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なんだか最近、ますます綺麗になった。
湖のほとりの草原で、ベアトリクスの子供たち(スタイナーの子供たち…か)と戯れるガーネットに見とれて、ジタンはほうっと溜め息をついた。
雪花石膏のような美しい肌、と以前から形容されていた彼女だったが、最近はそれに薔薇色の雫を一滴落としたような、えもいわれぬ艶が加わってきたのだ。
「ふむ。なかなか睦まじい夫婦のようじゃの」
木にもたれかかって、ぼうっとしているジタンに向かってシドがうそぶく。
なんだか妙に嬉しそうである。
「言えてるな。ガーネット姫も色っぽくなったもんだ。よっぽど夜な夜な可愛がってやっとるんだろう」
と、突然降って湧いたようにバクーが姿を現す。
「なんだよ、おやっさんまで来たのかよ!」
いきなりの出現に、ジタンは現実に引き戻される。
「てめえで呼んどいて、何だその言い草は」
「呼ばれた客人なら、下品なこと言うなよな!」
ジタンが釘をさす。
「へっ、お前も王様になったらお上品になりましたってか?」
「俺はもとから上品だよ。生まれ持った気品ってのがあってだな…」
くだらない軽口を言い合っているところへ、ガーネットが子供たちの手を引いてやってきた。
「生まれ持った気品のある方、そろそろお茶にしませんこと?」
ガーネットはふっくらと笑った。
その笑顔に一同の動きが止まる。
それはもう、そこら中の人間のみならず、あたり一面の光も空気も、ぜんぶ彼女に吸い寄せられてしまいそうな程のあでやかさなのだ。
減らず口が得意なバクーですら、一瞬口をあんぐりとあけて、それから思い出したように、「まったく、信じられん美しさだな!」と洩らすくらいに。
「どうしたの、みなさん…?あの…何か私、おかしなこと言ったかしら…」
「いや、あんまり気にするな、じじいどもだからさ、お前の美しさにぽーっとなったんだよ。ほら、もうボケかけてるし」
毒舌を吐くジタンを押しのけて、シドとバクーがガーネットの両側に立った。
「女王陛下、私たちにどうかあなた様をエスコートする栄誉を授けてくださいませ」
二人一斉に手を差し出す。
ガーネットは楽しそうに笑みをこぼして「ごめんなさい」と頭を下げた。
「私のエスコートはレオンにお願いしていますの」
彼女の手を握る小さな男の子は、自分の名前を呼ばれたとたん背筋をしゃんと伸ばす。母親譲りの栗色の髪は、父親に似てさらさらだ。今年4つになったばかりの彼は、賢そうな目をきらきらさせて、小さな胸を張った。
「うん!僕が女王様のナイトになるんだよ」
差し出した手の行き場を失って、シドとバクーは顔を見合わせ苦笑する。
その手をおずおずと握ったのは、レオンの妹のマリアンヌだった。
「マリーをだっこして」
まだやっと2つになったばかりの小さな女の子は、はにかみながらせがんだ。
「かしこまりました」
大きくうなずいてバクーが彼女の抱き上げる。
「おひげー」
もじゃもじゃのおひげが嬉しいらしい。マリアンヌは小さな手でバクーのひげを撫でた。
「おひげなら、私の方が立派ですぞ、マリアンヌ殿」
シドが対抗して横合いから顔を出す。
「おひげー」
いっぱいおひげがあって、マリアンヌはいたくご満悦の様子だった。きゃっきゃと可愛い笑い声が辺りに響く。
まるでちっちゃい兵隊さんのように、足をぴんと張って頑張って歩いているレオンと、彼に手を引かれてしずしずと歩むガーネット。
微笑ましいのどかな光景の片隅で、一人手持ち無沙汰なジタンは、やってらんね〜と悪態をつきながら彼らの後をぽてぽてと歩く。
が、そののどかさは、突然の出来事によって破られた。
「ガーネット!」
不意にガーネットがよろめいたのだ。
彼女の体が地に倒れ臥す寸前、駆け寄ってきたジタンが抱きとめた。
手を握っていたレオンは、ただただびっくりして蒼白になっている。
賢いこの子供は、事態をちゃんと理解しているらしい。大きな目を更に大きく見開いて、今にも泣きそうに潤ませている。だが、ここで泣いては男が廃るとでも思ったのか、一生懸命泣き出したいのを堪えているのだ。
ジタンはその頭をやさしくポンと叩いて、
「大丈夫だ、坊主。ガーネット女王様は、ちょっとつまずいただけだから、気にすんな」
ウインクして見せた。
レオンはこくんとうなずく。
でもまだ心配そうな彼に向かって、
「この悪いお兄ちゃんがな、夜、女王様を寝かせてあげないんだ」
「そうそう、だから女王様はお疲れになってな」
「そうだぞ、レオン。悪いのはこのお兄ちゃんなんだ」
と後ろから親父二人がいたらぬ事を吹き込もうとする。
「おい!いい加減にしろよ、親父ども!!純な子供を惑わしてどーすんだよ!悪いけど、俺ちょっと、ガーネットを城に運ぶから。子供たちのこと、よろしく頼むわ」
ジタンは言って、ガーネットを抱いたまま駆け出した。
が数歩行った所でぴたりと立ち止まる。
それからやおら振り返り、
「くれぐれも、そいつらに変なこと吹き込むなよ。ちゃんと子供はまっすぐに育てないといけないんだからな!」
と念を押す。
やろうと思っていたことを見透かされて、親父二人はちょっと残念そうだった。
「それにしても」
二人が去っていった方を眺めて、親父シドは呟いた。
「ジタンがあれほど時代錯誤な男だったとは。育てた奴の顔が見てみたいわ」
「いや、あいつがああなったのは、変なブリ虫男に出会ってからだからな。俺のせいじゃねえぞ」
「ブリ…失礼な。人の古キズをえぐりおって。未だに女房の一人もつかまえられぬ男やもめが何を言う」
「言い寄る女は星の数ほどいるんだが、俺が相手にしねえだけさ。誤解すんじゃねえや」
さすがに子供にはこの会話は意味不明なようである。
それがせめてもの救いだったが――親父二人は、しばらくの間、こうして愚にもつかぬ低レベルな言い争いを繰り広げていたのだった。