無限大の…

第4話 紅い瞳

 空の赤が、だんだん彩度を下げはじめている。
 はじのほうは、もうあい色だ。街灯がちか、ちかちかちかちかまたたいて、蛍光灯が階段の手すりを照らす。
 大輔が在住する、古びたアパートだ。中身はちゃんと整備され、空調もととのっているが、老朽化はかくしようもない。ほかの家からはすこしはなれた所に建っているうえ、そばのでかい樹は風が吹くと、ガサガサと葉っぱをゆらすさまがまるで幽霊のように見えて、道ゆく人はジャリをふみながらつい、後ろを気にしてしまいそうになるのだ。
 ブイモンは大輔のへやの床の上で大の字になり、なにを考えるでもなく天井を見ていた。電気は、朝からつけっぱなしだ。
 退屈だった。

(…大輔、はやく帰ってこないかな)

 会うことばかり考えていたから、一人になったうえ、『じっとしていろ』と言われるなどという状況は、想像もしなかった。
 テレビの前は片づけられていてゲーム機のひとつもないし、申しわけていどの本棚にならんでいるのは、サッカーの本ばかりである。

(……大輔、いまもさっかー、やってるんだ)

 内容はさっぱりわからなかったが、ブイモンはなんとなくうれしくなって、本を棚にもどしたものだった。
 それからテレビをまわしたり、窓の外をながめたり、大輔がおいていってくれた食事をつまんだり、昼寝したり、食いちらかした現場を申しわけていどに片づけたりしたが、とうとうやることがなくなって、かれこれ1時間もこの調子である。
 ふと、前足を見る。肌色。
 以前の前足ではない。気づいたら、すがたが変わっていたのだ。
 はじめはめんくらったが、調子はわるくないし、そのうちに慣れて、いつのまにか忘れてしまっていた。感情がたかぶるとツノとシッポが出て、瞳が深紅…本来の色…にもどるのだが、知ったのはつい最近のことだ。
 おきあがった目に、小さな鏡。うつった自分の顔は、なるほど、人間にちかいというより、そのものだった。ひざを進めると、大きな瞳が近づくのにあわせ、長い髪がばさりと肩に落ちる。
 むう、とうなってかき上げると、反対がわにばさり。あきらめて、もう一度鏡をのぞき見る。

(…どっかで見た顔だなぁ…)

 きみょうな既視感。思い出せない。こころ当たりはぜったいにあるはずなのだが。眉をひそめた顔がおもしろくて、30秒で忘れた。
 それから目を上へ下へくるくる動かしたり、鼻をつまんだり、ほっぺたを左右に引っぱったり、前髪を両手で上げておでこにしたりしてみる。ハタから見るとアホみたいだが、ブイモンは興味しんしんだ。
ウィーン
 ふいに、うしろから音がした。
 ふりむくと、へやのすみでひっそりと眠っていたパソコンが、緑のランプを点灯させている。大輔の学校から貸与された型落ち品だが、個人用途にはじゅうぶんな性能を持っている。ポーン、と軽い音。起動したらしい。
カリカリカリカリカリカリ。

「?」

 いぶかしく思うあいだに、今度はモニタとプリンタが起動した。申しあわせたように、どのランプも緑色だ。黒バックに数字の羅列。
 ブイモンは知らないことだが、大輔は自動起動の設定などしていない。
 見ているうちに、デスクトップが出てきて、勝手にネットへ接続を開始、ほどなく、メッセージダイアログが出てきた。

『メールが届いています』

 ゆっくりと身を起こした。ファンの音が、不審をいっそうかきたてる。
 ディスプレイに近づくと、急にダイアログが消えた。肩をふるわせたしゅんかん、今度はメールソフトが勝手に立ち上がって、メッセージを受け取りはじめる。
 1通、2通、3通、4通、5通、6通、7通、8通…。
 がちゃり。扉の音。全身が粟だった。

「ただいまー」

 大輔はへやにはいってくるなり、おかしな光景を目にすることになった。
 パソコンが起動している。メーラーが電子メールを受け取っているらしい。その操作をしたはずのブイモンはというと、イスに座りもせず、ディスプレイの前につっ立って、ただ不安げにこっちを見ているばかり。トレーナーが大きくずれて、左肩がむき出しになっていたが、たぶん気づいてもいないだろう。
 さり気なく服のみだれを直してやりながら、大輔はメッセージスペースをのぞきこんだ。内容を確認したい。

