月虹9  gekkou: written by kiki    

 エーコとトット先生たちがアレクサンドリアに到着するのと時を同じくしてミコトも城に姿を見せた。
 トレノにある屋敷から夥しい書物を運んできたトット先生は、その資料とエーコ、ミコトを図書室に詰め込んで、すぐさま古文書の解読に取り掛かった。
 ジタンの助力で、ある程度の内容はつかめていたのが幸いして、どれを読み込めばよいかの当りはついていた。テラの文字で書かれた古文書は、ミコトの手にかかれば一発で読解できる。
 昼夜、休みなく彼らは本の山に埋れて作業を続け、数日経った昼に、大方の目処をつけ終わったのだった。
 霧の最終目的はアレクサンドリアの城であり、ガーネットに違いないと踏んだ先生の助言により、その間皆はできる限りの準備を整えた。
 ベアトリクスは重臣達の取りまとめに奔走し、スタイナーは軍を動かして各要所の守りの再確認を行うとともに、武器弾薬の補填を完了させた。
 ジタンはエーコに強制連行されたサラマンダーとともに城下にくだり、装備を整えるために合成屋に武器を運び込んだ。

 昼過ぎ、先生はジタンを始め主要な面子を女王の私室に呼び集めた。
「判りましたことを、今からお話いたします」
 数冊の書物と走り書きを卓上に広げ、先生は語り始める。
「事は500年前に遡ります。500年前、霧の大陸で凄まじい力を持つ召喚獣が暴れまわりました」
 いきなり始まった昔語りにジタンが眉をひそめる。
「その話なら、ガーネットからもきいたことがある。霧の大陸三大国の創世譚だろう?」
「はい。しかし、その詳細についてはご存じないはずです。私も、マダイン・サリに残る古文書を紐解いて初めて知ったことですから。」
「そうか。それで」
「召喚獣は、もともと魂の集まるクリスタルの力が具現化したものだと言われております。ゆえに、ガイアの召喚獣は、ガイアの魂の具現化です。が、その時現れた召喚獣は、バハムートよりも大いなる力を有していたのです。それは、ガイアの魂だけではなく、テラの魂をも吸収し、その力を具現化するものだったからです」
 一旦先生が言葉を切ると、すかさずエーコが口を挟んだ。
「…召喚獣は単独では存在しないわ。それを形と為せるもの…それだけの力を持つ召喚士がいたってことなの」
「そのとおりでございます。そのものは絶大な力を有するが故に、一瞬ではありますが、テラとガイアの魂を融合させてしまったのです。その結果、考えられぬほどの絶大な破壊力を持つ召喚獣が召喚されてしまいました。その力はあまりに大きく、召喚士の制御能力を超えてしまいました。そこで民から出た三英雄がその召喚士とともに暴走する召喚獣を倒し、宝珠の中に閉じ込めたのです。それを四つに分割して、各英雄が故国に持ち帰りました。…と、まあ、これは創世譚に伝えられることと同じでございますな。すなわちそれがアレクサンダーだったのでございます。くだんの召喚士は己を恥じ、海を渡ってマダイン・サリに住み着きました。そしてそこで子をなし、一族を増やしました。…その中には、その召喚士の力を受け継ぐものもあったといいます。そしてそれは、隔世で伝わると…」
 ジタンの脳裏に、マダイン・サリと嵐にもまれる小舟が映し出される。それはあの「記憶の場所」で目にした光景だった。
「まさか、ガーネットの両親が殺されて…マダイン・サリが崩壊させられたのは…」
「はい。おそらくは直系の子孫であるガーネット様のお父上、もしくはお母上が、その御力を授かっていたのであろうと考えられます。とはいえテラとガイアを融合させられるほどの力ではなかったようですが…それは一つには、テラのクリスタルが徐々に力を得始めたからだと思われます」
 トット先生はミコトを見た。彼女はうなずいて、後を引き継ぐ。
