子どもだけの世界旅行! 夢のデジモントレイン

 脚本:吉田玲子 演出:暮田公平 作画監督:榎本勝紀
★あらすじ

 タギルのクラスメイト、キイチは鉄道が大好きな少年。
 そんな彼があるとき、急に世界じゅうの旅行写真を見せびらかし始めます。景色はいつも夜。
 合成だろうということで本気に取る級友はほとんどいませんでしたが、タギルは何かを感じていました。
 しかも、空飛ぶ機関車の噂が子供たちの間に流れているではありませんか。

 果たして、キイチの旅行は本物の体験でした。
 鉄道の中でもとりわけ機関車を愛する彼は偶然か否かロコモンにめぐり逢い、世界旅行を楽しんでいたのです。
 彼だけではなく、他にも大勢の子供たちが乗り組んで夜の間だけの旅を堪能していました。
 タギルもキイチの誘いを受け、まさしく夢のような時間を満喫します。

 ところが、以後もキイチは毎晩のように旅行へ出掛け、ほとんど一睡もしていないことがわかりました。
 おまけに親御方の間では、子供たちが夜間に姿を消すらしいと噂になりはじめていたのです。
 心配したタギルは止めようとするのですが、ロコモンと旅する楽しさで頭がいっぱいのキイチはとりあいません。

 そんな時、突然レンが現れます。
 彼は速く走ることに秘かな憧れを抱いていたロコモンを口車に乗せ、捕獲して自分のデジモンにしてしまいました。
 ショックを受けたキイチは頭を冷やし、後日もう一度ロコモンに会いたいとタギルに掛け合います。
 もう無理をしてまで出掛けないという条件で、タギルとガムドラモンは解決に乗り出しました。

 スピードに囚われていたロコモン。しかし、キイチは知っていました。
 乗客である子供たちと共に楽しみながら、笑顔とともに進むことこそがロコモンの本当の走りであることを。
 アイルの出したパラサイモンの力で大暴走するロコモンへ、キイチは必死で語りかけました。
 甲斐あって、ロコモンは己の本質を思い出します。パラサイモンはガムドラモンによって引き剥がされ、
 こうしてキイチ達は元のパートナー同士へ戻ったのでした。

 その後も、時折夜になると空を飛ぶ機関車の汽笛が聞こえるといいます。
 そんな時はタギルも夜空を見上げ、遥かなる世界旅行へと思いを馳せるのでした。



★全体印象

 67話です。脚本は吉田氏。ついこないだも「けいおん!!」劇場版で大ヒット御礼を飛ばしたばかりです。
 演出には8話以来久し振りとなる暮田公平氏が登場。雰囲気勝負の脚本を大いに盛り上げていました。
 榎本作画は割に判別しやすいですね。八島作画に次いで判定難易度が低いと思います。

 さて今回は、戦いが介在しないパートナーのお話。
 キイチとロコモンのような関係性が存在し、それが概ね許容されるあたりが「時ハン」の特色とさえ言えます。
 もちろん今回みたいに事件へ巻き込まれることはありますが、乗り越えようとするのはその関係性を守るため。
 タギルのような主人公像は、そんな多様な価値観を強力に後押ししてくれるものでしょう。

 流れ的なことを言うと、あそこでロコモンが突然レンへ尻尾を振ったのは最初、いささか不自然に感じました。
 しかしよく考えてみれば、あの時はキイチのほうもかなりおかしくなっていたのでお互い様かもしれません。
 言わば互いに履き違えて暴走したわけですね。デジクォーツ絡みではありがちなことです。
 その分、レンたちの扱いがほとんど三バカ呼称認定レベルになってしまったのは否めないところですが……

 でも私、このお話は好きですね。人に見せたいかどうかは置いといて、個人的に好みです。
 本当は大人の時間であるはずの夜。そんな夜に抜き足差し足、子供たちだけの冒険旅行、しかも空へ、世界へ。
 こういう題材が嫌いな人は、たぶんあんまりいないと思います。是非はともかく、ロマンがある。

 古くから「ピーターパンとウェンディ」「銀河鉄道の夜」など枚挙に暇がないところです。
 …まあ、例にあげた2作に込められているものはそれだけじゃないのですが、一要素だけ抜き出すならば。
 そういえば新規デジモンにピーターモンってのがいるそうですね。設定とか、暗黒面込みでそのまんまだ。

 閑話休題。とにかく、ずっとあの関係性を続けることはできないでしょうが…それは主人公たちも同じ。
 幼い日の憧れを、みな本当は忘れずに心のどこかへ大事に仕舞って抱いているものです。
 男ならばなおのこと。男は誰も夢の船乗りですから。

