第5話 どんな形容詞も似合わないほど
『こちら側』から情報体がまるまる一つ抜け落ちたとわかったのは、ことが起こって数日がすぎてからだった。
『それ』がなにを目的として世界情報からはずれたかは不明だったが、抜ける過程で少々、ほかの情報がまじったらしい。ヒモのようにつながっているはずの保存情報がとぎれていることが、証拠だった。
捜索はきわめて困難だった。目印がすくないからだ。このことは同時に、その情報体が『こちら』でも『あちら』でもイレギュラーであることを意味する。
『それ』が使用したとおもわれる回線に、ログが残っていた。ひじょうに古いタイプの回線で、なぜあるのか記録がほとんどないし、いまでは利用者もまったくいない。それが発見のおくれにつながった。セキュリティも老朽化していて、不法侵入をくいとめることができなかったのだ。
『こちら側』でもっとも巨大な情報体は、世界情報の整理も任務だったから、早急にめぼしいデータへ、ざっと目を通した。そなえもつ超高等プログラムは、サーチ中に優先順位をつけることもできるので、時間はかからない。ひろい上げたパスワードをもとに、くだんの古いセキュリティへアクセスしてみたのだが、おそろしくエラーが多かった。
利用時に生じたエラーへなんのメンテナンスもされないまま、あまりに長期間放置されていたために、修復のしようもないほどデータが破壊されてしまったようなのだ。あるという記録ファイルさえこわれていたため、見のがしていたらしい。
中枢プログラムは生きていたので接触、やり取りした結果、この回線は処分することになった。これは、セキュリティプログラム側の意見でもある。
まず、古い情報を吸いだす目的もあり、消去対象から使えそうな部分をピックアップ。圧縮・再構成して、あたらしい情報体として活動してもらうこととした。その作業じたいは『かれ』の管轄外なので、とちゅうからあずかり知らぬところとなる。
それから、不要部分の消去を開始。古いプログラムばかりなので、有効なコードがすくない。時間がかかりそうだと判断し、べつのもっと小型な情報体へ、『あちら』へ出たイレギュラーの代理調査を依頼した。
なぜ依頼かというと、それらの情報体は厳密にいうと『かれ』の直轄ではなかったからである。
さて、イレギュラー調査を指令された情報体は、ことばを借りるなら群体だった。
無数にあるコピーがデータを共有し、リアルタイムな交換が可能なのだ。そのため高度な同時並列処理が可能であり、同時に各コピーが、単体でも動ける。
そのうちのひとつが、さっそく行動を開始した。イレギュラーの周辺情報をあらい、いくつかの可能性をはじきだした結果、やはり『あちら』へ接触をしないかぎりは解決をみないと判断。さっそく調査内容を簡潔にテキストへまとめ、あるアドレスへ送信した。
本来このプログラム群は、その特性ゆえ『あちら』へのアクセスも可能なのだが、かなり以前から介入が禁止されているので、あちら側の情報体……
すなわち、人間に頼らざるをえなかったのである。
大学のラボから帰った泉光子郎は、パソコンに奇妙なメールが届いているのを見つけた。
だがよく見れば、かれにとっては奇妙でもなんでもなく、ただあまりに久しぶりだったから、おや、と思ったにすぎない。
「…ゲンナイさん、どうしたんだろう」
最後のメールは、およそ1年前になる。
『あちら』はもう久しく安定期のはずだ。問題があったとしても、むこう側だけでなんとでもなるだろう。ゲンナイ自身がそう言っていたのだから。
疑念をはさみながら、デスクについてメッセージを開く。
「……迷いこみ…? デジモンが? ……捜索……」
手がデスクの机にのびて、開いた中には、妙な形のデバイスがある。モニタの前にかざすと、呼応するようにモニタがかすかにぶん、とうなって画面が光りだし、プログラム言語をかたどったような光が、手の中の機械へすいこまれはじめた。
目をおおうような強さはないが、指でさえぎったとしてもとぎれない、腰のふとい光である。ふれると少し熱い。十数秒、つらなっていたと思うや、唐突にとぎれた。モニタをのぞきこんで、処理が終了したことを確認する。
にぎったままのデバイスを見た。ジョグレバーを何度か押してメニュー画面表示。あたらしいメニューがくわわっていた。メールについていた添付ファイルを、ダウンロードしたかっこうである。さっそく選択してみたが、いまはとくに変化なし。
「…ひさしぶりだな、こういうの」
