ダゴモンの呼び声

 脚本:小中千昭 演出:角銅博之 作画監督:海老沢幸男
★あらすじ
 ふだん通りの生活をこなしながらも、デジモンカイザーの行動に警戒をつづけている選ばれし子供たち。
 そんなある日のことです。タケルは、ヒカリがどこかへ消えてゆきそうになるのを目撃しました。
 海に行ったと、誰かに呼ばれている気がすると語るヒカリ。不安に苛まれる彼女へ、タケルは弾みでつらく当たってしまいます。

 ヒカリが消えたのは、その日の放課後のことでした。海岸へ探しに出かけるタケルですが、どこにも見当たりません。

 いっぽう、ヒカリは来たことも見たこともない鈍色の海へ唐突にやってきていました。
 岸辺の不気味なトンネルにいたのは、イービルスパイラルを填められた数多くのハンギョモンたち。
 くびきを解き放ってもらうために、ヒカリを呼んだというのです。戸惑いながらも手を差し伸べたとき、
 デジモンカイザーのしもべ、エアドラモンが襲撃してきました。

 絶体絶命の状況にヒカリが助けを求めたとき、タケルにその想いが届きます。パタモン、そしてテイルモンとともに、
 タケルは異質なる暗黒の海へと跳びました。想いが世界をつないだ瞬間です。
 灯台の中のダークタワーを倒し、天から溢れ出る光でテイルモンがエンジェウーモンに進化。敵を一蹴し、
 ハンギョモンたちのイービルスパイラルも外すのですが途端、彼らが姿を変えました。

 そこにいたのは、デジモンともまったく違う得体の知れない生き物だったのです。
 彼らはヒカリを選ばれし乙女と呼び、子孫を増やすため自分たちの花嫁にしようとします。エンジェウーモンに阻止されると、
 澱みのような姿の深怪異たちは引き下がっていきました。時を待つ……そんな不気味な言葉を残して。

 天の光を通って、もとの世界へと帰っていくヒカリとタケル。
 あの昏い海は、彼女らやわたしたちが知っているデジタルワールドとは違う世界だったのかもしれません。

 
 
★全体印象
 13話です。タイトルコールは荒木香恵さん(ヒカリ)。
 毒々しい海を思わせるタイトルバックエフェクトから現れるデジモン文字は、呪われた言葉。
 訳すると「フングルイ・ムグルウナフ・クトゥルフ・ルルイエ・ウガフナグル・フタグン」となります。
 直後にあらわれるダゴモンの影の黄色い目が導くは、狂気の世界。

 今回の脚本はこの話のみのゲスト脚本、小中千昭氏です。ご存知、デジモンテイマーズのシリーズ構成ですね。
 このエピソードはダゴモン=ダゴンに引っ掛けて、氏おとくいのクトゥルフネタをぶち込んだ怪作中の怪作。
 ひさしぶりに見たんですが、なんというか……電波にもほどがあるお話です。

 神話モチーフのデジモンは数あれど、じっさいにお話として神話ネタがからんでくることは、実はほとんどありません。
 その数少ない例がよりによってクトゥルフ神話というのは、いったいどういう冗談なんでしょうか。
 いろんな意味で小中氏の業みたいなものを感じます。のちのテイマーズも正統派冒険ものを謳ってはいますが、
 中身は時としてディープでヘビーだったりします。

 ただ神話といってもクトゥルフ神話は個人、またはその弟子の創作であるということがハッキリしていますし、
 そもそも神話と呼んでいいシロモノとさえ言えないところがあります。
 もうひとつ言えば、決してメジャーな体系でもありません。あんなんがメジャーな世の中は嫌です。
 大多数の人には「なんだかよくわからないけど怖いもの」、それがクトゥルフ神話の第一印象でしょう。

 それにしても、深きものどものあの設定をヒカリに適用しようとするとは……
 ああして見れば時として狂気や黒いエロスが似合う人物だということもたしかに言えるんですが、いやはや。
 ヒカリファンたる当方にとってはおぞましいと同時に、続きを見たくないとも言えぬ難儀なお話になってます
 (外道な……)。

 そんな電波脚本を強調していたのが、極力劇伴を押さえた演出と海老沢作画。
 パートによる諏訪可奈恵さんとの違いがいつにも増してわかりやす過ぎるんですが、今回に限っていえば
 海老沢パートのほうがよかったと思います。表情とかがねちっこく、こっちのほうが断然怖い。
 
 
 
★各キャラ&みどころ
 
・大輔
 完全に脇役。出番全部をあわせても1分そこらしかありません。
 まあこの場合はお話上しょうがないところもあるんですが、テイマーズの主人公・タカトもおとなしい性格でした。
 小中氏は熱血キャラが不得手なのでしょうか。

