デジヴァイスが闇に染まる時

 脚本:吉村元希 演出:芝田浩樹 作画監督:信実節子
★あらすじ
 傷ついた心を癒すため、ひとり眠り続ける一乗寺賢。
 脳裡によみがえるものは優秀な兄。何も持っていない自分。居場所の無い自分。空虚な自分。彼は心を探していました。
 最期まで体を、命を張ってくれたワームモンのことを思い出したとき、その足は自然とデジタルワールドに向いていきます。

 気付いたとき、賢ははじまりの町に来ていました。そこで彼は、みずからの犯した消すことのできない罪を思い出します。
 同時に思い出したものは、ワームモンとともに旅をした大切な時間。いくら後悔しても、決して過ちが消えるわけではない。
 すべてを受け入れ、背負って生きていく決意が固められたとき、光り輝くデジタマからワームモンが幼年期として転生しました。
 その命の愛おしさを知り、賢は両親の想いをも知ることになります。
 
 かくてようやく、一乗寺賢は彼自身としての歩みを再開することになるのでした。
 彼のほんとうの戦いが、これから始まるのです。
 
 
 
★全体印象
 23話です。タイトルコールは当然のように朴ろ美さん(一乗寺賢)。
 なぜか色分けされた複数のデジヴァイスを毒々しい色合いで並べているというのが背景イメージです。
 水のエフェクトは黒い海を示すものでしょう。

 結論から言ってしまえば、これは賢ちゃんが「ここにいていいんだ」と悟るお話であり且つ、デジモンカイザーという言わば「ペルソナ」を捨て、
 彼自身として再出発する流れです。何回も書いたとおり、はっきりいって別人になったといってもいいでしょう。
 ああして見返すと、一種の解離性同一性障害すら起こっていたのかもしれないとさえ感じてしまいますね。
 そういう捉えかたをするならば、むしろ元に戻ったというべきなんでしょう。

 むろん疾患名自体が明言されているわけではないですし、精神病というのは大変あいまいなものだと思うので決めつけるのは危険です。
 それゆえ、あくまでも状況だけを示して見ている側に判断させる手法になっているのは妥当な判断といえますね。
 ちょっと調べただけでもかなり解離っぽい症状に見えたということだけは、書いておかないといけませんが。

 で、そういう風に考えるとよけい及川の哀れさがわかってくるというか。
 彼もたぶん多数の顔を持っており、それが本来の顔面に食い込んだまま大人になってしまったのですから。
 例のメールに彼っぽいところが何処にもないというのも、実はあたりまえのことだったのかもしれません。
 もっとも、文章だけでその人本来の性格まではわからないものですが。

 脚本はシリーズ構成の片方、吉村元希さん。なんかの電波でも受信してたんじゃないかと思わされる筆致です。
 お話の性格上、セリフのほとんどは賢のモノローグで進む形式になっており、他のメンバーがぜんぜん出てこないという大胆な構成でした。
 そのくせ最後には意外に泣ける落としで決めているので、02を語る上において欠かせぬお話になっているのは確かだと思います。

 脚本が女性なら作監も女性の信実さんですから、柔らかい中へ棘を生やした雰囲気に仕上がっています。
 ちょうど豪猪の表皮のような。
 
 
 
★各キャラ&みどころ

・大輔・京・伊織・タケル・ヒカリ
 アバンタイトルにしか出てきません。次回以降へ向けてちょっと一休みの時期です。


・賢
 彼のことを解離性同一性障害になっていたと疑う根拠は以下です。

 1.あまりにもギャップが激しい
  デジモンカイザー時と本来の彼に戻った後とに落差がありすぎます。
  このため、デジモンカイザーとしての行動や言動があたかも独立した人格であるかのように見えます。
 
 2.記憶の欠落
  実際の解離性同一性障害にもみられる症状のようです。
  症状が治まるとともに記憶が戻ることもあり、これは後半の描写と合致します。

 3. デジモンカイザーとしての人格が安定しているとき、痛みに対して鈍感である
  特に他者の痛みに対して鈍感になり、平気で虐待を加えるようになります。
  それどころか本人に自覚がまったく無く、ハッキリ認識を突きつけられるまで麻痺していたように見えます。
  つまりデジモンカイザーとしての人格が、精神的苦痛への防衛としての役目を果たしていたともいえます。
 
