毎年一回、あの旅の仲間たちはこの村にやってくる。
申し合わせたわけでもないのだろうが、彼らは必ず同じ日に、重なるような時刻に集う。
もちろんそれはビビが息を引き取った日で。
いつとはなしにこの村の住人たちは、そのビビの日を心待ちにするようになった。
今年もその日は巡り来て、そしてあっという間に去っていった。
夜明けと共に残された村に訪れるのは、一年で一番寂しくて虚しい日だ。ミコトはなかなかベッドの中から抜け出せずに、物憂げな瞳を天井に漂わせていた。
まったく、あの人たちときたら。
ビビの死を悼み、彼の面影を偲ぶ日だと言うのに、彼らは村人たちが用意した心づくしの酒肴を心行くまで食べつくし、にぎやかに談笑して去って行くのだ。
「しっとり」、とか「しみじみ」といった雰囲気など微塵もない。やたらお互いべたべたして、熱々ぶりを思いっきり披露するだけなのだから、こっちはたまったものではない。
特にひどいのはジタンである。とにかくずーーっと、ガーネットの傍らに付き添って、ずーーっと彼女のどこかに触れているのだ。人目もはばからず引き寄せたり頬にキスしたり、視線までほとんど彼女に吸いつけられているような始末だった。
仕事で城を離れられなかったスタイナーに代わって村を訪れていたベアトリクスが苦笑しながら、彼らは別離の危機を乗り越えたばかりなのだと教えてくれた。なんでもガーネットが不埒な輩に拉致されて、大変だったらしい。それにしたって、ちゃんと戻ってきてるんだから、他人の前でくらいもう少しわきまえてもいいはずだ。
思い出してまたミコトはむっと口をへの字に曲げた。
実はそれが寂しさの裏返しであることに、彼女はまったく気づいていない。彼女の大切な身内が一人、他の人のものになっていった感覚は、彼女にとっては未知の領分なのだ。だから、ただ腹を立てることしかできないのである。
薄い毛布を頭から被って、ミコトはベッドの中で丸くなった。が、安息は長くは続かなかった。
いきなり誰かの手がその毛布をひっぱがしたのだ。
続いて降ってくるテンションの高い声。
「ミコト!お出かけしよう!」
「はあ?」
もう一人の身内、とにかく手のかかる天然ボケ男の登場である。
「出かけるって、どこに行くつもりなのよ。――その格好で」
「え?これ、悪いかな。僕の盛装なんだけどな」
クジャの姿は言うまでもなく…以前彼が常に身につけていた露出度満点の「盛装」である。
彼はすこぶるご満悦でポーズをつけた。
「こういうのってスタイルが良くないと似合わないからさ。この世でこれがこんなに似合う男はそうそういないと思うなあ」
「いや、あんたしか似合わないと思うわ。別の意味で」
木で鼻をくくったように素っ気無くはき捨てると、ミコトは頭を掻きながらベッドを降りた。
「で、それでどこに行くつもりなのよ」
「リンドブルム」
「はあ!?何しに!?」
「キミと僕の、お婿さんとお嫁さんを探すんだ」
「はあ!?」
とにかく「はあ?」の連続である。われながら自分が馬鹿のように思えてしまって、ミコトはひたすら情けなくなってきた。
「結構です!私はまだ結婚なんてしたくありませんしする必要もする気もありませんから!」
一気にまくし立てると再び毛布を被ってベッドに横たわる。だがこういう時だけは素早いクジャは、すっと再び毛布を取り上げた。
「行くの。だってお前、昨夜すっごく物欲しそうな顔してジタンたちを見てたんだぞ」
「な!何言ってんのよ!お門違いもいいとこだわ!あたし、羨ましくなんてないわ!」
「ここに住んでるジェノムたちはまだまだ精神年齢は低いしさ、お前の相手にはならないだろう?…ああ、もっとも身体能力的には大人だから、夜のお相手にはことかかないかもしれないけどさ」
飛んできた鉄拳を、なれた動きで見事にかわし、クジャは楽しそうにニッと笑った。こういう表情はジタンそっくりである。
