まとわりつく黒い翼を舳先で無理矢理はじき飛ばしながら、小型飛空艇は全速で突き進んだ。
最大速度で進んでも、輝ける島まで半刻ほどかかる。
「お前はこの船に残れ」
ジタンは舵を握り、真直ぐ前を向いたままそう言った。
「何を…言うの?わたしはあなたとともに闘うために行くのよ」
「ガーネットを…この船でアレクサンドリアまで運んでくれ」
彼が何を言わんとしているのか、ミコトにはすぐに分かってしまう。
「あなたが運べばいい!」
その思いを否定したくて、彼女は思わず大声になった。
怒鳴るような彼女のその声に、ジタンは振り向いて――そして笑った。
「万が一の時だ。その時は、お前しかいないんだ。だから頼んどく」
彼は再び前を向いた。ミコトの答えを待つ事もせず。そして、もう二度と、振り返らなかった。
アレクサンドリアの巨大な剣が、翼竜の黒い翼に覆い尽くされてしまっている。暁光に朱く染まる低い雲の真下に蠢く翼は、さながら血肉に群がる鴉のようだった。
城壁の各箇所から大砲を発射する音が連なって聞こえる。砲弾の飛んだ後に、打ち落とされた翼竜の後を示す道が一旦はできるものの、それはすぐに次から次に湧いて出る後続に取って代わられた。
「きりがありません!」
すでに砲弾では防ぎきれず、あちこちで直接切り結ぶ音が立ち始めていた。額から血を流しながら兵士がスタイナーの元に駆け込んでくる。
「東の塔に配置した隊は全滅です!負傷者で助け出せるものは城の中に運び込みましたが…」
「むむ…」
敵の数が多すぎる。スタイナー自身もすでに相当数の翼竜を切って捨てているが、それとてほんの一握りにすぎない。
と、宝剣の下あたりで、突如ストックブレイクの白い竜巻が巻き起こる。
見かねて応援に駆けつけたベアトリクスだ。
「ベアトリクス!ここは危険だ、中に!」
スタイナーが叫ぶ。
「このままじゃ埒があかないでしょ!エーコがマディーンを召喚するわ!」
ベアトリクスの背後から紫色の髪の少女がちょこんと顔を出す。
この期に及んでも、エーコの様子はいつもとさほど変わらない。芯から大胆不敵、豪放磊落な娘なのだ。
「エーコ殿の援護を致します!スタイナー殿、あと何発クライムハザードを放てますか!?」
「3発が限度だ」
「ではそちらをお任せいたします!」
「うむ」
「おい、もうすぐ俺のレーゼの風も限界だ。お前のその回復力ももう持たんぞ」
スタイナーと肩を並べてこの西翼を守るサラマンダーが、こちらも平生と変わらぬ風情で吐き捨てるように言う。
「自動回復できねば、一撃が命取りだ。…油断するな」
「その言葉、そっくりおぬしに返すのである」
と、その言葉が終らぬうちに、城壁に沿って急上昇してきた翼竜が、ばっと彼らの目前に踊り出た。
俊敏な動きでその口から吐き出される火炎を避けた二人は、一斉に技を仕掛ける。
「クライムハザード!」
前方の敵の数群を巻き込む凄まじい衝撃が走る。翼をもぎ取られ、あるいは体を貫かれて墜落してゆく数体の翼竜。だが技の連発は、さしも頑強なスタイナーの体力でさえ削り取っていた。放った直後、よろめいて片膝をつき、肩を泳がせる彼の上方から、今度は急降下してきた翼竜が鋭い爪をつきたてた。
どしゅっ!とぶつかる鈍い衝撃音がして、黒い翼の影から鮮血が飛び散った。スタイナーの背中がざっくりと切り裂かれている。彼のまとっていたチェインメイルでは竜の爪を防ぎきれなかったのだ。
片膝では体を支えきれずに、たまらず両膝をついて四つんばいになるスタイナー。
瞬く間に真っ赤に染まってゆくその背をめがけて、先刻の竜が再び降下してくる。
サラマンダーも似たような状態だった。肩から血を噴出しながらそれでもスタイナーの援護をしようと、渾身の力をこめライジングサンを放擲する。
西の塔の屋上で、二人の男が満身創痍の状態になってゆくのを目の当たりにし、ベアトリクスは血の気の失せた紫の唇をかむ。目には見えるが、技を放つには遠すぎる距離。ここからでは援護の仕様がない。
隣ですぐにエーコは詠唱に入る。
まずスタイナーとサラマンダーにプロテスの魔法を。そしてすかさずマディーン召喚を始めた。
魔法の連打は詠唱者の心身にかなりの負担をかける。ましてや大きくなったとはいえ、エーコはまだ十四歳の少女だ。その角を頂く白い額に、小さな汗の粒が浮かぶ。
ベアトリクスは少女の苦しげな様子に気付くが、これもまたどうしようもない。声をかければ彼女の集中を妨げることになってしまう。とにかく、彼女はまた近づいてきた黒い翼の群れを阻止するべく、その敵に向かって走り出した。
盾の形をした白い光が自分の体を包む。
「かたじけない!エーコ殿!」
叫びながらスタイナーは幅広剣で降下してきた竜の体を両断した。
その傍らでサラマンダーはチッと忌々しげに舌を鳴らす。
「ここはあんただけで十分だろう。俺はあの馬鹿のところに行ってくる」
「あの馬鹿?」
「自分の限界も考えずに強い魔法を連発するあの阿呆だ!」
言うや否や駆け出す。
止める暇もない。
際限なく湧いて出てくる竜をなぎ払うのに精一杯で、彼は言いたかった言葉を口に出すこともできなかった。
サラマンダーが心配なのはエーコなのだろうが、スタイナーにとってはその傍にいるはずのもう一人の女性の方が心配でたまらないのだ。
わしも駆けつけたいのである。
と思うと、出し抜かれたような気がして、なんだかむしゃくしゃしてきた。
「くぅおのおお!!!お前らのせいで、あやつにいいところを持っていかれたのである!成敗してくれる!!」
いつもの倍の威力はあろうかというクライムハザードが爆裂した。
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