One love,  One heart<10>


 薄暮、というのだろうか。紺色の円天の底が薄明るく光っている。だが空には月も太陽も星すらも無く、その明るさがどこから来るのか彼女には分からなかった。
 丸く広がる空の下にあるのは、黒々と波打つ湖だけだ。
 向こう岸は仄かに明るむ水平線に隠されて見えないが、それでもここが海と言えるほど広大無辺なものには思えなかった。水平線のすぐ際に、岸が確かに感じられるのだ。
 汀は細かい砂の敷き詰められた浜で、踏みしめるたびに湿ったやわらかい地面に足をとられそうになる。
 彼女は重い足を引きずって、ここにいるはずの人影を探していた。
 だが、がらんとした空疎な風景の中で、動くものはただ黒い波だけだ。
 迷子のような不安に襲われて、ガーネットは小さく彼の名を呟いてみる。
――ハルト。
 と、彼女の口から漏れ出た言葉が、ぽうっと円い光の球になって虚空に浮かんだ。
 まるで泡沫のように淡く透き通ったその球は、風に遊ばれるように空に上り、パチンと弾けて光の粒になった。
 きらきらと煌きながら辺りに降り注ぐ光の飛沫が、湖のほとりにたたずむ一人の人影を浮かび上がらせる。今しも湖に向かって足を踏み出そうとしてる人影。
「ハルト!」
 今度の言葉は、しっかりとした声になって彼へ向かって走った。
 人影は一瞬肩をわずかに震わせ、おずおずと背後を振り返る。目に映ったものが信じられないような面持ちで、彼は目を盛んにしばたたかせた。
「天使様…?」
 ハルトの目には、彼の名を呼んだ女性がまるで天から降り立った御使いみたいに見えたのだ。長い黒髪は乱れ、転んだ跡と思われる泥汚れや擦り傷があちこちにあったけれど、その美しさは少しも損なわれていなかった。
「その湖に入っては駄目よ。こっちに帰ってこれなくなるわ。私のところに戻ってきて…。さあ、早く!」
 ガーネットが声の限りに叫びながら手を差し伸べる。
 だが彼は、赤子のようにたどたどしい動きで首を横に振った。
「駄目だよ。だって、なんだか、向こう岸から呼ばれてる気がするんだ。俺、行かなきゃ…」
「応えなくていいの!そんな声にはまだ応えなくていいの。いずれその声に応じなければならないときはやってくるわ。でもそれは今じゃない。あなたのお母さまも、マロートも、こっち側であなたの帰りを待ってるのよ!」
 ガーネットは必死だった。
 彼は寄せる波に足をさらわれそうなほど、水際ぎりぎりに立っている。
 この水は忘却の呼び水なのだと、漠然と彼女は感じ取っていた。話にしか聞いたことはない。だが、死に臨み、甦った者たちが異口同音に語るその水の存在を、彼女は今初めて実感していた。
 この水に浸かるごとに、一つ一つ記憶が剥がれ落ち、失われていく。そして湖を進むうちに、最後には何の憂いもなく向こう岸にたどり着くことができるようになるというわけだ。
 だがガーネットは、ハルトをそんな忘却の彼方に押しやる気は毛頭なかった。
 自分を助けようとしてこんなところに迷い込んでしまった少年を、何とか助けたい一心だったから。
 ガーネットはハルトまでたどり着くと、彼の腕をしっかと握った。
「天使さま…」
「帰りましょう?あなたがもしどうしてもこの湖の向こうに行きたいというのなら、私も一緒に行くわ」
 覗きこむ黒い美しい瞳が、強い意志を湛えている。ハルトはただひたすら首を振った。
「そんな…。俺はあなたにお詫びしたかったから…だからここに来てもいいって思ったんです。なのにあなたが一緒に来ちゃったら、俺どうすればいいんですか?」
 泣きそうな声。
「だから一緒に帰ればいいのよ」
 ガーネットの説得はもはや脅迫である。
「私を湖に入れたくないんだったら、一緒に帰りましょう?ねえ?あなたの弟や、お母様のところへ」