 そんな確かにそこにあり、けれど儚い輝きはだからこそ、いつでも人々を郷愁へ誘うのかもしれません。



★各キャラ&みどころ


・タギル

 吉田氏が描くと柔らかい面が出ると書きましたが、今回もそれが遺憾なく発揮されています。
 妙だとわかると一人でも調査を始める旺盛な行動力はそのままに、ロコモンとの旅を素直に楽しむ姿や
 キイチの暴走ともとれる行動をごく自然な善意で止めようとする姿には、いつも以上の優しさと頼もしさがありました。
 吉田脚本は割にタギルファン向けなお話ばかりな気がしますね。

 というか、今回は持ち前のおバカな側面がだいぶ影をひそめていたように思われます。
 その分、キイチが得意ジャンル内限定で大暴走していたわけですが。


・ガムドラモン

 バトル担当。61話もそうでしたが、瞬間のヒラメキで事態を打開するという利口な戦いぶりを見せてくれています。
 そのおかげでというか、そのせいでというか、超進化なしの単体で勝利するという快挙を成し遂げました。
 まあ、あの状況で複数展開だったり超進化してたりしたら逆にいろいろ面倒なのですが。
 吉田脚本は彼の描写もいいのが多いですね。


・タイキ組とユウ組

 状況に阻まれてあまり出番なし。ま、大してすることはなかったでしょうから今回はそれで正解かな。
 ロコモンに乗ったのはお話中盤の一回だけで、それも途中下車ですから、まともに乗れていないことになります。
 もろもろ抜きでロコモンに乗れるのは、いつの事になるやら。そのうち乗りそうな気もしますけど。


・船橋キイチ

 タギルのクラスメイトにして筋金入りの鉄ちゃん。クロスローダーの色は水色。
 自前の車掌コスチュームは博物館に行くときにも着込んでいたので、相当に気合が入っています。
 ロコモンの出現にコーフンして鼻息を吹くあたりは、割にタギルそっくり。
 一見おとなしそうなのですが、こういうタイプほどツボに嵌ったときの行動力が無駄に高いのです。

 で、中盤には楽しさのあまり毎晩旅行へ出掛けるという無茶をやらかしています。
 デジモンに引っ張られて自分の欲望が暴走するという、デジクォーツ絡みの典型へ陥った恰好。
 問題はそこに悪意が介在していないことで、そのままでは止めるのが難しかったでしょう。
 皮肉にも、レンの介入は彼に頭を冷やす機会を与えてくれたことになります。

 基本的にはロコモンと旅ができればそれでいいという立ち位置で、ハントには全く興味を持っていません。
 タギルもそれを汲んで、最初からロコモンはキイチのものと考え、ラスト前にもそう発言しています。
 ハントに血道を上げているように見えても、こういうところがレン達との違いでしょう。

 とはいえ、曲がりなりにもクロスローダー持ちです。
 キイチが今後、何か大きな事件に巻き込まれる可能性は少なくないでしょう。
 なまじっか足としての使い勝手が良さそうですから、今後もちょくちょく再登場しそうな気がします。
 つうか、次回における交通手段は彼らみたいですし。

 中の人は大本眞基子氏。90年代末期に台頭し、以来多くの作品でメインキャラを演じてきた方です。
 最も有名なのはカービィでしょうが、「ゾイド」ではヒロイン役でしたっけ。
 そういえば、そのときの主役はゼンジロウの中の人でした。


・ロコモン

 キイチのパートナー。古風な出で立ちと車掌然とした腰の低い喋り方が特色です。
 「デジモンネクスト」に登場し、メインキャラにも絡んだトレイルモンC-89型を強く思い出しますね。
 そういや、あの作品にも鉄ちゃんが一人いましたっけ。しかも名前はユウだ。

 本来は乗客と触れ合いながら、のんびりとしたペースで旅するのが本分のデジモンです。
 しかしこうしたデジモンの常かスピードへの憧れは潜在的に持っていたようで、レンの口車に乗ったのも
 その欲望を引き出されたためでしょう。ひょっとすると、レンは知っていたのかもしれません。
 車や列車の姿をしたデジモンには、例外なく速さを求める傾向があることを。

 ですが、新しい主人との間柄はやはり歪んだものでした。キイチの説得で、彼は自らの本質を思い出します。
 上に書いた通り、パートナーと同じで暴走傾向にあったということなのでしょう。
 喜びすらも、一歩間違えれば負の方向へまっさかさまに進む原動力となるのがデジクォーツ絡みの怖さです。
 以前はタイキたちのように、強い心や目的を持つものだけがクロスローダーを持てたのかもしれません。
 まあ、あの当時は単に希少だったのでしょうけど。デジクォーツの存在も明らかになってなかったし。

 さて、ロコモンといえば映画がデビュー作。パラサイモンに寄生されるのは、当然そのオマージュです。
 一期にも出ていたグランドロコモンにはなりませんでしたが、こっちの姿の方が乗客には親しみやすいでしょう。
 アレはどうも究極体というより、ロコモンの戦闘形態というほうが近い扱いですからね。