光子郎の瞳にかがやく好奇心の炎は、少年のときからまったくおとろえていない。そういう青年なのだ。すでにいくつか論文も出している。それらの最後にはきまって、仮説にすぎない、と注釈があるのだが、彼自身にとってはまぎれもなく真実であった。いまはまだ、発表の段階にないというだけのことである。
メッセージのつづきを読んでみると、どうやらこのメール、自分だけに送られたものではないらしい。協力をあおいだほうがつごうがいいだろうと判断し、さっそくもうひとりのエージェントへあてて、キーボードをたたきはじめた。
あくなき探求心と、じぶんの力だけに固執しないこと、それが研究者としての、光子郎のモットーなのである。
夢中になっている光子郎だったから、へやの開け放しのドアから、通りがかった義母がそっと見ていることにまるで気づかなかった。
しかし、義母はやわらかくほほえんで、廊下をあとにする。
その表情こそが、血よりも濃いきずなのあかしだった。
大輔が一大決心をしたのは、ブイモンがふらりとやってきた翌々日のことである。
「ね、賢とか京(みやこ)とか、伊織とかどうしてるかな? オレ、みんなにも会いたい」
「わかったわかった、そのうちな」
適当に答えながら、アパートの階段をおりる。表情がいまひとつ暗いのは、その『一大決心』というのが、ブイモンにかかわることだったからだ。
はあ、とため息がもれた。
(…やっぱ、買ってやるべきだよな…服…)
なにしろあの外見である。人間、それも少女としての造形でみれば、まちがいなく一流だろう。くわえて無とんちゃくな性格だから、着るものが大輔のダブダブなおさがりだろうが、肌着がなかろうが気にしないときた。当然だ。もともと、服など着ていなかったのだから。
だがブイモン自身はよくても、世間体というものがある。変なうわさが立ってはまずいし、不こころえ者にねらわれかねない。後者については相手のほうが心配だが、万が一ということがあるだろう。
なにより、このままではいろいろな意味で、身がもたない。
とはいえ女物の洋服など買ったことがないし、それ専門の売場にも行ったことがないのだ。だからといって、だれかに聞くのはもっと気がひけた。言いふらされては本末転倒だ。
わかってはいても、売場にひとりっきりで行って、店員に「あの〜」などと聞くのは死ぬほどはずかしい大輔なのである。
(どーしたもんかなー……)
昼休み。
ぼーっと考えこんでいると、親友の佐々木信二が声をかけてきた。
「あれ、大輔は食わないの? メシ」
ふと、大輔のほお杖がはずれる。じっと見つめる視線に、信二がけげんな顔をした。
「……なんだ?」
いっしゅんの間に、大輔は考えをめぐらせていた。
実はこの佐々木信二という男、けっこう恋愛経験が豊富である。基本的に、要領がいいのだろう。サッカーひとすじの大輔とはちがい、練習をこなしながらも若者らしく、異性交遊しているらしい。となれば、女物の服だとか肌着だとか、くわしいかもしれないではないか。そこまでいかなくても、自分よりよほど可能性がある。かれの口のかたさも、これまでのつきあいで証明されている。
迷う理由はない。ちょいちょいと手まねきした。頭の上にハテナマークをつけたまま、信二が近よってきた。
「ちょい、耳をかせ」
生徒はまばらだったが、念のためだ。
かいつまんで事情を説明した。もちろんブイモンのことは言わない。かわりにでっちあげた言いわけはものすごく苦しいものだったが、それでも信二をなっとくさせることには成功する。
「……少しなら」
これが信二の返事だった。ダメもとだっただけに、かなりラッキー。大輔は心中ガッツポーズを決めた。
さて、聞いたところによると、恋人につきあって『そういう』売場に行ったことがあるらしい。男をつれてそんなとこに行くもんなのか? と問うと、
「う〜ん、ほかの子はどうだか知らないけど、恭子は気にしないみたいだぜ」
恭子というのは恋人の名前である。となりのクラスらしい。それにしても呼び捨てであった。
(こりゃ今度は本気かな)
思いながら案内してくれないか、とたのむと、これまた意外なほど、あっさりオーケーが出た。一度や二度ではないらしい。
「……で、サイズは?」
ふいに訊かれて、ぐっと詰まった。計ったわけじゃないから、わかるわけがない。かといって、当てずっぽうを言うわけにはいくまい。
「あ〜、え〜と」アハハとひきつり笑い。「忘れた。あしたまでにメモっとく」
「そう。どっちみちオレも今日は用事があったし、じゃあ明日だね」
信二に、これといって疑惑の表情はみられない。胸をなで下ろした。
しかし、すぐに苦笑いがうかぶ。どのくらい苦いかというと、正露丸くらいだ。
(…や…やっぱ…計んなきゃダメか〜…!?)