 真摯な眼差しがまっすぐに自分に注がれている。ハルトは、もうそれを拒むことはできなかった。
「…うん」
 わかった、と彼は肯き、ガーネットの手をとった。
 ガーネットはほっとした表情で、天空の一部を指差した。そこにぽっかりと光の穴が開いている。
 そこが、こちら側の世界への通路なのだ。
「さあ、帰りましょう」
 笑みを含んだ囁きを終えぬうちにガーネットの顔が強張った。
 突然、ハルトの背後で水柱が立ったのだ。辺りが真っ白になるくらいの激しい飛沫を上げながら立ち上ったのは、黒々とした煙霧だった。まるで光すら吸い込んでしまうような暗黒の煙。紺色の空に水を滴らせながらざわざわと広がるそれは、濃さを増すに連れて人の手の形をとり始めた。
 3本の手。
 正体の無い大きな手は、湖から岸へとまっしぐらに伸びてきて、ガーネットの体にまとわりついた。
「何!?」
 自分の体をぐるぐる巻きにする黒の触手に、ガーネットは悲鳴を上げる。
 黒い霧の本体の部分に、赤い光が二つ点った。それは眼のようにも、そして二つの口のようにも見えた。
「は、離せ!」
 ガーネットに張り付く霧の手を取り払おうとハルトが必死に掴みかかる。
 が、そのとたん閃光がひらめいた。同時に何かにぶち当たったように、彼の体が地面に転がる。
「猪口才ナ小僧ハ去レ!」
 黒霧から雷にも似た音声(おんじょう)が降り注ぐ。
 ハルトはすぐに起き上がり、再びガーネットを救おうと黒い霧に飛び掛った。が、いきなり起こった突風に、彼の体は天空へ巻き上げられた。そしてそのまま、光の穴に吸い込まれそうになる。
「天使さま!」
 抗おうと懸命に空を泳ぐハルトの努力もむなしく、彼の体はあっという間に見えなくなった。
 窮地にあるにも関わらず、ガーネットはほっと安堵のため息をついた。ともかくハルトを呼び戻すことができたと思ったのだ。
 だが、さしものガーネットも、すぐにそんな悠長なことは言っていられないと思い至る。
 自分の体にぐるぐると巻きつく厭わしい触手。
 締め付けられている感覚は殆ど無いのだが、なぜか体が全く動かない。
 その気持ち悪い触手は、彼女を湖の中に引きずり込もうと少しずつ移動を始めた。何とか踏みこたえようと踏ん張るのだが、柔らかい土は何の歯止めにもならなかった。
 じわじわと汀に引っ張り込まれ、彼女の踵が水に触れた。
 その瞬間、音を立てて彼女の中から男性の姿が抜け出し、それが紙のように風に飛ばされて消え失せた。金髪碧眼の端正な青年の名を、ガーネットは忘れそうになる。
――いけない!
 青年の名はジタンだ。ジタン・トライバル。彼女は懸命に頭の中で唱える。
 ジタン、ジタン、ジタン…。どんなことがあっても、例え自分の名を忘れたとしても、決して忘れたくない人の名だった。その人を思い浮かべるだけで、心の底に温かい思いが溢れてくるのだ。…が、彼女が自分に言い聞かせているうちに、足首まで水に浸かってしまった。
 シュウッと、二、三の姿が彼女の中から引き出され、また蒸散してゆく。
 白い網か雲がかかったように、次第に記憶がぼやけてゆくのが自分でもわかる。
 このままでは全て忘れさせられてしまう。
 彼女は必死になって身を捩じらせた。
 だが、触手はびくともしない。
「無駄ナ抵抗ハ止メルガイイ。オ前ハ絶対ニ逃サナイ。道連レニシテヤル」
 毒々しい赤い小さな二つの光がゆらりとゆらめき、黒煙の中に三つの人影が浮かび上がった。
 それは紛れもなく、Xと、そしてかつて彼女たちが葬り去った、二人の宮廷道化師の姿だった。その三つの影が、哄笑するごとく、ぐにゃりと形を歪ませる。
 次の瞬間、ガーネットは完全に湖に呑み込まれた。
 必死に抗った爪跡だけを岸に残して。