 
『だ』


 それしか書いてなかった。ばかでっかい文字だ。

「…なんだこりゃ?」

 他のメッセージも確認してみる。同じだ。次も同じ。次も、次も、次も、次も。どの新規メッセージにも『だ』しか書いていない。

「…新手のネットデジモンじゃないだろーな」

 みけんにシワをよせながら、とりあえず全部削除しようとしたが、一つだけどうしても消えない。それは確認してなかった。件名はなしで同じ。
 ウィルスじゃないだろうなと思いつつ、のぞいてみると、


 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ


「…ヒマなヤツだな」

 点検したが、マシンには異常なし。ほおっておくことにした。ホラー映画じゃあるまいし、こんなのでびびるくらいなら、世界じゅうの人間がノイローゼになっているところだ。うんざりして、メーラーを閉じる。と、ダイアログメッセージが出た。
 目をうたがった。
 
『イ タ イ』

 カタカナでハッキリ、そう書いてあった。

「………やっぱウィルスか?」

 イライラしながらもう一度点検してみたが、やはり問題なしだ。みょうなファイルもまぎれてはいない。
 ふに落ちない心地のままでユーティリティを閉じ、ブイモンのほうにふりかえった。

「おまえ、なに受信したんだよ」

「オレ、しらないよ! だって勝手に動いたんだもん」

 ウソをついているとは思えなかった。そんな器用ができるならもっと早くここに来ているか、知りあいに連絡をとって、そいつ経由でここにたずねてくるところだろう。それに慣れているとは思いたくないが、この程度のできごとは体験ずみだった。

「…だとすりゃ…なんだ? デジモンか?」

「わかんないよ、大輔」

 そりゃそうだ、そう答えて、パソコンの電源をカットする。わかるはずがないし、とくに実害もないから、気にする必要もないだろう。

「…まあいいや。…で、おとなしくしてたか?」

「うん、オレ、おとなしくしてたよ」

 ウソかどうかは、顔にすぐ出る。みたところだと、本当らしい。
 よしよしとうなずいて、ほとんど無意識に手をのばし、頭をなでてやる。大きな瞳が細まって、黒目がほんのすこし、赤くそまったような気がした。それを見たとき、腕をいやに高くあげていたことに気づいて、ひっこめる。
 意外そうな視線に、思わずほっぺたを押さえて反対をむくと、背骨にコツンと当たるもの。

「…………」

 ブイモンのおでこだった。つとめて冷静に、ちらっと後ろをのぞき見る。

「…ハラへった、大輔」

「お前なぁ……」

 そのときふと思いついて、ぱっと向きなおった。ブイモンの細い肩をぽんとたたいて、ニッと笑ってみせる。

「おまえ、ラーメン食うか?」

 最後まで聞かないうちに、大きな瞳がかがやいた。

「食う!!」

「よしよし」うんうんとうなずきながら、「じゃあ、オレが作ってやるよ」

「え〜? 大輔が〜?」

「なんだよ、その不満そうな声は」

 大輔の眉が逆ハの字をえがく。「オレのラーメンはちょっとしたもんなんだぜ。知らねーのか?」

「……うん、知らない」

 小さな肩が落ちたのを見てか見ずか、大輔はぽんぽんと頭をなでてやった。

「ま、ちょっと待ってろよ。すぐ作ってやるからさ」

 腕をまくってナベを取り出し、水を注いで、ひとつしかないコンロにかける。
 沸騰するまでのあいだに、てきとうに食材をみつくろって下ごしらえ。手にはいつのまにか、包丁をにぎっている。なかなかの手ぎわだ。まな板も大きくはないが、よく手入れされている。見ているあいだに切りそろえられたラーメンの具が、煮えにくいものから先に、ナベの中へ。すでに沸騰している。
 それから、あらかじめ出しておいたメンふたり分も、つづいてお湯へしずんだ。すばやく菜ばしをとって、ささっとかき混ぜ。そのままの姿勢で、洗い物カゴに入れっぱなしのドンブリをふたつ、器用にひっぱり出して、コンロのわきにスタンバイし、あとは時間まで、まぜるばかりだ。

「すげぇなぁ」

 ブイモンの口から、すなおな感想がもれた。

「ただのインスタントだよ」 

 背中をむけたままの声に、けんそんはない。大輔にしてみればお茶の子で、手間のうちにもはいらないのだ。ミソを追加しながら味見をする姿も、板についている。
 
「ホントは、メンから打ってみたいんだけどさ。時間も金もねーし」

 片方にすこし多めについでやりながら、ときどき目だけをやると、ブイモンはもう待ちきれないようすでじっと見かえしてくる。上半身ばかりをやたらと前に出しているので、今にもひっくりかえりそうだ。気をつけるように声をかけてから、ドンブリをふたつ同時にテーブルへ持ってくると、待ち人の瞳はもう最高潮のキラキラ加減である。
 苦笑しながら割りばしをわたしてやると、勢いよくぱっきり、でもきれいに割れなくて、しかめっつらをする。表情がくるくるとよく変わるから、見ていてあきない。