その日の夕刻、帰路につく大輔のカバンの中には、巻き尺があった。やむなく寄り道して買ったものだ。
申し出を、ブイモンは思ったとおり素直に受けたが、
「でもオレ、べつに下着なんていらないのになあ」
バンザイをしたままで、ぽそり。これまた、思ったとおりの答えだ。動かないように言いきかせて、作業をつづける。
トレーナーの上からなので正確ではないが、だいたいのところでいいだろう。さらなる正確さを求める「度胸」はなかった。
「よし、と…終わりっ」
ひゅうと息をついて、汗をふく。冷や汗ともいえるし、全身がカッカしているようでもあった。
原因は、目の前にある。さっきまで、息がかかるほどの距離にいたのだ。
ふりむくブイモンの表情に、息をのむ。
藍をわずかに織りこんだような髪の細工が、ゆれる。大きな瞳と長いまつ毛。形のよい小ぶりな鼻。口もとからは小さな八重歯がのぞいていて、以前のおもかげがあると言えなくもない。ふっくらした頬は、ふれるととてもやわらかそうで…。
「どうした?」
男言葉で聞かれて、われに返った。小首をかしげたしぐさは、もはや拷問にひとしい威力をほこっている。
「…なんでもねえ」
目をそらして取りつくろった。じっと見ていると、なにをしでかすか自信がもてない。
「…なあ、お前、これからどうする気?」
話をそらすようなかっこうで、質問を投げた。
「どうって……」
また首がかしぐ。ああ、なんにも考えてないな、こいつわ。と、ひと目でまるわかりだ。
質問をついだ。
「今はいいけど、お前いったい、どうやって帰る気なんだ? それに、そんなカッコで『むこう』に帰って、つごう悪くねえ?」
「う〜ん……わかんない」
「いつまでいられるんだ?」
「わかん…ない」
「じゃあ、ずっといる気か?」
「………」
だまってしまった。ふかく考えていないのに、つっつきすぎたらしい。だが、大輔のツッコミは終わらなかった。
「なんにもわかんないのかよ。ハッキリしろよ、けっこうつかれるんだから」
本音が出たのだが、数秒気づかなかった。目の前の表情が変わったことで、しまった、と思う。
「……オレ、やっぱり…迷惑、かけてる?」
すうっと赤をおびた瞳が、いっしゅんゆがむ。おそろしいことに、見たとたん心臓がじゃじゃ馬と化した。
肩のちからを抜いた。もうこうなったら、取りつくろっても意味がない。
「…まあ、な。お前がそのまんま来たんならいいけど、そのカッコだろ? やっぱり…なんだ、気をつかっちまって…さ。気づいてねえかもしれないけど、お前は今、女の子なんだぜ。ヒカリちゃんとおんなじ…」
ため息が聞こえた。そんな表情も、ため息もはじめて見る。
「…そっか…。やっぱり、ね」
「気づいてたのか?」
「そこまでバカじゃないよ」うすい笑みが見えた。「だまってたけど、大輔の態度、たまにすごく不自然だったもん」
そういえば、思いあたる節がありすぎる。われながら、ごまかすのがへたくそだと思った。
「あー……」
言うべきことばがなくなってしまう。頭をぽりぽりかいていると、今度はブイモン、ぷっと吹き出した。それから、満面の笑顔。
「いいよいいよ、気にすんなって。大輔のいいたいこと、ちゃんとわかったよ」
「…そ、そうか?」
頭にやっていた手が止まったのは、ことばのせいなのか、それとも目の前の笑顔のせいなのか。
やがて、手はゆっくりと下がった。
「…お前さ、昔からそうだよな」
「なにが?」
「いや、なんつーか…。昔っからさ、お前だけはなにがあっても味方してくれただろ? オレが失敗しても、フォローしてくれたし……。いま思うと、ああ、そうなんだよなって…」
かなり恥ずかしいセリフを言っていると気づいたのは、『いま思うと』まで口にしてからだったが、ブイモンの返事は、
「そりゃそうさ。だってオレは、大輔のパートナーだぜ」
拍子ぬけするほど、あっさりしている。
笑顔には誇らしささえあるのに、タテマエのカケラもみられない。
目の前の少女が自分のパートナーデジモンであると、理屈をこえたところで納得させるにじゅうぶんな表情だった。
手がのびた。きのうしたよりも少し乱暴に、藍の前髪へ指をつっこむ。あたたかい。そのまま、しばらくなでてやった。少女はくすぐったそうにしていたが、抵抗はしない。またうっすらと紅くなった瞳には、信頼だけがあった。
その瞳を見たとき、大輔の胸はじくりといたむ。
こいつは昔から変わらない。変わったのは姿だけで、中身は同じブイモンのままだ。
オレは?
