〜おくつきに瞑る夢〜


第三章 風のゆくえ(1)


 壁面をつたう雫の音が間断なく聞こえてくる。
 冷たく重苦しい石壁に四方を囲まれた暗い牢獄には、明り採りの窓一つない。壁の一部をくりぬいて作られた穴に置かれた燭台の灯りが、この部屋の照明の全てだった。
 その細い光に浮かび上がる青年の姿。
 四肢を頑丈な鎖で壁につなぎとめられ、皮膚のあちこちが裂けて血が滲んでいる。
「頑固な男だ。さっさと吐いてしまえば楽になるものを」
 革の鞭を手にした司法長官が、額に浮かんだ汗を手袋をはめた甲で拭った。
 ひとしきり、尋問と称して罪人の体を弄った後である。
 ぐったりとした顔をあげて、ジタンは司法長官をまっすぐに見つめた。どんな拷問を受けても眉一つ動かさず、声一つたてずに耐え抜いた男の目は、未だ靭さを失ってはいなかった。
「俺は無実だ。――何度言えば分かるんだ。俺がガーネットを傷つけることなど、天地が裂けてもない」
「誰がそれを立証する」
 最初からこの押し問答の繰り返しである。だが長官は飽きることなく同じ質問を重ね続ける。これもまた一つの拷問の手口だった。
「お前は名を偽ってまで女王に近づいた。女王に取り入り、この国に恩を売って女王の配偶者の座を手にし、権力をほしいままにしようと画策した。だが、自分の所有する大陸に、この国に見合うほどの財を発見したお前は、今になって女王が邪魔になった――。誰一人としてお前が女王を殺すなどとは考えぬ。あれほど仲睦まじさを周囲に知らしめていたのだからな。つまりはそれも用意周到な計画のひとつだったわけだ。そうやって偽装工作を施した上で、まったく関係のないよう見せかけた男を使って女王を殺させれば、お前に嫌疑がかかることはない。だが、その人選が大きなミスだったな。あの男は、ベアトリクス将軍の生ぬるい尋問にすら耐え切れず、べらべらと秘密を暴露してしまったのだから。お前の半分でもあいつに気概があれば、お前はもう少し安穏としていられたろうに」
 ひゅん、と唸りを上げてしなう鞭がジタンの肌に振り下ろされる。肉が裂け、血が飛び散る。
「その男とやらも知らん。――リンドブルムの屋敷は大公に賜ったものだ。申し訳ないが殆どあの屋敷に帰ってはいない。…そんな使用人をいちいち覚えてはいないし、第一こんな大それた事を、信頼できもしない奴には頼まないだろうが」
 捕らえられてから延々と続くこの状態に、普通の人間ならとうに参っているはずだった。長官は半ば感嘆とも取れる表情を浮かべてため息をついた。
「まったくお前のしぶとさには呆れる」
 そして再び鞭を振り下ろす。
 傷が癒えるまもなく次々に切り刻まれるジタンの体は、腹も背中もずたずただった。
 それでも皮膚の浅い部分だけに狙い済ましたようにつけられた傷は、彼の命を損なうことはないのだ。ただ激痛だけを彼に運ぶのである。そして、ひどい疲労と虚脱感を植え込んでゆく。
「言っただろう、お前に関係の深いものであればすぐにばれる。だからこそ、足のつかない、顔も知らぬような男に頼んだのだ。そうだろう?正直に言え」
 あくまで長官の語調は平生と変わらない。だが、その手だけは別の生き物のように鞭を振り続ける。嬉々として。
 だがジタンは屈しなかった。
「何度言わせても同じだ。俺じゃない」 
「アレクサンドリアにとりいるためにリンドブルム大公まで巻き込んだのだから、おいそれとは別れられぬよなあ。自分の財産を守ろうとすれば、とにかくリンドブルム大公の顔に泥を塗ってでも別れるか、じゃまな女王に死んでもらうか、二者択一しかない。だがガーネット女王はお前にぞっこんだ。別れると言えば、どうなるかわかったものではない。いや、別れてくれるかどうかも分からない。…お前が最もリスクを背負わず、そして多大な利益を手に出来るのが、ガーネット女王の抹殺だった」