「ほれ、食えよ」

 ブイモンは大きくうなずいて、ハシをスープにつっこんだ。わしづかみ。持ち方がまるでなっていない。それでもなんとかメンをつかみ、ふうふう言いながら口にはこんで、ぱくり。ずずず、と音がして、ひと口ぶんがすいこまれた。もしゃもしゃ。

「どうだ?」

 じぶんも食べながらたずねる耳に、ごくりと音が聞こえた、ような気がした。ブイモンの顔が、がばりと上がる。

「うまいっ!! うまいよ、大輔!!」

 言い終わらないうちに、またがばり、と顔が下がった。見ているあいだに、ラーメンはどんどん消えてゆく。こちらが一口食べるあいだに、三口というスピードだ。あっという間にスープまで胃袋直行。大輔はまだ半分も食べていない。

「ぷはー! うまかったー!」

 にこにこ顔でドンブリを置くブイモンのまわりには、スープがぼたぼたにこぼれている。トレーナーにも、スープがこぼれほうだいだ。大輔の眉があきれたように下がった。

「もうないの?」

「ねえよ」

 がっくりと肩が落下。ハシには、最後のメンをつまんでいる。

「チョコ買ってきたから、それでも食ってろ。その前に!」

 チョコと聞いて腰をうかすせっかちを、声で制した。

「そこを動くな。お前、こぼしすぎなんだよ。いま、ふいてやるから」

 ふきんを取ってとんぼがえりすると、ドンブリを持ち上げて、テーブルにこぼれたスープを念入りにふきとっていく。床もよごれていたので、こちらはもっとていねいに。それから一度ふきんを洗って、トレーナーもふいてやった。

「…くすぐったいよ、大輔」

「動くなっ」

 あまり身体にふれないよう気をつけてはいたが、かなり生きた心地がしなかった。
 目の前にいるのはたしかにブイモンだが、無防備な少女でもあるのだから。混乱してくる。

「あー…こりゃ洗濯しねーとダメだな。着替え出してやるから」

「うん、気持ち悪いからもう脱ぐ」

 言い出したら即、行動。今度は大輔も予想していたから、同時に背をむけていた。
 着替えはというと、トレーナーの予備はあるが、ズボンのかわりがない。あるとすれば、いつも着ているパジャマの下くらいだ。しかも、このところロクに洗濯していない。やむなく、それを(もちろん顔はあわせずに)告げたのだが、ブイモンはあっさり承諾する。

「大輔のだから平気だよ」

 今のその姿でそんなことを言われるのは複雑だったが、のみこんでおいた。





(…けっきょく、またさぼっちまったな、練習)

 ふとんの中で、大輔はつらつらと考えていた。ブイモンの相手をしているうちに、いつのまにか十時をすぎていたのだ。その時点から規定のメニューをこなそうとすると、翌日の朝練にひびく。それは避けたかった。
 少しはなれた床では、長い髪の少女がかけぶとんの下で、寝息をたてている。
 食事と着がえが終わったあとも、ブイモンは大輔をはなそうとしなかった。
 さいしょの日はつかれていたのか、シャワーを浴びてからすぐにねむってしまったので(服を着せるのが、さまざまな意味でまたたいへんだった)、取りかえすかのように、しゃべりまくる。今なにをしているのかとか、なんでここに住むようになったのかとか、今もサッカーをやっているのかとか、友達はいるのかとか、はては授業中いねむりしちゃいないだろうなとか、根ほり葉ほりたずねてきた。そして、大輔がこたえるたびに目をかがやかせ、がんばってるんだなぁ、と連発する。

「…別に…そんな、がんばっちゃいねぇよ」

 思わずもらしたこのひと言に、ブイモンはふしぎそうな顔をしたものだ。

(…そういやあ、誰かにラーメン作ってやったのなんて、はじめてだな)