 4. 原因として強い精神的外傷が挙げられる
  幼年期になかば本能的ともいえそうな疎外感を味わったこともそうですし、決定的なのは治の死でしょうか。
  デジモンカイザーの姿が治によく似ているのも証左といえそうです。
 
 実際にはここにワームモンやら暗黒の種やらが絡んでくるし、私は精神医ではないのでこれ以上突っ込んだ憶測はできませんが、
 ぶっちゃけ彼はずっと自分が嫌いだったのでしょう。兄のことを憎いと思っていたのも、ワームモンを蔑ろにしていたのも、
 根底には自分に存在する価値がないと思ってしまうことへの恐ろしさがあったから。

 にもかかわらず、デジモンカイザーの姿が兄である治に似ていたことは興味深い事実です。
 彼は暗黒の種によって手に入れた才を後ろ盾に、亡き兄の人格を記憶にしたがってトレース、自分が治になろうとしたのかもしれません。
 おそらくは無意識に。

 不幸だったのは、そうして再現した治の性格が傲慢で酷薄、攻撃的なものだったことでしょうか。
 これはきっと、精神的外傷として残されているもっとも強烈な兄の姿がもとになったからです。そう、自分からデジヴァイスを奪った兄の姿が。
 まあ、暗黒の種がからんでいたがためにそういう方向へ行きやすかったのかもしれませんけど。

 ですがそれこそ、彼が自分ではなく治に存在価値を求めていたという証拠でしかありません。
 恐怖とトラウマの象徴である恐ろしい兄の人格を真似てまで、自分自身の心を晒したくなかった。彼はずっと、自分を閉じこめていたのです。
 ちょうど、デジタルワールドへ引き篭もったデジモンカイザーその人のように。

 その主人格を、本当の自分が出てくるのをただひとり待ち続けていたのが、他ならぬワームモンでした。

 たとえ転生して戻ってきたとしても、傷つけて一度は死に追いやった事実が消えるわけではありません。
 それでも背負って生きていく決意の背景には、やはりこの一途で優しいパートナーの存在があるのでしょう。
 自分の価値を決めるのは自分自身だけだということを教えてくれたのも、ワームモンなのですから。
 
 
・ワームモン
 とまあ、そういう観点でみるとワームモンほど、精神的分身の側面が強いパートナーデジモンはいないんだなと思わされるわけで。
 極論、前半の彼こそ一乗寺賢のもうひとつの人格だったとさえ言えてしまうのです。
 傲慢さに身を固め、痛みを一手に引き受ける交代人格と、奥に引っ込んでる主人格の間に立ち、観察しつつ何とか現実との折り合いを取ろうとする
 第三の人格。それが一乗寺賢の隠れたもうひとつの側面であり、その具体化がワームモンであったと捉えることができるんですね。

 となると、歯止めがきかなくなった交代人格=デジモンカイザーを止めるため、相打ちにもっていった形になりますね。
 交代人格と第三の人格の体現者であるワームモンを見失った賢は、みずから出てこざるを得なくなったのですから。
 いわば彼は、ほんとうの賢を引っ張り出すために命を張ったのかもしれません。

 そして、であるならばそれは賢の意志でもあるはずなのです。
 心を取り戻すということは人格の統合も意味するはずなので、治への思い出や認識を精算することと同時に、
 ワームモンへの気持ちを確認してもう一度取り戻し、欠けていたものを埋める必要があった。私はそう思います。

 他者でありながら、かぎりなくパートナーの心の一側面に近い存在。それが、デジアド世界におけるパートナーデジモンです。
 ひょっとしたら、ワームモンこそ優しさの紋章を司る人格の側面を持っていたのかもしれません。
 他者を信じ力を譲渡できる優しさこそ彼の、優しさの紋章の力だったのではないでしょうか。それが奇跡につながったのです。
 
 
・一乗寺治
 上ではああ書きましたが本編で描かれている通り、決してデジモンカイザーと同じ性格ではなかったものと思われます。
 その反面、実はどんな性格だったのか定かではないところがありますね。断片的なうえに主観が入っていますから。