「勝手に決め付けるな!」
 再び鞭が風を切る。
「この私の拷問にこれだけ耐えられるのが何よりの証拠だよ。お前はたいした男だ。…これだけの胆力があれば、たいていのことは平然とやってのけるだろう」
 そして長官は口をつぐんだ。息も洩らさず、一気にジタンの体を打ち据える。
「どうだ、話す気になったか」
 ひとしきりジタンを責め抜いて、長官は肩を泳がせた。息が荒い。それほど力を込めて鞭打ったのだ。
 鎖に吊り下がった状態で、ジタンは尚、首を振った。
「俺じゃ…ねえって…言ってんだろうが!」
「では裁判までこれを味わうがいい。それまでお前の気力が持てばの話だが」
 長官はそう言って、細い針を手に取った。
「知っているか?指先の肉はことのほか敏感で柔らかい。これを突き刺す時の感触はえもいわれんぞ」
 狂気を帯びた目で彼は言い、針の先を舌でなめた。
 だがそれでもジタンは顔色一つ変えなかった。
 そのときである。
 慌てふためいて一人の兵士が駆け込んできた。
「ちょ、長官!大変なご報告が!」
「何だ。仰々しい」
 たちまち不機嫌な顔つきに戻って彼は針をテーブルに置いた。
「は…その、ここでは…」
 兵士がちらりとジタンの方を伺う。
「構わん。こいつは有罪確定の罪人だ。気にする必要もあるまい」
 長官の関心は、報告よりももっぱら指先についた血糊を落とすことに向けられているようだった。
 兵士はせわしなく目を動かし、おどおどとした調子で、口を開いた。
「たった今、収監しておりましたデドリー岬の集落長が、服毒死いたしました。処置はしたのですが、間に合わず…。集落長は最初から死ぬつもりであったようです。遺書を認めておりました」
 マウリシオはカッと目を見開いた。
「遺書だと?」
「はっ。これに」
 差し出された白い封筒をひったくるように取り上げると、すぐに中を開いた。
 読み進めるうちに、いつも青白い彼の頬に薄く血が上り始める。それは怒りよりもむしろ歓喜の発露だった。ぶるぶると震える手で遺書を握り締めると、快哉を叫ぶが如く声を張り上げたのだ。
「見ろ!ジタン・トライバル!いや、リンドブルム貴族ヴァランタン・アルカン卿よ!とうとうお前の尻尾を掴んだぞ。文字通り…そのいかがわしくも厭わしい尻尾をな!」
 そしてこれもまた彼にしては珍しく、興奮が冷めやらぬのか、うろうろと牢獄の中を歩き始めた。
「この男は良心の呵責に耐えかねていたのだ。お前の脅迫と懐柔に屈してしまったわが身を嘆じ、悔悟の念に責め立てられて、とうとう死ぬ気で事を起こした。そこでこの遺書を胸に凶行に及んだ。見ろ、ここにお前の悪行が事細かに書いてあるぞ。私の読みが甘かった。お前はアレクサンドリアを去ろうとしたのではなく、スタイナー将軍と謀って、このアレクサンドリアをのっとろうとしたのだ!」
「馬鹿を言え!どうやったらそんな事が考えられるんだ!俺はこのまま黙っててもガーネットの夫になる身だったんだぞ!なんでいちいちそんな反乱を起こさなけりゃならないんだ。おかしいだろうが!」
 弾かれたようにジタンが叫ぶ。
 とんでもない話だった。なぜそこにスタイナーまでかかわってこなければならないのだ。
「軍によるクーデターだよ。王政に反旗を翻すつもりだったんだ…混乱に乗じてアレクサンドリアを崩壊させ、他国の侵食を許す状況を作るつもりだったのだ。そうすれば国民は軍隊に頼らざるを得ない。そこで軍事政権の誕生というわけだ」