 しかも、メンからラーメンを打ってみたい、などと言ったりして。
 そういうふうに考えていたことすらも、忘れかけていた。連想ゲームのように、小学生のころはサッカー選手とおなじくらい、ラーメン屋になりたがっていたなと思い出す。それも、ラーメンが大好物だからという単純な理由で。
 くすりと笑った。
 5年まえ、大輔はブイモンとともに、忘れられない大冒険をした。
 その時は本当にむがむちゅうで、深くかんがえるヒマもないまま、気がつけば別れの時が来ていた。仲間のうち、三人は泣いていたけど、あとの二人はさとりきったように、笑っていた。意味がわからず、マヌケにも質問をして、はぐらかされた。
 あのときはすこしカチンときたが、いまかんがえれば、あのふたりもつらかったのだろう。ただ、心のじゅんびができていたというだけで。
 そのふたりのうち、片方のことが大好きだったのだと、今さらながら思いだす。あの娘の笑顔を見るたびに、心臓があばれ馬になったものだ。だから、もう片方の男の子と親しげなのに、腹をたてたりして。
 ガキもいいところだ。ぼそりとつぶやいた。
 ふたりとも、現在はそれぞれ、別の相手とつきあっているらしい。家がちかいからちょくちょく会ってはいるが、おたがい、じぶんの進路で頭がいっぱいなのだそうだ。けっきょくは、ただの幼なじみだったということだろう。もちろん、それが悪いなどということはないし、なによりいまの大輔には、かかわりのないことだった。
 プロサッカーの選手になる。中学時代に決心し、かかさずに練習をしてきた。高校進学のために、生まれてはじめて本気で勉強もした。
 結果、あそぶ時間がへり、あの冒険で苦楽をともにした仲間とも少しずつ疎遠になり、完全に切れてしまったあいてもいる。ケンカしたわけでもないのに、ふしぎなものだ。
 この間は、東京にいたときの親友からメールが来ていた。
 彼らしい乾いた、でも優しい文体で、警察官をめざして勉強中なんだ、簡潔にそれだけが書いてあった。そろそろなにを書いたらいいか、わからなくなってきているのだろう。
 彼の顔も、もうずいぶん見ていない。

(…なんだったんだろうな)

 5年前の、あの冒険は。
 最初のほうからじわじわと、思い出が色をなくしはじめている。まるで自分と関係ない、歴史のなかのできごとのように。
 あらゆる要素がぐちゃまぜになって、アスファルトがはき出すかげろうを通しているみたいに、像をむすばなくなってきている。このままだと、ただのよい思い出になり下がって、子供の代へくどくどと聞かせたがるようになるだろう。それで終わっていいはずのものではないのに。
 ようやく、考えすぎている自分に気づいた。
 頭に黒板消しをイメージして、息をはきだすといっしょに、雑念をうちけす。はやく眠らなければ。

(…まてよ、そういえば)

 頭をすこしまわすと、ブイモンの寝顔が横目にうつった。

(…こいつ、そもそも、どうやって『こっち』に来たんだ?)

 そのときだ。
 どすん、と音がして、床と天井がびりびりとふるえた。はっと窓の外を見ると、

 そこに、なにかがいた。

 正確には、『いた』のではない。窓の外を『かすめて』いったモノを、いっしゅんだけ目撃したのだ。

 目が合った。

 全身が硬直して、いっせいに冷汗がふき出た。
 がばり、おきあがって窓に手をかけ、一秒ためらってから、窓を開ける。ひゅるりと風が、へやにふきこんできた。窓の下を見おろす。右へ頭をふる。左も。遠くへ目をこらしてみる。街灯が明るすぎて、よく見えない。沈黙。とつぜん、ゾッとして窓をしめた。カーテンも閉めて、ふりむくと、
 紅い目が光っていた。
 思わず右肩がうしろに下がる。とっさに手をのばし、正体をたしかめるかのように、蛍光灯のスイッチをひっぱった。チカチカと光りだすまでが異常に長くかんじて、

「……どうしたの、大輔?」

 声を聞いたと同時に、明るくなった。
 ブイモンが起きだして、こっちを見ている。瞳が紅い。いつのまにか、ツノとシッポが出てきている。指摘すると、思い出したようにひっこめた。瞳が、ゆっくりと茶色にもどっていく。ようやく、胸をなでおろした。

「…まっさおだぜ、どうしたんだよ?」

 けげんな顔をするブイモンに、両手を大きくふってみせる。

「…な、なんでもねぇ。ええと、アレだ。お化けを見たような気がしてさ……」

 お化け。
 あれは本当にそんな、なまやさしいものだったのだろうか。言ってから、またしても鳥肌が立って、髪がざわざわする。

「なんだよ、大輔。まだお化けなんて信じてるのか?」

 ケラケラと笑うブイモンは、その姿いがい、いつもと変わらない。寒気がひいていく気がした。
 手をのばすと、そこにはブイモンの頬がある。あたたかかった。髪に指を入れると、『少女』はくすぐったそうに目を細める。氷の山が、背中からとけていくような感覚がした。
 もう、寒気は感じなかった。
 そのまま、くしゃっとすこし乱暴に、頭をなでてやる。ぽんとたたいて、

「……もう眠ろうぜ」

 それだけ言い、電気を消した。
 あれは幻だ。
 大輔は、そう信じることにした。