原合戦」は4分もかかる素声がありますし、
「盛俊最後」の最初の口説は7分もかかったります。
メリハリや緩急を使い分けないと、人前では語れません。
そこで、口説・素声・拾は意識して早めに語り、
時折入る中音や折声はゆったり語るように心がけました。

そうしているうちに「平物」の最後に収められている句の
教習における意義がわかってきました。
メリハリに乏しく間延びする句こそが、
「とつとつと語ること」を意識させるための句だったのです。

習い始めの頃は音階を意識することが大事なのですが、
最終目標は「歌う・謡う・唄う」ではなく、「語る」です。
私の声質や年齢は「語る」という境地には達していませんが、
今後は積極的に平物後半を稽古して、
とつとつと語ることを目指したいです。

■ 読物
教習課程においては177番目以降に習いますが、
それまで学んだことをリセットしないと覚えられない
難易度の高い句です。
語り手は、ついそれにとらわれて重く語る傾向にありますが、
むしろ軽やかにスラスラ語ることが求められます。

■ 秘事
小秘事二句と大秘事三句は、内容が秘事であり、
秘事に相応しい曲節や節博士が構成されています。
訪月は「唯一の八坂流」とされているため、
内容としては平物ですが、秘事の扱いで語ります。

秘事を語るときには琵琶で「秘曲の手」を弾きます。
「秘曲」とは、かつての楽琵琶の秘曲を意味すると、
伝にあります。
楽琵琶と平家琵琶は調弦も柱の位置も違いますので、
いくつかの音は置き換えたものだそうです。

「いろいろな曲節の前奏をつなぎあわせたような曲」
という印象を持つ方が多いようですが、
口伝を受けたものにとっては
「秘曲の部分部分を曲節の前奏に用いた」
ということがわかるような仕組みになっています。

■ 灌頂巻
内容だけでなく語りも最も重要かつ難易度の高いものは
秘事よりも前に教習する灌頂巻ということになります。
灌頂巻は、もし貴人に所望されたとしても
続けて2句語ってはいけないとされています。
200句の終盤に稽古すると、その意味がよくわかります。