「そんな…あんた、頭がどうかしちまってる!そんな絵空事、ガキだって信じやしねえぞ!」
 鎖を引きちぎらんばかりの勢いでジタンは怒鳴った。
「それは今からはっきりするだろう。この書状にはスタイナー将軍が準備万端整えて待機していると書かれている。一刻も早く、その企みを阻止してくれるようにとな。…この男のせめてもの償いだったのだろう」
「作り事だ!」
 ジタンの必死の叫びを無視して、長官は背後の兵士に命じた。
「早速隊を向かわせろ!東翼の外れ、スタイナー邸だ!」
「はっ」 
 兵士はすぐさま踵を返した。
 その後に続いて大股で歩き去ろうとした長官が、一瞬立ち止まった。
「もはやお前もこれまでだ。首を洗って待っているがいい。裁判は明後日の夜に開く。お前のような輩は、早々に除去せねばな」
 闇に絡まるような笑い声をたてて、マウリシオ長官は廊下の向こうに姿を消した。
 低い不気味なその声だけが、彼のいなくなった後も長く尾を引いて牢獄に木霊していた。


 ガーネットは焦っていた。
 スタイナーの屋敷から武器弾薬が押収された。
 それがジタンとの共謀の証であり、明らかにジタンに不利に事が進んでいるとの報告を、先ほど宰相から受けたばかりなのだ。しかも彼の裁判は明日の夜に開かれるという。
 二十二人の特別委員は大法官が招集する建前だが、実質的には司法長官が人選をする。どちらにしても、この国の僧侶・貴族階級でジタンに好意的なものを探すほうが難しいくらいなのだ。審判の結果は火を見るよりも明らかだった。
 審判が下りてしまえば、間違いなくジタンは厳罰に処されてしまうことになる。そしてその処罰は九分九厘――死罪なのだ。絞首か火刑か…もしくは「白い水」と呼ばれる服毒か。 
 貴族ならばたいてい「白い水」を与えられる。それなりの尊厳を認めて死なせようという配慮である。だがジタンはそれよりももっとむごい刑を与えられるかもしれない…。ガーネットはぞっとして鳩尾を押さえた。
 が、そのとき。
 いきなり、彼女は弾かれたように顔を上げた。
 脳裏に閃光が走ったような気がした。
 知っている。
 思い出したのだ。
 あの男――デドリー岬の集落長を引見した時、どこかで見たことがあると思ったのは、気のせいではなかった。
 ずいぶん昔になる。まだブラネ女王治世下だった。だが彼女の様子がだんだんおかしくなり始めていたころ、家督断絶のうえ、白い水を渡された貴族がいた。
 王宮でその審判は行われた。死罪が確定した報を受けて、会議室の前に固唾をのんで佇んでいた家族の者たちはその場に泣き崩れた。
 どんな咎だったのかガーネットには知る由もない。だがたまたま彼女はその愁嘆場に行き合わせた。さすがに慮ってすぐに柱の影に身を隠しはしたものの、彼らの嘆きはガーネットの胸にも突き刺さるようだった。
 その中に一人、ガーネットより少し大きいくらいの娘がいた。今考えれば、それはその貴族の娘だったのだろう。涙にくれるその娘を一生懸命慰めていた男――当時はまだ青年だったが――それが、あの男だったのだ。
 それがジタンと一体どんな関わりがあるのか、それはガーネットには分からなかった。だが、もしかすると王家に対する憎悪がジタンをも巻き込んでしまったのかもしれない。
 ガーネットはベッドから降りた。
 傷口はまだ完全には塞がってなかったけれど、そんなことを言っている場合ではなかった。
 夜着の上から分厚いコートを羽織り、バルコニーに出る。
 思い出したこのことをブランクに伝えなければならないと思ったのだ。
 バルコニーに向かって伸びている木の枝を彼女は握った。