「ダガー!目をさませ!ダガー!!」
 ガーネットの体を抱え起こし、その頬を手のひらで何度も軽く叩く。だがどんなに叫んでも、どれだけ揺らしても、彼女は目を覚まさなかった。
 ジタンの顔色が変わる。
「何とかならないのか!?何か呼び戻す方法を知らないのか!?このまま息がない状態が続いたら、本当に死んじまう!」
 もはや悲鳴だった。
 さきほどまで、どんな窮地に追い込まれても感情を崩すことのなかったこの男が、無様なほど乱心している。
 この男にとってこの娘がどんな存在なのかは、その姿を見れば瞭然だった。
「ハルト!たった今までそこにいたんだろ?F!お前の知ってるまじないばあさんのことでもいい。ほんの少しの手がかりでもいいんだ。教えてくれ、頼む!」
 すがるような目で見つめられても、二人にも為す術はない。 
 ハルトは下唇をかんで俯き、Fは眉間に深いしわを寄せて唸るばかりだった。
 二人のその表情を見て、ジタンは悟る。手段は、一つしかないのだと。
 そして彼は、すらりとオリハルコンを鞘から抜き放ち、それを自分の胸につきたてようとした。
 が、その切っ先は寸前で空を突いた。とっさにFがジタンの手を捻りあげたのだ。
「愚かなことを!」
「俺が助けに行くしかないじゃないか。他にあいつを追いかける手立てはないんだぞ」
 泣きそうな声だった。まるで年端の行かぬ少年のような表情。
 Fはオリハルコンを奪い取り、苦し紛れの策を口にする。
「とにかく呼ぶんだ。ばあさんも呼び続けてた。アレクサンドリアの女王陛下といえば、名だたる召喚士だろう。ばあさんの力は、多分この女王様とは比べ物にならんほど微弱なものだったはずだ。しかし、ばあさんの声は届いた。そして、ばあさんに近い存在であればあるほど、強く届いた。お前にとってこの女が大切な存在なのなら、お前の声が届くかもしれない。――たとえ、何の素質もなくても」
 声もなくFを見つめ、ジタンは手から力を抜いた。例えその場しのぎだったとしても、Fの言葉はジタンに微かな希望を与えてくれた。
「やってみる」
 ぐったりとしたガーネットの体を、ジタンはしっかりと抱きしめる。そしてガーネットがハルトにしていたように、額を合わせ、彼女の名を繰り返し念じる。
 ダガー。ダガー。応えてくれ。彼女に届いてくれ。ダガー!

 どのくらい呼び続けただろう。
 突然、ふっと空間が突き抜けたように、彼の目の前に黒い湖が広がった。それから湖の中で影に纏わりつかれてもがくガーネットの姿が浮かび上がる。
「ダガー!」
 即座に立ち上がり、ジタンは彼女を援けに行こうとする。が、伸ばした手は虚しく宙を切った。そこに彼女がいるわけではなく、彼がそこにたどり着けたわけでもない。彼の頭に浮かび上がった像に過ぎないのだ。
 絶望に彩られた叫びがジタンの口から漏れる。
「ダガー!」
 彼女が永遠に自分から取り去られてしまうかもしれない恐怖。
 未来も希望も、全てが意味を失くしてしまう。
 彼女がいなければ。

 ダガー!
 誰かの声が耳に届いた。
 まとわりつく黒い手。冷たい水。
 記憶の断片が次々に剥がれ落ちてゆく。
 もう何も判らない。真っ白な光にさらわれようとした時、その声は届いた。
 その瞬間だった。
 黒々とした闇に満たされた湖に、突然光が発したのだ。
 触手に囚われたガーネットの体を中心に、その光は瞬く間に湖に広がり、水面を突き抜けて立ち上った。