自問。
自分はどうだ?
あれから、いろいろあった。たった五年だが、少年にとっての五年でもある。なにしろもう、十七なのだ。あの時のように小学生ではない。それなりの経験もつんで、少しはものを考えるようになった。かわりに、なにかが自分から抜けおちた気がする。
それはさして大事なことではないかもしれないし、ものすごく大事なことかもしれない。わかるわけがないのだが。
それにしても、この瞳。澄みきった紅。
どうしてこんなにすきとおっているのだろう? 自分を信頼しているから? パートナーだから?
だとしても、自分はほんとうに…。
「…痛いよ、大輔」
いつのまにか力を入れてしまっていたらしい。すっと指をぬいて、いつものようにかるく頭をぽん、とたたいてやった。
「…まあ気にすんな。そのうち慣れるだろ。いろよ、ここに。好きなだけ」
自然にそう言えた。にぶい痛みのかわりには、やわらかいほほえみ。もう一度、あの瞳をのぞきこむ。今度は、気持ちがやすらいだ。
さっきまでの考えがばかばかしく思えて、かすかに首をふる。視界に、突進してくるブイモンがうつった。
「って……おわああ!」
「ありがとっ、大輔!」
マウントポジション。カウントを取られながら、大輔はまたしてもたいへんな努力をしなければならなかった。
あとで、悪さをしでかしかけた右手を3回ぷったらしい。
つぎの日の学校帰り、大輔は計ったデータをたずさえ、目的の売場に行った。
信二が案内してくれたのは、最近駅前にできたデパートである。都内より敷地に余裕があるからか、建物だけは立派なのだが、お客の入りはそれほどでもない。平日とはいえ、どの階もわりにすいていた。
婦人服売場は四階。信二は勝手知ったるものだったが、大輔は場ちがいなものを感じて、終始そわそわきょろきょろ。
「あんまりキョロキョロするなよ」
と、ハッパをかけられるしまつだった。
思ったより男性が見うけられたのは救いだったが、でなければ信二にまかせたかもしれない。
購入したのは女物のノースリーブにシャツが数枚とジーンズ、それに上下の下着。もちろん全額大輔持ちだったが、支払いは信二にやってもらう。女性店員のふりまく笑顔に恐れをなしたからだったが、内心トホホと言いたい気分だった。
(オレって、なさけねぇ……)
どこかで聞いたようなフレーズを頭でリフレイン。
頭を下げて休憩所の床をながめていると、信二がやってきた。頭を上げてむかえた手に、紙袋がわたされる。このデパート制式の、茶色のクラフト紙でできた袋だった。
「つぎからは自分でやれよ」
缶ジュースの自動販売機にコインをつっこみながら、信二が苦笑する。
「…ああ、ほんと、サンキュ」
横顔に声をかけた。苦笑をはりつけたままで、親友がジュースを投げよこす。もちろん、落とすような大輔ではない。
「…マジで」
開いたプルタブから、液が放射状に飛びちるのを見つつ、言葉をつけたした。信二といっしょでなければ、これほど早く用事をすませることはできなかっただろう。たぶん、まだ売場の手前でうろうろしていたはずだ。
そういえば、誰かに感謝したことなんて、何か月ぶりだろうか?
