お台場の妖精! リリモン開花

 脚本:まさきひろ 演出:今村隆寛 作画監督:信実節子
★あらすじ
 お台場を覆う謎の濃霧…それはインフラを麻痺させ、人々を縛りつけるためにヴァンデモンが張った結界でした。
 時を同じくして、夜の街を多数のデジモンたちが徘徊しはじめます。そして朝を迎えたとき、事態は一気に動きはじめるのでした。家という家が襲撃され、連れ去られていく住民たち。ヴァンデモンは子供たちを選別し、8人目を見つけ出すつもりです。その中に空やミミの姿も…。
 丈とタケルは結界の外、八神兄弟も多勢に無勢で逃げを打つしか手だてがなく、ヤマトも隠れたまま動けない。われらが子供たちはばらばらです。

 八神夫婦をはじめとした大人たちは一計を案じ、なんとか女性と子供だけでも逃がそうとしますが、逃げた先にも敵の手が伸びてきます。暴虐を目のあたりにしたミミはついに怒りと悲しみを爆発させ、トゲモンがリリモンへ進化しました。しかし、リリモンはミミの純真な涙を大事にしたいと口にし、襲ってくるダークティラノモンを逆に味方につけてしまいます。華麗に変身したパートナーへ、驚愕の視線を向けるミミ。
 そこへヴァンデモンが現れ、 情け容赦なくダークティラノモンを始末してしまいました。そのまま、リリモンとの戦いが始まります。

 そのころ、太一とヒカリはようやくヤマトと合流をはたしていました。状況はしかし、いまだ圧倒的不利のまま。
 そう、いまやお台場は戦場になっていたのです…。



★全体印象
 35話です。タイトルコール、影絵は当然リリモン。溝脇さんの演技は、リリモンを意識したものになっています。

 深夜の無気味な胎動、そして朝の鈍色のなか急転していく事態が、冴えわたる今村演出で密度たっぷりに描かれた素晴らしいエピソードです。
 東京篇のみならず、全話通してもかなり上位にくると断言してかまわないでしょう。選ばれし子供らの親御さんがたが多数初登場するのも見のがせないポイント。まさにこの子にしてこの親ありといった雰囲気で、掴みバッチリです。特にヤマト父・裕明はたいへんな行動力の持ち主で、ある一面においてとはいえ大人かくあるべしと思わされるほど。元妻の奈津子さんも芯のしっかりした人で、どちらかが酷いろくでなしだと予想していた私をいい意味で裏切ってくれたものです。

 そんなわけで見ての通りリリモンが初登場なんですが、かなり全員へスポットがあたる展開となってます。
 それらが絶妙のテンポでシャキシャキと描かれていくので、一秒も目がはなせません。次回から39話よりも、むしろ見どころが多いかもしれません。
 28話といい、やはり今村演出は図抜けてます。くだんの回と同様に信実作画なので、絵のほうも言うことありません。

 そして、脚本はまさきさんですか。なんかもうノリノリですね。
 方向がしっかりしていると特に力を発揮してくれる方なので、良いところがばっちり発揮されたみたいです。



★各キャラ&みどころ

・太一
 こっから先は妹の方が目立ってくるので脇へまわりぎみになるんですが、その行動力はいっこうに衰えません。
 なんか本当に主役は7人で、彼はそのひとりに過ぎないって感じ。少なくともこの回を見ると実感させられます。


・ 空
 太一に負けない行動力とお姉さんらしさで頑張っていました。太一ママへの落ち着いた対応にはすでに貫録すら漂ってます。
 ちなみに、彼女の帽子は以前ヘルメット並みの強度だったのにこの回は布製にしか見えず、いろいろ物議を醸してました。

 1. あれは本来ただの帽子で、デジタルワールドに行くと変質してヘルメット状になる
 2. 34話以前の帽子はキャンプ用の特別仕様で、35話で着替えた
 3. 単なる脚本上の暴走