 全ての記憶が抜け落ちたはずだった。だが、彼女にはその声の主がわかった。
 ジタン!
 その想いが、閃光となってその空間を走り抜けたのだ。
「ナゼダ!?ナゼ…失ワナイ!」
 どす黒い怨念の塊は苦悶の色を滲ませて呻く。光に灼かれ、黒い触手が見る間に収縮してゆく。

 空っぽになった意識の底にしっかりと刻み込まれたその人の姿が、閉じたガーネットの目に浮かぶ。
 彼はガーネットを抱きしめて、今にも泣きそうな顔をしていた。
 駆け寄って、抱きしめてあげたいとガーネットは痛切に思った。それほどおぼつかなげな表情だった。
 ジタン。そんな顔をしないで。私は、ここにいるわ。
 彼を気遣う切ない想いが、さらに強い光となって冷たい水を突き破る。
 真っ直ぐに天空へたちのぼる光の柱は、次々に禍々しい黒煙を貫いた。
 ずたずたに引きちぎられ、黒煙に点る赤い光は瞬く間に明るさを失ってゆく。
「バカナ…!オマエタチハイッタイ…!!」
 すさまじい咆哮を発しながら、それはたちまち蒸散した。

 すっと、体が楽になる。
 自分をがんじがらめに縛り付けていたものがなくなったのだ。
 ガーネットはうっすらと目を開けた。
 目の前に浮かぶ情景。
 まだ自分を抱いて哀しみにくれている青年に、彼女は手を差し伸べようと思った。
「ジタン…」
 想いを込めて、その名を声にする。
 その声が、光の泡沫となって彼女をくるみこみ――そして、弾けた。
 とてつもない光の噴水が、紺の天頂に向かってそそり立つ。
 
 刹那。

 彼女は体を取り戻した。
 意識が、もどったのだ。

 ガーネットの体を抱きしめたまま、しばらくの間ジタンは放心していた。
 その傍らでハルトは笑いながら大泣きを始め、Fは呆れたように肩をすくめて、やおら広間の壁を探り出す。やがて彼は壁を動かす仕掛けを見つけ出した。
 ひんやりとした外の空気が、広間に流れ込んでくる。
 四人は肩を並べて広間を出、ポートに向かった。