 ただ、それでも賢が心に纏う鎧として兄のコピーともいえるデジモンカイザーを選んだことには、大きな意味があると思います。
 賢にとっての治は恐怖の対象というだけではなく、やはり何でもできて才能に溢れる憧れの対象でもあったのでしょう。
 兄を真似ることで無価値の(と思いこんでいた)自分を隠し、もっと言えば自分の上に兄を上書きすることで、守ってもらおうとしたのです。
 
 考えてみればあまりの別人ぶりゆえ、悪行三昧だったころの前半と後半の本来の賢は、分けて語られがちです。
 少なくともデジモンカイザーは本来の賢を視聴者の批判から逸らし、糾弾を一手に引き受けていた人格といっていいでしょう。
 その意味において言うなら、治兄さんは影となって弟を守っていたのかもしれません。

 あくまで結果としての話であり、健全な形ともいえませんが。
 
 
・賢の両親
 たまたま才覚ある子供にめぐまれたために、親としてのバランスを欠いた平凡な夫婦の姿がありました。
 それでも親としての役割と子供への思慕を放棄したわけではないので、まだやり直す機会はあるということですね。
 まあ、状況に振り回されたごく普通の親御と言うべきでしょう。ろくでもない親ならば、あんな行動はとらないはず。

 考えてみれば離婚して子供に迷惑をかけたヤマトパパや奈津子さんでさえ、悪い親として断ずるような描かれかたはされてません。
 どの親御さんもほんとうは子供を大切に思っており、そのためなら心を砕いて体を張ることもいとわないのです。
 選ばれし子供の心の背景には、やはり親の存在が大きく影響しているといえますね。

 ただ、賢が兄の映し身をまとったことを親御さんのほうまでそれを喜んでしまっていた時期があったのです。
 お互いにある程度の満足は得られたかもしれませんが、結局は仮初のものでしかなかったということですね。


・リョウ
 デジタルワールドを旅している賢の横で普通に歩いてました。
 02で登場するのはここと、ミレニアモンを倒した時ぐらい。セリフもなく、どーゆー人物なのかもまったく紹介されないので
 知らない人にとっては「誰だ、これ?」という状態です。尺からみて説明するヒマなんぞないということはわかりますし、
 説明したらしたで話がややこしくなるだけなので、あれが精いっぱいだったということもわかるんですが、何というかこう……ねえ。

 新OPの絵面バランスの悪さを見るにつけ、ひょっとしたら彼を出すべきはテイマーズじゃなく、02だったんじゃないかと思えてなりません。
 ジョグレス枠からは外れますが、そういうレギュラーがいて悪いという理由にはなりませんし。
 だいたいゲーム用キャラだからというなら、テイマーズに出ていることへのセツメーがつかないではありませんか。
 02に出しそびれたからテイマーズに出したという姿勢が透けて見えるようで、このあたりの件はあんまりいい感情を持ってません。
 もちろんリョウさんのせいじゃあないんですけど。

 でも待てよ、02に出たりしたら後半で確変を起こすはずの大輔の立場がピンチに陥るかもしれませんね。うーん、悩ましいところです。
 ポジションが被ってるせいで見せ場をいくらか取られた感のあるベルゼブモンとか見ちゃってるし……


・はじまりの町のデジモンたち
 いずれも幼年最初期。ポヨモン、ユラモン、プニモン、ボタモンの姿が確認できます。

 幼年期というわりにはやたらと悟りきった物言いをするので、賢の罪の意識や心の声を使った演出なのかもしれません。
 姿が全然ちがうのに賢をデジモンカイザーと看破したり、やたら事情にくわしかったりするのが証拠。

 体当たりしてきた個体もいますが、あれだってむこうの認識は「デジモンカイザーを攻撃する」という意識で行われたものとは限らないのです。
 単にびっくりして飛び出したら、たまたま賢にぶつかってしまっただけなのかもしれません。それを攻撃と錯覚したとしても、あの状態なら頷けます。
 罪悪感に苦しんでいるときには、まわりの全部が自分を責めているように見えるものですから。

 あれ? じゃあ、あそこがはじまりの町だって情報はどうやって手に入れたことになるんだろう?(^^;)
 
 
・黒い海
 やはり、自分というものが混沌としてきたときにやって来るものなのかもしれません。
 そこから生まれたものが逆にD-3のアーキタイプになるというのは、非常に興味深く奥深い話だと思います。