 
・京
 Dターミナルのプロトコルを拡張しようとしてました。
 どうやってるのかはわかりませんが、なにげにかなり凄いことしてる気がします。光子郎にソースを貰ったのかな?
 後のお話に活かされているかどうかは……今後の視聴でわかるかもしれません。
 
 大輔がゲートを開こうとしていたときにはいませんでしたが、たぶん手分けして探しにでも出ていたんでしょう。
 いくらなんでもそのままほっといて帰るとは思えませんし。
 
 
・伊織
 今回にかぎっては、どっちかというと自己主張の弱い引っ込み思案なタイプに見えます。
 ある一点を越えるといろんな意味で爆発するあたりは10話を思い出しますけれど。

 
・タケル
 いち早くヒカリの危機を感知し、闇の中から救い出すまさに白馬の王子役でした。
 ただ常時テンパリモードで、象徴するかのようにトレードマークの帽子をあまり被っていません。

 今回だけ見るとまごうことなきタケヒカというやつなんですが、後にヒカリとジョグレス進化を果たしたのは京。
 しかも、引きずりこまれそうになるヒカリを踏みとどまらせるという形でした。
 タケルに同じことができるのかと言われると、実はかなり疑問なのではないかと思われます。

 なぜならば、このふたりはどっかで似た物同士だから。
 肉親への情が深く、その負担になりたくないがために強くあろうとし、そのように振舞う。
 同時に、誰かの重荷になるくらいだったら自分など消えてしまってもかまわないとさえどこかで思っている。

 タケルは男の子ですから、身体的な成長とともに自然と克服できる感情なのかもしれません。
 でもヒカリの消える理由を本質的に感じられるがゆえに、彼には止められないのかもしれない。できることといえば、
 今回のように追いかけていってなんとか捕まえるしかないのでしょう。
 そしてだからこそ、タケルは一番近いところにいる自分がしっかりしなければいけないと思っているのですね。

 そう、光と希望の紋章はパートナーの姿が象徴するように、きわめて近いところにあります。
 恋人というより、このふたりは魂的に双子みたいなもんなんでしょう。同じ特性をもっているということですから、
 一足飛びで隣へ跳んでいくこともできるというわけです。

 ふたりが男女としちゃあどうも清廉すぎる取り合わせなのは、双子だったからなのかもしれません。
 一緒にいるだけで通じ合えるけれど、それで充分満足してしまえるような。
 
 
・ヒカリ
 実質的な主役。12話で見せていたようなあの明るい笑顔は今回、ほとんど見られません。
 荒木香恵さんのたまに半泣きが入る、メランコリックな演技がすばらしい。

 それにしても、なぜ彼女だけあんなところに引っ張り込まれたんでしょう。
 最大の理由がその魂の持つ特質性にあるのは疑いありませんが、もうひとつ大きな理由があります。
 そう、子供をつくれるかどうか。
 
 ハッキリ言っちゃいますが、たぶんヒカリは事件の少し前に初潮を迎えたんだと思います。
 ものすごいコジツケですが、海と月には大きな関係がありますし。

 とにかく年齢的にはまだまだ子供でも、肉体的に女になった。自身が子供を抱えられるようになったのです。
 誰に相談したのでしょう。お母さんがいちばん妥当な線ですが、他の誰にも知られたくはなかったはず。
 生理的なことというのはそういうものです。太一に知られるなんてもってのほかでしょう。
 
 自分はもう、昨日までの自分ではなくなってしまったのかもしれない。

 普通なら赤飯でも炊くところでしょうが、本人としては素直に喜んだのかどうか。
 それは女の体を手に入れたことによる戸惑いと気恥ずかしさ、そして認識や感覚の変化からくるものなのかもしれません。
 思えば太一と部屋が別れたのも、親御さんの自然な配慮ってもんなんでしょう。

 描写を見ていると、そのへんで太一となんかあったんじゃないかなぁ……と憶測してしまいます。
 たとえば一時期避けるようになったとか、兄貴の体が急に違って見えたとか、自身の変化を隠すあまりに不安定になったとか。

 そして黒い海は、そういうバランスを失った心に吸い寄せられてくるものです。
 意図や企みがあってのことというより、あれはそういうものだと考えたほうが自然かもしれません。
 たまたまそれが、深怪異どもの都合と一致した。私はそんな仮説を立てています。

 いやはや、エロエロな話だ。
 
 
・パートナーたち
 ヒカリとタケルが主役なので、当然パタモンとテイルモンがメイン。他は進化さえしません。
 ただ、敵を倒したのはテイルモンが進化したエンジェウーモンで、ぺガスモンのほうはダークタワーを倒しただけ。
 このへんはパートナーの面目躍如ってところでしょう。

