第十節 合成ゴム
1936年ドイツのI・G会社は、ベルリンの自動車展覧会に於いて人造ゴム合成ゴムからのみ成る自動車のゴム用品を全部揃えて陳列した。ブナの名はドイツ合成ゴムの別名として今日世界にその名を普ねくしている。此の名の起こりは、ブBuとナNaとから出来てる。ブはブタデイエンという合成ゴム原料たる炭化水素の頭文字、ナはナトリウムの頭文字である。なぜナトリウムが名称の中に入って来たか?此のブタデイエンを幾分子も幾分子も化合し重ねて分子量の大きな物質と変化し行く事が、即ちゴムを合成する根幹の作用である。然るに此の作用を恙無く遂行せしむる媒介者の役をなすものが、ナトリウムなのである。ナトリウムというのは御承知の如き柔らかくして光の強い金属で、小刀で切る事の出来る美しい金属である。食塩を原料とし作られている。ゴムの合成に際しては此の金属がゴムの中に化合してその一成分とは成るのではないが、此れが居ないとブタデインが思うように化合して呉れないのである。ゴム合成の研究が完成されるに到るには、二つの研究方面がある。一つはゴムの物理化学という方面で、天然ゴムの分子の状態、構造、此れが弾性ゴムに変化してゆくまでの分子の過程などである。此れと伴なって純化学的な成分とかである。
ドイツに於いて此の問題を解決したのはI・G会社である。殆んど二ヶ年に亙る熱心なる研究に依って、イソプレンか、ブタディエンかの問題を先ず決定せんとした。遂に普通はガス体ではあるが、容易に液化し得るブタディエンが選ばれた。この原料はアセチレンより導き作られるをもって、其の原料資源問題に就いても余り多くの心配を要しないのである。然も其の作られたゴムの性質もイソプレンより作ったゴムより優良である。
この選ばれた原料はアセチレンより作り得るのであるから、つまり石炭と石灰とを電力に依ってカーバイトとし、それに水を加えるのみで足りるのである。
アセチレンより黄色酸化水銀を媒介とし、水を此れに化合せしめ、アセトアルデハイドと云うものを作り、之より苛性ソーダを持ってアルドールと云うものとなし、次にニッケル粉末を媒介とし水素を化合せしめ、ブトールと為し、ブトールの蒸気を400度に熱し分解せしめる時は、ブタディエンと云うガス体になる。之を零下4度に冷し液体とする。(注)
此の液をナトリウム金属と接触せしむれば自ら熱を発し液は次第に重厚性となり遂にゴムと化す、既に一ヶ月70噸の産額を有する工場が作られている。
ブナは天然ゴムよりはやや少量の硫黄を加えて弾性ゴムとなし、活性炭素を加える時は、其の物理的性能を高める。又或種のものは石油、植物油、脂肪に対し強い。熱に対しては天然ゴムよりは強く、光、化学薬品空気等に対しても同様である。
ドイツに於けるブナの工業は所謂4年計画の一つであって、其の事業は愈々進み価格も1kg4−5マークとなり、天然ゴムの倍程度に止まって居る。
アメリカに於ける合成ゴム事業はデュポンDuporn会社の手にあり、ディユプレンDuprene又はネオプレンNeopreneなる名称にて市場に送られる。同国ではアセチレンを原料とし、此のガスを銅塩水溶液塩化銅及び塩化アンモニヤ等の中に導き、これをビニルアセチレンとしたる後塩酸を以ってクロールブタディエンとしこれを重ね合わせ合成ゴムとする。此れは普通のゴムの通り顔料其の他のものを混合し得るが、硫黄を用いずしてマグネシヤの如き全く在来と異なった媒介物を用いてこれを弾性化するのである。此のゴムは柔くして弾性に富み熱及び油にも耐える。且つ、天然ゴムとも混ぜる事も出来る。
アメリカに於いては合成ゴムの価格1キロ1円程度に近付き、天然ゴムとの差が極めて少なくなりつつある。
ロシヤはスターリンもゴム合成に就いては大車輪となっている。此の国では合成ゴムをソウプレンSowpren.と呼び、原料としてブタディエンを用いている。アルコールより此れを製せんとしているが結果面白からず、今日ではアメリカの方法を採用して研究を続けているが、此れが工業化するまでには日のある事であろう。
以上の外、二塩化エチレンと多硫化アルカリを以って作られたるゴム類似のものがあり、之は油に対しては耐久力が強い。
(1)C2H2+H2O→CH3CHO
(アセチレン+水→アセトアルデハイド)(2)CH3CHO+CH3CHO→CH3−CHOH−CH2−CHO
(アセトアルデハイド+アセトアルデハイド→アルドール)(3)CH3−CHOH−CH2−CHO+H2→CH3−CHOH−CH2−CH2OH
(アルドール+水素→ブトール)(4)CH3−CHOH−CH2−CH2OH→CH2=CH―CH=CH2+H2O
(ブトール→ブタデイエン+水)