 もちろん、ロコモン自体が戦って弱いとは思えません。テイマーズではベルゼブモンをも退けています。
 多少の危険、たとえば猛獣が現れたとしても、ロコモンがいれば子供たちには何の不安もないでしょう。
 もっとも、空飛ぶ機関車なんぞが現れたら猛獣のほうが警戒して近寄ってさえこないかもしれませんが。

 中の人は竹本英史氏です。整った声のわりに変わった役をやる事が多いバイプレイヤーの一人ですが、
 マルスモンや今回のケースはそのイケメン声を最大限に活かした演技になってますね。
 

・パラサイモン

 アイルが連れていたデジモン。クロスローダーから直接ロコモンに取り付き、その能力を向上させました。
 しかし一度くっつくとアイルでも解除方法を知らず、時には大暴走を引き起こすと言う致命的欠点があります。
 今回はその欠点がもろに顕われ、あわや大惨事へと発展しかけてしまっています。

 笑顔が力の源というロコモンとは対照的に、恐怖の悲鳴が力の源になるというハタ迷惑なデジモンです。
 こんなのまで手持ちに加えているなんて、アイルの美的感覚がますますわからなくなりました。

 中の人はなにげに飛田氏。テイマーズの時の肝付氏といい、やけに声優に恵まれるデジモンです。
 その他、レギュラーから準レギュラーの人が何人か端役で出てます。割にいつものこと。


・レン、リョーマ、アイル

 ワリを食った方々。特にリョーマは完全なとばっちりです。本人の株にまで被害が及んでいる。
 レンが体のいい悪役を担うことが特にタギル回で多いのは、因縁を作ろうという意図からのものでしょうか?
 でもやっぱり、彼じゃタギル相手には弱い気がしますね……せめてリョーマじゃないと。

 リョーマ自身はタイキをライバル視してるみたいですが、今のままじゃちょっと厳しいでしょう。
 まして、あの伝説の男までもがこの世界に存在するらしいとあっては……


・時計屋のおやじ

 キイチにクロスローダーを与えた人。神出鬼没ですね。そして選定基準がよくわからない。
 デジモンとの関係を維持したいという人間には、ハントするしないに関わらずクロスローダーを与えているのでしょうか?
 あるいはクロスローダーを与えるまでが本来の役目で、与えられた子がその後何をしても干渉しない、とか?
 うーん、謎です。なにを考えているのでしょう。

 そのへん、次回で結構絡んできそうな感じですから少しは語ってくれるかもしれませんね。
 むしろ、そろそろ語ってくれんと困ります。


・ミホ

 58話のゲストキャラですが、前半でこっそりと再登場しています。眠そうなのは単に勉強疲れでしょうか。
 本作は主役の学校の生徒がしょっちゅうデジモン事件に巻き込まれるので、そのうち見知った顔ばかりになりそう。


・子供たち

 ロコモンの中に大勢乗っていました。みんな寝間着姿。タギルと同乗した顔ぶれはだいぶ年少でした。
 この状況、キイチとロコモンは結果的にデジモンの認知へ精を出していたことになりはしないでしょうか。
 少なくとも10人、20人じゃききますまい。


・ドッグモン&パンプモン

 ロコモンの中で列車販売をしていた二人組。一応ラストシーンにも登場します。
 でもロコモンがハントされていた間、いったいどこに行っていたのかはまったく不明。共生関係にはありそうですが…



★名(迷)セリフ


「…わかった。でも、約束してくれ。ロコモンは乗っている子供たちの笑顔のパワーで走るんだ。
 無茶をして走り続けたら、おまえも子供たちもぶっ倒れちまう。ほどほどにしてくれよ」(タギル)


 もう一度ロコモンに会いたいと願うキイチに。
 別にそんな大したことを言ってるわけじゃないんですが、なんか雰囲気的に印象に残りました。
 部屋に転がる機関車のオモチャと机に並ぶ時刻表が、キイチの列車にかける想いを演出しています。


「ロコモン! 君は蒸気機関車のままでいいんだよ!
 速く走れなくたって、ロコモンは力強くてかっこいいよ! 君はずっと、僕の憧れだったんだ…!」(キイチ)


 変わらなくてもいいという、ある意味デジモン全否定な言葉。
 もちろんそういう意味で言ったわけではないのでしょうし、一度は間違えてしまったけれど、
 それでも二人の旅に偽りはなかったはずです。もし進化があるとするなら、それに叶った形があるのでしょう。

 しかし、これだけ円満だった関係も少しの刺激で崩壊に瀕してしまうとは……
 デジモンと人間の関係の危うさというものも、このお話では描かれていたように思われてなりません。



★次回予告

 なぜ南の島に集められたのか、ヴォルクドラモンがどういう形で絡んでくるのか。
 そして何よりも、タイトルバックに蟠る五人の影。どれが誰にあたるのか割と容易に判別がつくのはファンの性ですね。
 結果がどうあれ、楽しみなのは間違いありません。さてどうなるか。

 …って、キリハまで来るの? いや、だってあの金髪…