「あんたと一緒にしないでよ!夜のお相手なんていらないんだから!」
「うん。それは確かに。でも、ガーネット姫が羨ましいとは思っただろう?」
「う…」
それは、否定できなかった。
全幅の信頼を置いた瞳で傍らのジタンを見上げるガーネットは、いつにも増して美しかったし、そして何よりこの世の全ての幸福を集めたみたいに幸せそうだった。
歯がみしながらも、二人が寄り添う姿を見ていると、こちらまで幸せな気分になってくるのだ。もし魂が目に見えるとしたら、彼らのそれは完全に溶け合って、一つの丸を形作っているに違いなかった。それほど分かちがたい雰囲気があったのだ。
「…人のせいにしてるけど、結局あなたが恋人欲しいだけなんでしょう。それこそここにはあなたの夜のお相手をしてもいいってジェノムは一人もいないものね」
痛烈な皮肉で切って返す妹を、クジャは苦笑を浮かべて見下ろした。
「一人もいないって訳じゃないと思うけど…」
「ええ?じゃあ、もう誰かに手をつけちゃったってこと!?」
「いや、それはない!ないってば!!」
ベッドを頭上に持ち上げて自分を睨みつける妹を、青くなってクジャは制した。
「もしここにいる可愛い子たちを毒牙にかけたら、ただじゃすまないわよ」
半眼で脅すミコト。
クジャは引きつり笑いを満面に浮かべて、傀儡のようにがくがくと頷いた。
「解ってるって!」
だからここではなくどこかに探しに行こうと提案しているのである。
ジェノムたちの精神的な年齢は、この地のゆっくりとした時間に守られて、実にゆっくりとした発達を遂げている。一番進んだものでようやく10台半ばほどに達したくらいだ。まだまだ子供の集団なのである。それを父親・母親がわりになってまとめているのがミコトだった。(残念ながら自分が父親の役割を果たしているとは言い難いことを、クジャはよく自覚している)
この村にいる限り、彼らに花実の咲く日はまず訪れない。
そして時間だけは容赦なく進んでいく。
テラの空間を失い、ガイアの大地でガイアの時間の流れに身をさらして生きている以上、身体変化もガイアの民との同化を余儀なくされるのだ。過ぎた時間だけ年齢は嵩むのである。
つまり、ミコトももういい年なのだ。
クジャに至っては、既に生み出されてから30年以上経過しているのである。
尤も、そのうち半分以上はテラの空間で過ごしているわけだから、実質年齢は27、8歳程度だろうが…。それにしても、もうかなりの年齢であることに間違いはない。
「いいかいミコト、この世の中に完全なものは存在しない。かならずどこか欠けている。だから、人は完全を求めるし、完全なるものを夢想するんだ。人はいつも、自分に合う欠片を求めているんだよ。それが人の心の素直な姿なんだ。照れなくてもいいんだよ。正直に言ってごらん。ありがとう、おにいちゃん、私本当は好きな人にめぐり合いたかったの、さすがお兄ちゃんだわ、私のことよく分かってくれてるのね!…って、本当は思ってるんだろう?」
べちっ!
言い終わるや否やクジャのおでこに音高く手形が貼り付けられた。
「暴力女は嫌われるぞぉ」
涙目で喚くクジャ。
「嫌われて結構です。好かれようなんて思ってないって言ってるでしょ」
つんとそっぽを向きながら、クジャを置いて部屋を出ようとして、ミコトははっとする。
露出狂の如き凄まじい「盛装」のクジャが、背中に何かをしょってるのに気づいたのだ。
「ところでクジャ、相手を探すのになんでリンドブルムなのよ」
「ああ、あそこは人が一番多いし――それにエーコちゃんが今年は来てなかったからね」
彼が背負っているのは、ビビの残した魔導士の杖だった。
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