「ひでえもんだな」
「こんなもんさ」
 ポートに停泊していたはずの飛空艇はひとつも残っていなかった。
 広間で死闘が繰り広げられている間に、アンガスを…いや、Xを見限った手下たちが掠奪して行ったのだ。
 嘆じるジタンに、あっさりとFは言ってのけた。
 だが、閑散としたポートを眺める彼の横顔は、口とは裏腹にどことなく寂しげだった。
「裏にチョコボ舎がある。そこに、何頭か残っているかもしれん」
 寂寞とした思いを振り払うように彼は呟く。
 はたして、一頭だけ、チョコボが残されていた。
 かなり年老いたチョコボだった。売り物にはならないが、騎乗する分にはなんら問題はない。
「どうする」
 Fが訊く。
 誰がこのチョコボを使って山を下りるか、と訪ねているのだ。
「ハルトはすぐにアレクサンドリアに帰らなきゃいけないだろ?あんたは…どうするんだ?」
 反対に尋ね返されてFは苦笑いを浮かべた。
「俺は…ひとまず故郷にでも帰ろうかと思ってる。なに、そんなに遠くはない。ダリの村から北東に上ったところだからな。時間に制限があるわけでもなし、俺にはチョコボはいらんぞ」
 相変わらずのぶっきらぼうな言い方である。
「お、俺もいいです。歩いて帰ればいいです。マロートがもう家に帰り着いてるとおもいます」
 遠慮するハルト。
「何言ってんだ。お前が帰ってやらなきゃ、お母さんだって心配するだろ。そんなことしたら、治るものも治らなくなるぞ」
 ジタンが大人ぶってハルトを諭す。
「賛成だ。お前が使え、ハルト」
 その言葉を待っていたらしい。Fはすぐにチョコボの手綱をハルトに渡した。
「あ…でも…、俺、天使様に使って欲しいです…」
 真っ赤になりながら、ハルトはガーネットに手綱を渡そうとする。
 ガーネットはにっこり笑って、優しく申し出を断った。
「ジタンの言うとおりよ。私は大丈夫。だって、私、むかしとてもとても長い旅をしたことがあるのよ。ずっと歩いて旅したんだから。これくらいの距離、たいしたことないわ」
「あ…。すみません」
 ハルトは恐縮して頭を掻く。
「ほら、乗った乗った!」
 ジタンが明るく声を上げ、ハルトをチョコボの背に押し上げた。
「本当にすみません…」
 さっきから何度も頭を下げるハルトに、ジタンが釘をさす。
「あのな、言葉には二通りあるんだ。あんまり使いすぎると価値が下がる言葉と、どんだけ使っても構わない言葉が。<すみません><ごめんなさい>は使いすぎたら紙くず同然なんだぞ。全然すまないと思う必要はないだろ?そういう時は、<ありがとう>って言うんだよ。おぼえとけ、ハルト」
 そうしてニッと笑うジタンを、ハルトは感極まったように見下ろした。
「すみ…」と言いかけて、慌てて言い直す。
「ありがとうございます、ジタンさん、Fさん、それから…天使さま」
「ガーネット、というの。私の名は。覚えておいてね」
 別れの挨拶の代わりに、ガーネットがほっそりした手を差し出す。
 ハルトは首まで真っ赤に染めて、急いで右手を自分の服にこすり付けて拭き、おずおずとその手を握った。
「ガーネット様…きれいな名前ですね。宝石の名前なんですね。俺、忘れません。絶対、あなたたちのこと忘れません。それじゃあ」
 純朴な笑顔を残し、森の木々を揺らす爽やかな春風と共に、赤毛の少年は去っていった。
「さて、俺も行くか」
 そう宣言すると、肩にずた袋を引っ掛けて、挨拶もなしにFはポートを下り始めた。
「フランツ!」
 その広い背中に、ジタンが呼びかける。Fは凍りついたように足を止めた。
 ほんの少しの沈黙の後、ゆっくりと彼は振り返った。
「なぜ、その名で俺を呼ぶ?」
「ここで出会ったのも何かの縁だぜ。なのに挨拶もなしにさよならかよ。それは、あんまりだろ?」
 階段の下のFに向かってジタンは言った。
「答えになっとらんぞ」
 苦虫を噛み潰したようなFの顔。この数日間で、何度見たか判らない。もはや彼のトレードマークみたいなものだった。
 ジタンはちょっとはにかんだように咳払いする。「あのさ」と前置きして、彼は彼だけが知りえた真実を口にした。
「アンガスが最後に呟いたんだ。フランツ、すまん、ってさ」
 ジタンの言葉がFに与えた衝撃は計り知れなかった。彼は表情を変えなかったが、その目が微かに潤んだのをジタンは見逃さなかった。
「あんたのために、アンガスは最後の力を振り絞ったんだな」
 真顔のまま淡々と述べて、そして最後にジタンは笑った。
「じゃあな、フランツ」
 お日様のような笑顔だった。
 Fはまぶしそうに目を細め、踵を返した。背を向けてしまう寸前、彼は照れくささを隠すように、小さく手を上げ、ひらひらと振った。

 飛空艇もなく、人影もない。がらんとしたポートで、ジタンとガーネットはしばらくハルトとFの消えた森を眺めていた。
「懐かしいよな」
 傍らに寄り添う彼女の手をそっと握って、ジタンは空を仰ぐ。
「ちょっとした、旅気分だと思わねえ?六年前、思い出すよなあ。しかも今度は二人っきりだしさ」
 語尾にハートマークがついているのは間違いない。期待に満ちた弾むような口ぶりにガーネットは小さく微笑んだ。
 言葉の代わりに、そっとジタンの手を握り返す。
 二人きりの旅。
 アレクサンドリアまではほんのニ三日の旅路になる。それでも、ずっとジタンと二人だけで過ごせるかと思うと、懐かしさと共に仄かな喜びで胸が満たされるのだった。
「荷物をまとめて…俺たちも帰ろう」
 青い空に向かって、ジタンは気持ちよさそうに伸びをした。