「しかし、お前の姉さんって、意外とあるんだな、胸」
「ああ」
答えてから、ジュースを吹き出しそうになった。買い物のいいわけとして、姉のジュンをダシにしたからである。もちろんウソだ。信二はれいのデータを姉のものだと受け取っているらしい。当然だった。腕のなかの荷物は、名目上姉のものなのだから。
「…このこと、誰にも言うなよ」
なんとかごまかしてクギをさすと、信二はけげんな顔をしながらも、こくんとうなずく。お前はいいヤツだなあと肩をたたいたら、ますますけげんな顔をしたが、本当に感謝していたのだから、罰はあたるまい。
その後に信二が言ったことばが、まっすぐに心へつき立った。
「…お前、また少し変わったな」
わるい意味で言ったわけではない。
だが、このことばはしばらく後にまで、大輔の中に残ることとなる。どんな結果を生むのか、今はまだ、わからない。
その日のブイモンの喜びようといったらなかった。
モノ自体にはいまいち、ピンとこなかったようだが、大輔が自分のために買ってきてくれたという事実のほうが、大切だったらしい。袋をぎゅっとかかえて、
「オレ、がんばって着るよ!」
また、あの満面の笑顔。
セリフはなにかズレていたが、そこにはひとかけらのウソもなかった。
そのまま食事になだれこんだが、ブイモンは最中にもちらり、ちらりと紙袋を見ており、はやく着てみたくてしかたないようだ。
「…わかったわかった、じゃあ、着てみろ。教えてやっから」
それからがまた、大仕事だった。
まず順番に一種類ずつ取り出し、用途を説明するところからはじめねばいけなかったのだ。ブイモンは着かたからしてなっていなかったから、それもいちいち伝えなければならない。最後にはやむなく、手をそえてあげたのだが、大輔はずっと天井や床を見ていた。
「ねえ、なんで変なほうばかり向いてんの?」
「しゃべってないで、ちゃんとおぼえろ」
ブイモンはそれっきり、口を閉じていた。これ以上、気をつかわせてはいけないと思ったのだろう。
大輔はそんなブイモンに、心のなかでわびていた。どんな気持ちでいるのかなど、言えるわけがない。
いつまでもこんな状態ではいられないし、いずれは自然に慣れるだろう。
だが、自分とて男である。いまのブイモンの姿では、反応するなというほうが無理だ。そのうち『間違い』をおかしてしまうかもしれない。
そうなっても、ブイモンはいままで通り、笑ってくれるだろうか?
着つけには三十分もかかった。とはいえ、さいわいサイズが大きくずれることもなく、あらためて信二に感謝しつつ、長い髪をととのえてやって前にまわった大輔は、息をのんだ。
「…似合うか?」
そう言ってはにかむ『少女』には、どんな形容詞がにあうだろう?
大輔の頭脳では、いろいろな言葉が花火みたいにはじけては、消えている状態だった。あらためて声をかけられ、やっと正気に戻る。
「…ああ、すげーよく…似合う」
自分がほほを熱くしていると気づいたのは、最後まで言ってからだった。
「…へへ」
ノースリーブの肩をちょっと上げて、照れ笑いをするしぐさに、無意識のうちに手がのびる。と、開いた手のひらがコブシに変わった。そのまま大輔は、必死で激情をおさえ、ゲンコツを胸のまえにもどす。
「…マジで、ホントによく似合うよ、ブイモン」
ついて出ることばが、まるで自分の声ではないようだった。
逆効果だった。
たしかに、人なみのかっこうにはなった。だが逆に、いまのブイモンが秘めるものを、強調する結果にもなったのである。
それまで半分、獣のようだったのに、いっきに『少女』へと化けた。気のせいか、ブイモン自身までがそれに合わせ、少女になりかかっているかのようだ。
望む望まざるに関係なく。
(…でも、なんでだ? なんでこいつが、女の子の姿に……?)
大輔の頭の中で、きょう何度目かの疑問が、大うずのように回転を強めていった。
それが明かされるのは、まだ少し先のことになる。