 いきなり完全体になったり、そもそも紋章どころかデジヴァイスもなしに進化しているので結構デタラメな状況なんですが。
 また、かんじんなところで海老沢アップを連発するのでちょっと気の毒でした。
 
 
・賢=デジモンカイザー&ワームモン
 今回はまったく出番がありません。
 そして、実は誰ひとり彼らの所業だと明言をしていないんですね。ヒカリが勝手に決めつけているだけ。
 これがますます不気味さを強めているんです。

 ただ、賢がヒカリに先んじて黒い海に来ていたことだけは確かなんですが。
 
 
・ヒカリの後ろの席の子
 教室で倒れそうになるヒカリを素早く支えた、あの女の子です。出番にしてほんの数秒ですが、ヒカリとの仲が気になる。
 なにも選ばれし子供の仲間うちしか友達がいないわけじゃないでしょうし。
 
 
・エアドラモン
 いきなり襲ってきて、理由なき殺戮をはじめました。流されてますがあれは相当の数がやられてるはずです。
 実はなにがしたかったのかよくわからんのですが。
 そもそも、いったいどうやってあんなところに送り込まれたのでしょう?

 最後はエンジェウーモンに敗北。完全体のレディデビモンすら一撃のもとに消し飛ばすヘブンズチャームが決まり手です。
 成熟期にとっては完全にオーバーキルですね。案の定、粉々になってしまいました。
 ゲスト脚本とはいえ、前半で思いっきり殺った例です。しかもイービルリング付きだったというのに。

 タケルたちとしてはそれどころじゃないので、このエアドラモンとしては配属された我が身を呪うしかありますまい。
 本当にデジモンカイザーが放った存在なのかどうか、それさえ怪しいのですが。
 
 
・深きものども
 したたり落ちる影のようにヒカリの後をつけ回し、本来の姿を取り戻すため彼女を呼び寄せた連中。
 イービルスパイラルをつけている間だけハンギョモンの形をとっていますが、外れるとその本性があらわとなります。
 これはつまり、イービルスパイラルが彼らをデジモンとして定義していたということなのでしょうか。

 しかしそのように定義づけられることは、彼らにとって力を奪われるのに等しかったようです。
 現に完全体でありながら成熟期のエアドラモンにやられっ放しでしたし、そもそも全員体にほとんど力が入ってません。
 あるいは操るためではなく弱体化をはかるため、スパイラルを填められた可能性すらあります。
 イービルスパイラルにはそんな効果もあるんですね。毒をもって毒を制するというべきなのかどうなのか。

 姿と力を取り戻したとたん、ヒカリをお持ち帰りして狼藉をはたらこうとしましたがあっさり阻止されました。
 澱みが形になったような腕で掴まれたときのヒカリの気分は想像にあまります。あの必死さは本能的な嫌悪ですね。
 彼ら自身は名誉をあたえるつもりだったのかもしれませんが、生理的レベルでの拒絶となるとどうしようもありますまい。

 かくて、彼らは静かに海の底の深きところへ消えていくことになります。
 時を待つ……この不吉な言葉はなにを意味しているのでしょう。
 ヒカリは今でもその力秘めし揺り籠を、彼らに狙われているのでしょうか………?
 
 
・ダゴモン
 冒頭とラストシーンに、影ともつかぬ途轍もない巨体を見せていました。SEもかなり不気味です。
 あるいはこの存在も、何者かにダゴモンとしての定義の枷をはめられることによって封じられているのでしょうか。

 そうだとすれば、むしろもう君はダゴモンでいいからそこでじっとしててくれと思います。ああ恐ろしい。

 
・インスマウス
 ヒカリが迷い込んだ岸辺の町……のような廃墟の壁に書いてあった文字。
 言うまでもなく、ラヴクラフトの物語の中でもっとも有名な町のひとつ「インスマウス」が元ネタでしょう。
 なんとも不気味な響きの名前だと思います。老人ザドックの悲鳴は忘れられません。

 それにしても町があるということは、ここには彼らインスマウス面が住んでいたのでしょうか?
 それとも……考えたくはありませんが……あれもまた元は立派なデジタルワールドで……その残骸、とか?
 恐怖と廃頽、侵略と蝕悪によって街ごと取り込まれた、あわれな切れ端とか?