★名(迷)セリフ

(僕は天才なんかじゃなかった。天才は治兄さんだ。治兄さんはなんでもできた。なんでも。僕の自慢だ…) (賢)

 なぜか良い思い出が全部シャボン玉がらみなのは、それがいちばん心に残っていたからなのかもしれません。
 どこまでが本当でどこまでが賢の心象かは、判断が難しいところです。
 
 
(兄さんは、僕のことが嫌いなんだ。僕がいい子じゃないから。最低の人間だから)(賢)

 どっかで聞いたことあるセリフだと思ったらこれ、01の22話におけるタケルのセリフに近いのです。
 ただ、タケルの場合はあくまで自分の幼さ、未熟さゆえに足手まといになる危惧から恐怖へ発展しかけたのに対し
 彼の場合はいきなり全人格否定されかかったようなものなので、深刻度がかなり高い感じです。
 可愛らしい声色で兄へ呪詛を投げるくだりは軽くホラー。
 
 
<お兄さんが亡くなったのは、偶然が生んだ不幸だ。
 君にとっては、さぞかし心が動揺する出来事だったろう。でも、安心したまえ…
 君のお兄さんは死んで楽になれたのだよ。
 君はそれを苦にすることはない…
 君のお兄さんは、肉体的死を迎えて、本当の意味で楽になれたのだ。
 永遠の精神の自由を得たのだから。
 ・・・でも、君はこれからもそのつまらない日常の世界で生き続けなければならない・・・
 つまりそれは、君の自由な精神の死を意味する。
 可哀相な君・・・私は君に同情する。
 
 引き出される結論としては、今の世界は君にふさわしくないという事だ。
 君には、もっとふさわしい世界があることを・・・
 今、私は君に告げよう・・・・・
 君の精神が完全に解き放たれる世界だよ。
 引き出しを開けたまえ。

 そのデジヴァイスを使うのだ。>(謎のメール)


 頭ラリってんじゃないかと思わされる文章です。いや及川だから実際ラリってたんでしょうけど。
 一歩間違えたら太田さんが変なことを口走りはじめそうです。

 
「そうだ、これが僕のデジヴァイス…誰のものでもない。僕だけのもの…」(賢)

 ワームモンのセリフにもある通り、最初っからそうなんでしょう。
 治兄さんが触って何も起こらなかったのに、彼がちょっと持っただけで引っぱり込まれたのですから。

 その時になにか重大な冒険をした可能性があるんですが、あっちこっち情報が錯綜していてどれを採用すればよいのやら。
 相手がミレニアモンだとすれば2000年のはずなんですが、そのわりに賢ちゃんが小さすぎる気がしますし。小二にしか見えません。
 記憶が混乱してるといえばそれまでですが。
 
 
「賢ちゃんの心が賢ちゃんのものであるのと同じように、忘れちゃだめ。そして…逃げちゃだめ」(ワームモン)

 逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げち(略)
 思いのほかタイムリーなネタです。
 
 
「ボクのタマゴ、探してくれた?」(リーフモン)
「うん…探したよ。うんと探した」(賢)
「よかった。賢ちゃんならきっと探してくれると思った」(リーフモン)
「…ワームモン。生まれてきてくれて、ありがとう…!」(賢)


 一部略。なんだかんだで02屈指の名シーン。当時はもうちょっと素直に感動したものです。
 
 
「…ママ。僕を生んでくれて、ありがとう…!」(賢)

 一乗寺治の代わりでもデジモンカイザーでもなく、一乗寺賢として生きること。
 ずっと自分に価値がないと思い込んでいた彼ですが、それを決めるのは自分自身なのです。
 命がただそこにあるだけで美しいならば、生きていることはそれだけで価値があることなのですから。


(…治兄さん。僕はいま、はじめて言えるよ。全てのものに、ありがとうって……)(賢)

 で、ここに繋がるんですね。
 自分を生んでくれた母、憧れだった兄、かけがえのない友だったワームモン。
 囲まれ育んでもらったすべてのものへの感謝の中に自分の価値を見つけたとき、彼の長い旅は終わりました。
 そして彼本来の旅は、ここが第二の出発点だったのかもしれません。



★次回予告
 さて、新展開。アンキロモンに続き、いよいよスティングモンが登場します。
 アルケニモンやダークタワーデジモンもお目見えとなるから、地味ながら大忙しな回になりそう。