また、平物の最後で「とつとつと語る」を修得し、
さらに読物で語りをリセットした上で、
あらためて節物を学びなおすという意義もあります。

Copyright:madoka 初版:2006年12月20日
巻之一祇園精舎(小秘事) 28 分
殿上闇討 33 分
鱸 20 分
禿童 8 分
我身栄華 36 分
妓王(※) 101 分
二代后 32 分
額打論 19 分
清水炎上 26 分
殿下乗合 33 分
鹿谷 32 分
鵜川合戦 28 分
願立(※) 44 分
御輿振 20 分
内裏炎上 29 分
巻之二坐主流(※) 72 分
一行阿闍梨 10 分
西光被斬(※) 39 分
小教訓(※) 54 分
少将請乞 41 分
小松教訓 36 分
烽火 37 分
新大納言被流 29 分
阿古屋松 26 分
新大納言死去(※) 35 分
徳大寺厳島詣 21 分
山門滅亡 32 分
善光寺炎上 11 分
康頼祝詞(読物) 26 分
卒都婆流 32 分
蘇武 19 分
巻之三許文(※) 28 分
足摺 33 分
御産巻(※) 26 分
公卿揃 12 分
大塔建立 18 分
頼豪(※) 18 分
少将都還 48 分
有王島下 35 分
僧都死去(※) 36 分
旋風(※) 4 分
医師問答 34 分
無紋沙汰 13 分
燈籠 7 分
金渡 9 分
法印問答 33 分
大臣流罪 41 分
行隆沙汰(※) 15 分
法皇御遷幸 26 分
城南離宮 37 分
巻之四厳島御幸 41 分
厳島還御 22 分
源氏揃 28 分
鼬沙汰 10 分
信連合戦 32 分
高倉宮園城寺入御 7 分
競 40 分
山門牒状(読物) 9 分
南都牒状(読物) 13 分
南都返牒(読物) 16 分
大衆揃 32 分
橋合戦 30 分
宮御最期 36 分
若宮御出家 31 分
鵺 35 分
三井寺炎上 20 分
巻之五都遷 38 分
新都沙汰 27 分
月見 30 分
物怪 24 分
大庭早馬(※) 6 分
朝敵揃 16 分
延喜聖代(小秘事) 38 分
咸陽宮 44 分
文覚強行 23 分
文覚勧進帳(読物) 20 分
文覚被流 26 分
伊豆院宣(読物) 21 分
東国下向 27 分
富士川 22 分
五節沙汰 28 分
都還 12 分
奈良炎上 46 分
巻之六新院崩御 24 分
紅葉 27 分
葵前 15 分
小督 73 分
廻文 13 分
飛脚到来 13 分
入道逝去(※) 34 分
経嶋(※) 12 分
慈心坊 32 分
祇園女御 24 分
洲胯合戦 22 分
喘涸声 15 分
横田河原合戦(※) 25 分
巻之七北国下向(※) 16 分
竹生嶋詣 22 分
火燧合戦 25 分
木曽願書(読物) 34 分
倶利伽羅落(※) 20 分
篠原合戦 24 分
実盛最期 33 分
還亡 19 分
木曽山門牒状(読物) 20 分
山門返牒(読物) 14 分
平家連署願書(読物) 22 分
主上都落 43 分
維盛都落 35 分
聖主臨幸(※) 22 分
忠度都落 23 分
経正都落 24 分
青山沙汰 20 分
一門都落(※) 40 分
福原落 28 分
巻之八山門御幸 37 分
那都羅 36 分
宇佐行幸 31 分
緒環 15 分
太宰府落 47 分
征夷将軍院宣 22 分
猫間 15 分
水嶋合戦 9 分
瀬尾最期(※) 40 分
室山合戦 13 分
鼓判官 9 分
法住寺合戦(※) 73 分
巻之九小朝拝(※) 14 分
生好 20 分
宇治川 33 分
河原合戦(※) 26 分
木曽最期 43 分
樋口被斬(※) 37 分
六箇度合戦(※) 25 分
三草勢揃 36 分
三草合戦 15 分
老馬 35 分
一二懸(※) 33 分
二度懸 28 分
坂落(※) 18 分
盛俊最期(※) 16 分
忠度最期 14 分
重衡生捕(※) 16 分
敦盛最期 23 分
濱軍 22 分
落足 23 分
小宰相(※) 73 分
巻之十頸渡(※) 34 分
内裏女房(※) 45 分
八嶋院宣(読物) 6 分
請文(読物) 27 分
戒文 31 分
海道下 41 分
千寿前 51 分
横笛 37 分
高野巻 26 分
維盛出家 38 分
熊野参詣 33 分
維盛入水 36 分
三日平氏(※) 36 分
北方出家 10 分
藤戸 36 分
大嘗会沙汰 15 分
巻之十一逆櫓 32 分
勝浦合戦(※) 11 分
大坂越 18 分
嗣信最期 33 分
那須与一 25 分
弓流 23 分
志渡合戦(※) 26 分
鶏合 19 分
遠矢(※) 14 分
壇浦合戦 13 分
先帝御入水 33 分
能登殿最期 24 分
内侍所都入 33 分
一門大路被渡(※) 27 分
平大納言文沙汰(※) 8 分
副将被斬(※) 37 分
腰越(読物) 31 分
大臣殿誅罰(※) 38 分
巻之十二重衡被斬 53 分
大地震 23 分
紺掻 13 分
平大納言被流 23 分
土佐坊被斬 27 分
判官都落 23 分
吉田大納言沙汰 8 分
六代乞請 90 分
泊瀬六代 12 分
六代被斬 25 分
灌頂巻
大秘事
訪月
女院御出家(灌頂) 34 分
小原入御(灌頂) 35 分
小原御幸(灌頂) 58 分
六道(灌頂) 60 分
御往生(灌頂) 34 分
宗論(大秘事) 68 分
劔之巻(大秘事) 52 分
鏡之巻(大秘事) 35 分
訪月(八坂流) 40 分

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