 さあ、答えはどれでしょう。


・ヤマト
 前半珍妙なポーズを披露してくれます。
 父親の夜勤続きで、結果的に自炊の腕がみがかれていったんですね。3話などでなんとなく示唆されていましたが、これでハッキリしました。
 ガブモンがいない今までは、いつも独りだったんでしょうね。その意味で、ここ数日は必ずしも寂しくなかったものと思われます。


・光子郎
  今回はまだ安否が不明です。このへんも、次回までやきもきさせられる一因。


・ミミ
 どのへんが純真の紋章なのかわからないと言われる今回の進化ですが、あれは彼女の心に生まれてはじめて沸き上がった「義憤」という赤裸々な気持ちそのものに反応したんじゃないかと思います。ああいう怒り方をしたのって、たぶん初めてだったんじゃないでしょうか?

 安息の場だと思っていた東京のわが家。そこにまで入り込み、目の前で理不尽を繰り広げる敵。これらを目にしたことでミミの心の中に生まれたものは、今までと違っているんだと思います。近いといえるのは、太一がいつも発揮してるような勇気と決断力でしょうか。終盤や02以降にみられる一面は、ここを端緒としているのかもしれませんね。ただ、彼女は自分自身で完全に納得できないかぎり、長所を100パーセント発揮できません。ダークマスターズ篇でしばらく歩みを止めてしまったのは、自分たちの戦いが著しい犠牲を出してまで成し遂げねばならないものなのか、わからなくなったからだと思います。

 でも逆に言えば、迷いのなくなったときこそ最高の力を発揮するタイプだといえるでしょう。
 いったん火がついたら、もはや誰も彼女を止めることはできないんですから。


・タケル
 お台場の事件を目にしたとたん、すっくと立ち上がって宣言するその横顔は、たしかな成長を感じさせるもの。
 確信に満ちた息子の視線は、奈津子さんをも動かしました。


・丈
 ああ、ここ数か月の彷徨と予習不足ですっかり成績が下がっちゃったんですね。無理もない。
 なんとかお台場に戻ろうと四苦八苦する姿に、ゴマモンの妙に落ち着いたツッコミがアクセントを添えてます。


・デジモンたち
  めずらしくパートナーに撤退を請うグレイモンや背中がたのもしいピヨモン、ゲンナリした丈と対照的にしれっとした態度のゴマモンと見どころはいろいろありますが、やっぱりパルモンですね。リリモンへ進化したときの可憐さと茶目っ気ある言動は、東京篇屈指のの名場面です。
 彼女、光合成のほか地面から養分を取ったりもできるみたいですね。でも、やっぱり埋め立て地の土はまずいみたいです。
 プランタ一杯に肥えた土でも入れて振る舞ったら喜ぶでしょうか?

 戦闘ではバンクに頼らない進化シーンが目立ちました。これもテンポ向上に一役買ってます。


・リリモン
 トゲモンから進化した妖精型完全体。あのピッコロモンとほぼ同格ってことになります。
 見たところ、力よりも圧倒的に特殊能力とスピードへ特化した進化のようす。 攻撃力は完全体にしちゃそれ程でもなさそうです。どっちかといえば、仲間との連携でこそ実力を発揮するタイプでしょう。それでも成熟期や小型の完全体くらいなら一発で倒すくらいの実力はあり、ガーベモンやアノマロカリモンといった強敵をも制した記録があります。後者はズドモンとの協力によるものですが、いずれにせよトゲモンとは比較にならないほどのレベルアップといえるでしょう。

 弱点は純粋なパワー勝負にやや弱いことと、多対一に対応しづらいことでしょうか。
 その意味では、雑魚よりも少数の強敵にこそ出番が期待されるわけで、事実そういう登場のしかたをしてます。


・ヴァンデモン
 美学というか、完全に趣味の領域という気がします。
 本来ならピコデビモンの言う通り、手当たり次第でもかまわないわけですから。無駄な暴力を好まないというならともかく、少しばかり段取りにこだわりすぎという感じです。もっとも、あれら大勢の人々はヴェノム化したときのために取っておきたかった、というのがあるんでしょうけど。