 もともとおしとやかな方ではない。ジタンとであった頃には塔の上から細いロープにつかまって飛び降りたほどのお転婆である。木の枝をつたって下に降りるくらい朝飯前だった。…いつもなら。
 さすがに傷が痛む。手に力が入らない。
 それでも彼女はきゅっと唇を引き結び、青白い顔で枝を握りなおした。
 自分の傷の痛みより、ジタンの受けているはずの痛みの方がずっと彼女の胸を苦しめていたのだ。
 そして彼女は力を振り絞り、バルコニーの床を蹴った。

 血の気のうせた土気色の顔で、朦朧となりながら彼女が地下劇場にたどり着いたのは、明け方近くだった。
「何考えてんのや!」
 扉を開けてその姿を認めるなり、ルビイはびっくりしてガーネットを支えた。
 もはや自力で立っていることもできないように、ぐらりとその体が傾いだからだ。
「お知らせすることが…」
 息も苦しいのだろう。今にも消え入りそうな細い声で、ガーネットが呟く。
「黙っとき」
 ルビイは彼女の体を抱えなおすと大声で奥にいるブランクを呼んだ。

 奥の控え室にある簡易ベッドまでガーネットを運んだブランクは、かなり険しい顔でそのまま彼女の枕元に突っ立つ。
「なんでこんな無茶をしたんだ。あんたにもしものことがあったら、俺たちはジタンに顔向けできないんだぞ!俺に借りを作らせる気かよ!ったく。向こう見ずにもほどがあるぞ」
 無論その怒りはガーネットとジタンの双方を案ずる故のもので。それが身に沁みて分かるガーネットは、ただ頭を下げるしかない。
「ごめんなさい。でも、重要なことを思い出したんです。なんとかしてそれを伝えたかったの」
 ガーネットにすがりつくような瞳で見つめられて、ブランクは照れくさそうにそっぽを向いた。
「何だよ、重要なことって」
 あらぬ方に目を泳がせたまま、尋ねる。
「あの男のことを思い出したんです。デドリー岬の集落長のこと…」
「思い出した?知り合いだったのか?」
「いいえ。あったのはただ一度きりですけど…」
 ガーネットは自分の記憶を全て彼らに語った。
 聞き終わるとブランクは腕組みをしたまま唸ってしまった。
「その貴族の名前は?」
「…それは…」
 申し訳なさそうにガーネットがうつむいた。
「分かるわけない…か」
 ふう、と大きなため息をついてブランクは椅子に腰を下ろす。
「せっかく思い出して、ここまできたってのに、肝心の名前がそれじゃあなあ」
 がしがしと頭を掻くブランクの背後から、不意に野太い声がした。
「アヴィス伯だな。それは」
 振り向くなり、ブランクとルビイは目を丸くした。いきなり髭もじゃの親父が隠し通路から姿を現したのだ。
「ボス!リンドブルムじゃなかったのか?」
 バクーは通路で被った埃を払いながら腹をゆすって笑う。
「俺は鼻が利くんだ。どうもアレクサンドリアからきなくせえ臭いが漂ってくると思ったら…案の定これだ。そのアヴィス伯爵がどうした。あの家が取り潰しになったのはもう4、5年前だぞ」
「バクーおじ様…そのアヴィス伯爵家は、なぜ断絶になったのですか?」
 ガーネットが半身を起こそうとする。ルビイがとっさにその肩を支えた。
「お前さん…怪我してんのか」
「ボス、詳しいことは後回しだ。お姫さんの質問に答えてくれ」
 横合いからブランクが口を挟む。バクーを巻き込みたくないというガーネットの意向は、事前にベアトリクス将軍から聞いていた。それにはブランクも賛成だった。