「二つの異種のクリスタルは、本質的に融合をこばむの。ガーランドはその二つのクリスタルを無理矢理融合させようと企てたわ。そのため離反しようとする力が強く働き、地表に天変地異と災厄が満ちた。そこで彼は無理に融合を押し進めるのをやめて、自然の融合を待ったの。――それは、ジタンは知っているはずよね。そして、テラのクリスタルを強めるために、ガイアの魂からテラの魂のかけらを取り出し、テラの魂だけ正しい循環にのせた。ガイアの魂はイーファの樹を使って、霧の大陸に廃棄して。そのおかげでテラのクリスタルは少しずつ力を回復し始めたのよ。だから、ガイアの魂である召喚士には、テラのクリスタルの力を発現させることはできなくなっていた、ってわけ」
「つまり、どういうことなのであるか。その創世譚が、今度の事柄にどう関わりがあると言われるのであるか!?」
 スタイナーが我慢できずに拳を振る。
「重要なことは二つ」
 トット先生が広げていた本をパタンと閉じた。
「クリスタルは融合を拒む、ということ。そして、その二つのクリスタルを融合させる力を持つ召喚士が、かつて生まれた、ということ」
 つまり――と、エーコがさらに詳しい解説を加える。
「その力は隔世で受け継がれてた。ガーネットのご両親のどっちかが、その力の継承者だった。でも、テラのクリスタルの力が強まってて、融合することまではできなかった。ってことはね、」
「俺たちの子供か」
 ジタンが声を上げた。
「俺たちの子供に、その力があるってことか。そして、融合を拒むテラの魂が、その子供を亡き者にしようとしたってわけか」
 三人が頷く。暗然とした面持ちで。
「クリスタルは魂の集合体。魂は記憶に他ならないわ。自然な還流に乗ってさえいれば、記憶の集合体が思惟を持つとは思えない。でも、あの戦いでその還流は乱された。テラのクリスタルをつくるテラの魂に、本能的な恐怖みたいなものが生じたとしても不思議はないんじゃないかと思うの。そしてね、思い当たったのよ。クジャが、おかしくなる前、前兆があったってことを」
「前兆?」
「血のにおいに敏感になってた。そしてその原因を探そうとしていた…そして、二、三日姿を消してたの。覚えてる?ジタン。クジャは偶然生まれた異様に意志の強い個体だった。あなたは意図的に生み出された適応能力の非常に高い個体だった。そして私は、さらにガーランドの後継者たるべく、知能値の高い個体として生み出されたってこと。記憶の集積体は思惟を持った。でもまだその統制がとれなかったとしたら?彼らは、それを具現化するだけの意志を取り込もうとするのではないかしら」
「クジャが――それに取り込まれてしまったっていうのか?」
 ミコトは俯く。
「そうとしか、考えられないわ…」
 彼は、懸命に抗おうとしていたのだ。だが、その抵抗も虚しく、彼は支配されてしまったのだと、ミコトは言う。
「意志をもったということは、具現化する力を持ったということですぞ。それがすなわち霧の魔獣であり、そして、我らを襲わんとしている力なのです!」
「次の新月まで、ってクジャは言ったのよね。そのときにガイアの月はテラの月の背後に隠れるでしょ!月の光はクリスタルの輝きの反射。だから、テラの力もそのときガイアの力を一番抑えやすいのよ!」
 エーコの声が飛ぶ。
「次の新月に、魔獣が襲ってくるということであるか!?」
 驚愕に目を見開くスタイナー。
「そして、そのときまでにガーネットとその子供を亡き者にしようとするってこと!」
 最後にトット先生が、言った。全てを、閉じるように。
「次の新月は…明日ですぞ!」

 そのとき、寝室から侍医が姿を現した。
「女王陛下のご容態が…悪化しております。もはや、虫の息でございます」
 時が、凍りついた。