 いずれにせよ彼のこうした性癖のおかげで、子供たちのつけいる隙が出てきたことになります。
 絶対的優位にあるがゆえの余裕が油断に化けるという、暗黒系デジモンたちの精神的弱点がまた露呈したというわけですね。


・ヴァンデモンの手下たち
 夜の街で目撃したらいかにも恐そうなギザモンや大量のバケモン、完全体だけあってなにげに手ごわいファントモン、トゲモンをもパワーで圧倒するダークティラノモンなど、どこに隠れていたのかと思うほど大量の新手が出て来ました。ファントモンとバケモン以外はどっちかというと怪物的、怪獣的なイメージの強い演出。これがミミの義憤を演出するのに大きく貢献しているといえましょう。

 そういえば、ファントモンには念仏が効かないようです。さすがに念仏ごときで退散しては、完全体の名が泣きますか。


・ 大人たち
 いつのまにかリーダーシップを取ってる勇気ある太一パパや愛情ゆたかなママ、ワガママだけど愛情たっぷりの太刀川両親、渋いヤマトパパ、しっかり者のタケルママ、一見冷たいけどただ不器用なだけで、いざとなったら自分を盾にできる空ママと、すでに個性ばっちりです。
 ほかにもヤマトパパ部下の三人組がいい味。菊池さんが掛け持ちで演じてる地岡くんは、現・ガッシュSD補の地岡公俊さんがモデルなんでしょうか?
 櫻田という名前のスタッフも実在してますし。



★名(迷)セリフ

「趣味が悪いって…あたしのこと?」(パルモン)
「あ…ははは、深く考えないでね♪」(ミミ)


 絶妙の間で入る沈黙がちょっぴり気まずい、そんな瞬間。
 この時パルモンは思ったにちがいありません。つぎの進化では絶対可愛くなってみせる、と。


「こっちの世界も、いろいろあるんだね〜…」ゴマモン)


 やけに悟ったような言い回し。
 やんちゃなようだけどお馬鹿じゃなく、むしろ達観したところがあるゴマモンらしいセリフでしょう。


「決まってるだろ。調べに行くのさ。それが俺たちの仕事だ」 (石田裕明)

 低く押さえた平田さんの演技もあいまって、じつに渋くかっこいいセリフです。
 奈津子さんにしろ自分というものが確立しているので、お互いの間柄だけでいえば寄り掛かりあいすぎなくてもやっていけるんでしょう。
 でも、子供たちはそういうわけにもいかないんです。まあ、いろいろあったんでしょうね。

 この後、根性でギザモンを追い払ったその足でヤマトを連れ出しに戻るあたり、凄い人です。
 サバの味噌煮かっ込みながら足で息子を起こすワイルドな姿勢に惚れた人も多いとか…。


「…ああ、兄ちゃんにまかしとけ」 (太一)

 セリフと裏腹に握りしめられる手が、さきほどの敗北で味わった悔しさを表現してます。前ほどは表に出さないけど、こういう所で語ってますね。
 デジヴァイスの時計機能がさりげにハッキリ示されたカットでもあります。この段階で11時前ということは、ヤマト父はそうとう不規則な生活してますね。


「行かなきゃ…! お兄ちゃんが…パパがあの中にいるんだよ!」 (タケル)

 今でも変わらず兄と、そして父を慕っているタケル。直後に画面へ浮かぶヤマトと、その父裕明のイメージは奈津子さん視点でしょう。
 たとえ袂を分かったつもりでも、やはり放ってはおけない。それが家族ってものです。このへんの想いは複雑でしょうが、結局は理屈じゃありません。


「急がなきゃ…空が危ないの!」 (ピヨモン)

 これが本当に、あの甘えん坊なんでしょうか? ヒカリを諭すアグモンといい、デジモンたちの成長もこのところ著しいです。


「そんな手の込んだことをするより、皆殺しにしたほうが早いでしょうに…」 (ピコデビモン)
「それでは私の美学にそぐわぬ」(ヴァンデモン)