 だとしたら、彼らはもともとほんとうにデジモンだった……のかも、しれませんね。
 
 
 
★名(迷)セリフ

「ヒカリ、すごーく元気だね」(パタモン)
「私たちは全然変わらないけど、子供たちは成長するからね……」(テイルモン)

 なんか全然会話が噛みあってませんが、考えてみたらテイルモンの言葉はたいへん意味深です。
 そうか、そういう意味だったのかもしれない……
 
 
「な……に、これ……」
「ひさしぶりだな、こういうの……」
「……わかんない」
「ここ、どこ……? デジタルワールドじゃないの?」(ヒカリ)

 このへんの演技は全部必聴。ゾクゾクします。
 
 
「太一さん……太一さん、太一さんって! いつまでもそんなこと言ってるから、ヒカリちゃんはダメなんだよ!」(タケル)

 前フリ無しのダメ出し。
 太一ではなく自分を頼ってほしい、そういう解釈もありますが、今の私としてはそれよりも、
 自分にくらべて歩みがおそいヒカリへの苛立ちみたいなものだったのかなあと思わされてしまいます。

 ふたりが似た物同士ということは上に書きましたが、むろん肉親に必要以上に縛られるままではいけない、
 という認識でも一致しているでしょう。そしてタケルは肉体的にも精神的にも大きく成長し、
 自信をつけてきたように見えます。まだまだ克服すべきことは多いにしても。

 しかしヒカリは、タケルにくらべそこまで劇的に変わったようには見えません。
 たぶん、あいも変わらず兄貴にべったりだったのです。そこにタケルは漠然とした不安と不満を抱いていた。
 このままではまずいんじゃないかと、どこかでずっと思っていたのかもしれません。

 ただヒカリとしちゃ、今回ばかりは太一に知られたくなかったんじゃないでしょうか。
 自分の中の汚らわしいものを見られたくないような、そんな気持ちだったとか。
 兄弟だからこそ、肉親だからこそ見せたくないものというのはあるものです。
 
 もろもろの葛藤と孤立感が、彼女をますます黒い海へ近づけていくことになります。
 
 
「海って……」(ヒカリ)

 意味深なような意味が無いような、そんな呟き。
 この後の車が通り過ぎた後に消え去る演出は、海洋パニック映画「テンタクルス」をつよく想起させます。
 ダゴモンつながりのちょっとしたお遊びなのでしょうが、なかなか効果的。
 見えざる何者かにとらわれ餌食になる、という意味においても合致するイメージだと思いますね。
 
 
「ヒカリちゃんは……そうじゃないかもしれない……」(タケル)

 さりげにとんでもないこと言ってますが、ちょっと後に本人も思い切り跳んでます。
 
 
「ヒカリは、弱い子じゃないよ。
 ヒカリは強い子……だけど、それは助けあう仲間がいるから……」(テイルモン)

 ことさらに守ろうとする必要はないけど、一人にさせてはいけない子。そんな感じでしょうか。
 少なくともまだ今は、助けが必要なのかもしれません。
 
 
「あなたがどこにいようとも……あなたなら、選ばれた存在のあなたなら……これを、外してくれるはずだと…」(ハンギョモン?)

 選ばれた存在。はたしてそれはそのまま、選ばれし子供を意味するのでしょうか?
 なおこの後ヒカリは触れたところの間からなんかピカーと発光するという、冷静に考えたらすごい現象を起こしています。
 その気になったらビーム出せそう。これ、そこのアナタ。デコフラッシュとか言ってはなりません。
 
 
「わたしを助けて……お兄ちゃん…! テイルモン…! タケルくん……!」(ヒカリ)

 兄貴が一番最初なんですね。記念CDの爆弾発言が思い出される。
 タケルに関しては、むろんトリを飾ってるという考え方もできるでしょう。

 そして大輔のだの字も出てきません。あんまりだ。
 

「想いが……世界をつなぐ!」(テイルモン)

 これは02屈指の名セリフだと思います。
 最終的には地でいく展開になった記憶がありますし。

 
「くっそおーッ! ぺガスモン!!」(タケル)

 エアドラモンの砲撃があらたな犠牲者を出したときの絶叫。
 01の42話、ホエーモンが致命傷を受けた時の太一の叫びとだぶりまくるものがあります。
 人物的にはやはり彼こそが太一を受け継いでいるのかもしれません。
 
 
「選ばれし乙女よ……花嫁となることを喜んでくれると思ったが……しかたない。
 われわれは深きところにいる、古き神のところへ帰る。
 そして……時を待つ……」(深きもの)

 いつかまた、彼らはヒカリの目の前にあらわれるのかもしれません。そのとき、彼女はどんな反応をするでしょう?
 見たくは無いけど見てみたい。ジレンマですよ、ホント。

 ところでよく見ると彼ら、案外つぶらな瞳をしています。思ったほど邪悪ではないのかもしれません。
 人間にとって害になるなら、それは看過できないでしょうが。
 
 
  
★予告
 竹田作画がパワーを20パーセント開放。7話のときは5パーセントくらいだったかなァ。
 あの迷セリフもついに登場です。