「アレクサンドリア王家から拝領した宝玉を紛失したからさ。…先々代の王から直々に賜った、それはそれは大きな璧だったらしいが。勲功の証として王が授けた宝珠に勝るとも劣らぬその壁をなくしたということだ。もしブラネ女王が以前の状態だったら、すくなくとも流刑程度で収められたのだろうが…生憎そのころにはもう女王は正気をなくしておった。盗まれたという当主の弁明も一切聞き入れられず、結局当主は死罪、家は断絶の憂き目にあった。当時結構話題になった有名な話だぞ」
 ん?と、やや自慢げにバクーは顎を突き出す。
「じゃあ、その一人娘が行き過ぎた刑罰を恨んで復讐を謀ったのか?」
「でも・・・、ジタンには何の関わりもないことです。なのになぜ彼を巻き込もうとするのでしょう。王家が憎いなら、私を殺しさえすればよいことでしょう?」
「あ!」
 そのときである。ルビイが突然素っ頓狂な声を上げた。
「何だよいきなり。びっくりすんだろうがよ!」
 ブランクが口を尖らせる。それもまったく目に入らない様子で、ルビイは口をぱくぱくさせてブランクを指差した。
「一体どうしたんだ。金魚じゃあるまいし」
「あれや!ブランク、あれや!」
「あれじゃ分かんねーよ」
「あの女やって!」
「女?」
「ほら、ほら、ジタンが貴族の娘とできてしもうた…」
「あ!」
 ブランクも思い当たったらしい。が、同時に彼らははっと口を押さえて、一斉にガーネットの方を向いた。
「いや、その、これはかなり過去のことで、だな」
「せや。もうずーっと昔のことやねんで」
「お気遣いなく。ジタンが女ったらしだったことはよーく存じておりますから」
 どことなく険を含んだ口ぶりである。怒りのエネルギーは一瞬だがガーネットの体に力を与えた。
「それで、そのジタンの相手だった方が、アヴィス伯爵令嬢でしたのね」
「う…」
 汗を浮かべて、応えにくそうにブランクとルビイは肯いた。
「そうや…。それも、その貴族の家が潰れる寸前やったんや。父親が刑に服して伯爵家が閉門になって以来、その娘は姿を消してしもうた」
「…だから?やっとジタンとアヴィス家が結びつきましたけれど…でも、その方はジタンを愛していたのでしょう?なのにジタンを陥れたりするでしょうか」
 素朴な疑問にブランクとルビイはまたもや頭を抱えた。
「璧の紛失と関係があるんじゃねえか」
 突然、それまで黙って話を聞いていたバクーが、口を開いた。
「ジタンとその娘が付き合っていた時期と、壁が紛失した時期はちょうど重なる」
 目からうろこが落ちたように、ブランクは手を打った。
「そうか!家を崩壊させた出来事が…ジタンのせいだった、てか!」
「それなら、殺したいほど憎むのも分かるわな」
「でも…」
 ガーネットだけはなにやら思慮するように目を伏せた。
「ジタンがそんな大切なものを盗むなんて…私には信じられません」
「どうやら話を聞いてると、そこは問題じゃねえな。ガーネット女王」
 バクーが立ち上がった。
「娘はそれがジタンの仕業だと思い込んだ。だから自分の親を殺し、家を奪い、人生を破壊した原因のジタンを憎んだ。そして…復讐を決意した。そんなところだ。で、そいつは一体どんなことをやらかしたんだ。ん?」
 もう首を突っ込まずには済みそうもないと思ったのだろう。バクーは脅迫を言外に忍ばせて、一同の顔を見渡した。
「ボスは…絶対、面には出ないでくれよな」
 観念したブランクが、渋々口を開く。

 結局バクーを加え、タンタラスはつごう3人でジタン救出のための策を練ることになったのだった。


 その夜、形ばかりの裁判が開かれた。
 ジタンに対する喚問も反対尋問もなにもなく、実に速やかに、よどみなく審議は進んだ。
 そうして審判は下されたのである。
 タンタラスが極秘で動き始めていたが、間に合うわけもなかった。
 死刑。
 それも、火刑が、ジタンに下された判決であった。