 よくわからない美学です。おかげでこれだけの大事にもかかわらず、人的被害はそれほどじゃありませんでした。
 つかまった中には、どうやら当時まだ2年の大輔もいたらしいです。 ヴァンデモンも、さすがにあれら「ハズレ」の中に将来自分が二度までも倒される原因のひとりが存在しているとは、思いもよらなかったことでしょう。未来はだれにもわかりませんね。

 ということは、大輔は思いがけずヴァンデモンへの意趣返しを果たしたことになるわけか…。


「ガブモン君か…ヤマトを頼む」(石田裕明)

 非常時とはいえあっさり受け入れてますね。やっぱり、それなりの素養というか下地はある人なのかも。なんといってもヤマトの父親だし。
 たぶん、後年においてもヤマトとガブモンにとってよき理解者になったことでしょうね。


「ごめん、太一…お母さんはかならず助けるから、今はぼくと逃げて…!」(グレイモン)

 戦略的撤退の提案というか懇願。いまは状況が悪すぎるにしても、グレイモンからこういう事を言うのはめずらしいことです。
 さすがに完全体のファントモン相手に一体だけでは分が悪いし、かといって今ここでメタルグレイモンになって力を使うわけにもいきませんからね。


「安心してください」(空)
「空ちゃん…」(八神裕子)
「その恐竜なら味方です。他のいいデジモンと、きっと私たちを助けに来ますよ」(空)


 水谷優子さんの演じ分けがすごい。同じ声なのに完全に別人です。


「ねえピヨさん、変なこと聞くようだけど…空、私のこと嫌いだって言ってなかった?」(武之内淑子)

 藤田淑子さんも負けてはいません。空ママ色っぽいです。
 この時、ピヨモンが空とこの淑子さんとの間にひとつのキッカケを作ってくれました。いずれ訪れたであろうことを早めてくれたかっこうです。


「これでも聴きなさい!」(空)

 いやあ、まさかあのギャグ回がこんなところで活きてくるとは…。なにが役に立つかわからないもんです。


「ひどい…! 許さない! あたしはあのデジモンたちを許さない!」(ミミ)

 感情のまま行動するためよく腹も立てる彼女ですが、今回は怒りの内容がポイントかも。
 ありていな言い方をすれば、ここで本当に選ばれし子供としての使命に目覚めたのかもしれないです。
 すぐ後に明鏡止水? な演出がありますが、純真の紋章イメージでしょうか? 葉っぱと同時に涙滴=水が意匠ですし。


「あたし、趣味悪い?」(リリモン)
「ううん、そんなことない…とっても奇麗! かわいい!」(ミミ)


 なんというか…このやり取り、この二人じゃなきゃできないと思います。ホント。
 彼女たちのような組み合わせは、ある意味で01を象徴してるんじゃないでしょうか。


「ねえミミ、アタシを進化させたのはあなたの純真な涙…その心を大事にしたい」(リリモン)

 ここでリリモンが選んだのは、ただ敵を倒すのではなく制する道でした。
 ミミのことですから、激情のままにただ敵を倒すことになれば、相手の痛みもそのまま受け取って心に残ってしまう。それを避けたかったのかもしれません。
 しかし、時には痛みを全部引き連れて前に進まねばなりません。最大最後の試練が、もうすぐそこに迫っているのでした。


「じゃあ、何を教えてるわけ?」(ゴマモン)

 まあ、いろいろあるんですよ、これがね。
 子供のころは煩わしいばかりでしょうけど、基礎学力ってのは大事ですから。
 変な思想植え付けられて頭のいい馬鹿にならないよう、気をつけにゃいけませんけど。



★次回予告
 ひさびさに丈の出番です。頼りないかもしれないけど信頼できる、そんな彼だからこそ誠実の紋章が力になるんでしょう。
 レインボーブリッジに巻き付くメガシードラモンの威容は一見の価値あり。