本ページの題名は、某2chスラングと一切関係ありません。
5:翌朝、みんなの体調は全快していた。まるで申し合わせていたかのように。
洗面所へ向かうと、女子部員たちの姿も見られた。彼女らも腹痛から解放されたようだ。
「おはよう、鞠川」
「……おはよ」
鞠川奈津絵の体調は回復して見えたが、機嫌はよくなさそうだった。少し眠そうでもある。
「どうしたんだ? 女子たちも腹痛は治ったんだろ」
「あなた、詩織に何をしたの!?」
鞠川の、俺に向けられた視線には抗議の意思が見えた。詩織が鞠川にうつったか?
誤解を生むといけないので、適度に本当のことを話しておこう。
「詩織に少々怖い思いをさせて、少々面倒なことにつきあわせて、少々品のないことを言った……言いました」
「ちゃんと謝っておきなさいよ」
小さな、しかし揺るぎない声で鞠川は訴えた。
「ごめん、迷惑かけた……詩織は怖がっていた?」
「機嫌は悪かったけど、別におびえてはいなかった」
鞠川はため息をついて去ろうとする。
「ありがとう」
彼女の肩越しに俺は言った。もともと詩織は誰とでもうちとけるが、特に鞠川は詩織に対して親身になってくれるように見えた。
その鞠川は、背中で言う。
「幼馴染だからって、調子に乗って怒らせちゃだめよ」
「なあ……女って、怒るのと泣くのと、どっちが嫌なもんかな?」
「どっちも嫌。でも怒るほうが少しは楽かもね」
質問に呆れたのか、いよいよ鞠川は歩いていってしまった。
悪いことをしてしまった。鞠川にはささやかな礼でもしておかなけりゃ……。
「おはよう」
「うわ!……お、おはよう……ございます」
いつの間にだろう、詩織が俺の背後をとっていた。
「ぷっ」
「……」
「何よ、ございますって」
あっけにとられた俺の肩を詩織が叩く。話題を変えたい。
「詩織も元気そうでよかった」
「機嫌が直ってよかった、でしょ? 昨日みたいなの、もう御免だから」
「はい、二度と独断先行いたしません」
「よろしい」
それきり、ふたりの間で呪いの話題が出ることはなくなった。しばらくの間は。
その後合宿は順調に終わったが、心の隅に小さな引っ掛かりが残った。
そこで帰宅した俺は、まず関係者に連絡をとってみることにした。
「もしもし、好雄くんはいらっしゃいますか?」
『あ、お兄ちゃんですね? お兄ちゃーん、電話ー!』
電話の向こうからドタドタという足音が聞こえる。
『はい早乙女です』
「俺だ」
『なんだお前か。なんの用だよ』
「いやあ、あの晩以来連絡をとってないから、どうしたかなーと思って」
『どうしたかなーってお前、俺ゃ大変な目に……いや、なんでもない』
「なんだかよくわからんが……」いや、だいたい想像はつく。「それはともかく、聞きたいことがあるんだ」
『ん、なんだ?』
「美樹原さんにあんな趣味を植え付けたのは、お前か?」
『あんなとはなんだ、あんなとは。俺は社会的事実を教えただけだ、巫女さん装束が男たちを釘づけってな』
どんな社会だ。
『はい、美樹原です』
「もしもし、俺だけど」
『あの……どういったご用件でしょう?』
「合宿のときの話だけどさ、美樹原さんは合宿所の中で何かを感じたの?」
『あの……実は私、霊感が全然なくて、霊体験をした人たちがとってもうらやましかったんです。そんなとき優美ちゃんが合宿所での事件を教えてくれて……』
「え、でも美樹原さんは合宿所の中で霊に襲われたんだよね!?」
『実は……その……あのとき勢い余って、合宿所の柱に頭をぶつけてしまって……』
「あ、そう。た、大変だったね……ところで、図書館にあった本のことはどうやって知ったの?」
『如月さんに聞いたんです。ほら、図書館とか音楽室の怖い話ってよくあるじゃないですか。それで……』
詩織が聞いたら卒倒しそうだ。
『はい、如月です』
「もしもし、実は図書館の主といわれる如月さんに聞きたいことが」
『ひどいです! いくら私が本の虫だからって、まるで沼の妖怪みたいに』
「あ、いや、ごめん! 謝る! 実は如月さんに怪談のことを聞きたくて、つい」
『怪談? ひょっとして、きらめき高校十年史のことですか』
「さすが如月さん、察しが早い」
『本の棚卸をしていたとき、ページが抜けていたことに気づいたんです。
装丁のしっかりした本でしたから、厚いページの破れはすぐにわかりました』
「それで?」
『しばらくして、抜けていたページが隣の資料室から見つかったんです。それで一旦はよかったと思ったんですが……』
「どうなったの?」
『次の日になると、見つかったはずのページが再びなくなっていたんです。それっきり』
「二度とそのページを見ることはなくなった?」
『はい』
これは本当に呪いなのか? それとも人為的なもの?
どのみち迷惑な話であることに違いなかった。
「誰かがページを持ち去ったんだろうか?」
『そうかも知れません。生徒なら誰でも閲覧できますから、心ない人がイタズラしたのかも知れません』
イタズラ? いや。犯人は何らかの目的を持って特定のページを切り取ったのだ。
そしておそらく、第ニ版以降を編纂した人間たちがその理由を知っているに違いない。
が、そのことを彼らに直接尋ねる、という愚は犯せなかった。
「ありがとう。最後にもうひとつ聞きたいんだけど」
『はい、なんでしょう?』
「そのページに何が書かれていたか、憶えていない?」
『えーと。たしか初期の部活動で、市立煌高校との交流試合とか』
「い、いちりつきらめきこうこう?」
『はい、市立煌高校です』
受話器を置いた俺は、電話の前で固まっていた。市立煌高校?
俺もきらめき市民の端くれだから、名前くらい聞いたことはある。しかし、それが食中毒と何の関係があるのだ?
……俺は何を考えている。食中毒騒ぎは、もう終わった話じゃないか。
しかし湧き上がる好奇心は、俺を市立煌高校へ向かわせようとしていた。
「行く……か?」
電話に背を向けたとき、その電話が鳴った。まるで俺の行動を見透かしていたかのように。
おそるおそる受話器を取る。
『もしもし、藤崎です』