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ガーネットの体調は、日によってひどく落差があった。
だが、顔色の悪い日がだんだん多くなっているし、それに、それまで好きだったものが突然食べられなくなったり、匂いをかいだだけで胸を悪くしたりするようになってきた。
ジタンは気が気ではない。
なのに今朝はベアトリクスが彼女の許に見舞いに来ていて、ジタンは部屋から追い出されてしまった。
「なんで俺だけ出なくちゃいけないんだよ」
頬を膨らませると、
「女王陛下のご命令ですから」
と、にべもなく撥ね付けられた。
なんなんだよ。
ちょっと腹立たしく思いつつ、それに勝る心配で胸が潰れそうになる。
「悪い病気じゃなかったらいいけどなあ」
二人で仲良く食事したあの日を懐かしく思いながら、ぼんやりと窓辺に佇むジタンであった。
「全く、お気づきでないのですか?あの男は!――いえ、陛下は」
いい損じたのは偶然か故意か。ベアトリクスはわざとらしく咳払いをしてごまかす。
「ええ。だって私自身も、もしかしたら、とは思っていたけれど、確信は持てなかったのですもの」
女性の体に周期的に必ず訪れる筈のものが、来なくなった。
おかしいとは薄々思っていたのだ。あの、倒れた日から。でも、ガーネットの体は周期を乱すことがよくあって、今度もそうかもしれない、とも思った。
そんな時、ガーネットが倒れた報せを受けて飛んできたベアトリクスが、彼女の様子を見、そして話を聞いて、かなりその可能性が高いことを示唆してくれたのである。
今しばらく様子を見なければ分かりませんが…とベアトリクスは言葉を濁した。
まず、間違いないかと存じます。
そして彼女は付け加えた。ジタン陛下にお伝えせねば…。
ガーネットは首を振って、笑った。
「はっきりしたら、わたくしの口から伝えようと思います。」
その、ゆったりとしたふくよかな笑みを見て、ベアトリクスは確信する。
ああ、これは絶対にそうだ。
女王陛下の匂い立つような美しさに半ば圧倒されながら彼女は思った。
陛下は身ごもっておられるのだ――。
それからさらに一月が経とうかというのに、そして明らかに女王陛下の様子はおかしいというのに、なぜあの男は気がつかないのだ!と、ベアトリクスは歯噛みする思いだった。彼女の夫ですら、「もしかして、お前…」と言う決り文句を吐いてくれたというのに。
「畏れながら陛下、侍医の診立てをご報告に参りました。間違いなく、ご懐妊とのことでございます。つきましては、ジタン陛下に」
その報せに、ガーネットは思わず目を固く閉じた。
胸の中に、突き上げてくる何かがあった。
それは、熱い…胸を焦がすような塊だった。
ほう、っと溜め息を洩らし、呼吸を整えて、ガーネットは口を開いた。
「わたくしが…伝えます。今夜」
「は。それではわたくしは、女官長殿とともに、今後の手はずを整えさせていただきます」
ベアトリクスは一礼して去った。
そう、一国の女王の懐妊に際しては、結構面倒なしきたりがあるのだ。
だがそんなことはガーネットの頭の中には全く残ってなくて。
今あるのは、複雑な感慨だけだった。
自分の中にもう一つの命がある。
それは唐突なことのようにも思えたし、そしてようやく訪れた待ち望んでいた瞬間のような気もした。
アレクサンドリアを去る日、シドとバクーはいとまの挨拶に来て、さりげなく言ってくれた。
「あの野郎にそれとなく匂わせておいてやったからな。」
「だがあいつのことだ、かなり鈍感だから気がついておるやら…怪しいものじゃがな。」
苦笑いを浮かべながらガーネットは答えた。
「でも、まだはっきりとはわかりませんもの…」
「いや、間違いない!女性を見る眼力にかけては、自慢じゃないがこのバクー、大陸一だぞ!その俺様が言うんだから、絶対にそうだ!」
「こいつの眼力はたいした事はないが、わしは過去に苦い経験があってな。女性の体の変化には敏感になったんじゃ。だから、わしが太鼓判を押そう!」
二人でまた張り合っていたが…ともかく、彼らの結論は一致していた。
そして去り際に、バクーが言ってくれたのだ。
「お姫さんよ、あいつは…ジタンは家族ってものを知らねえ。…その…血を分けた家族ってのをな。だから、あんたが…あいつに家族を作ってくれて……ありがとうよ」
恥ずかしくてたまらないように、彼女に背を向けたままそれだけ言うと、風のように彼は姿を消し去った。
その時の言葉を思い出して、ガーネットはそっと、自分の下腹に手をあてた。
そこに、いるのね?
初めまして。
あなたが来てくれて、とても嬉しいわ。
知ってる?あなたはお父様とお母様をつないでくれてるのよ。
彼女は胸の中でまだ見ぬ命に語りかける。
この世に生まれ出る前から、こんなにもあなたが愛しいわ。
テラの民と、ガイアの民。
もしかしたら、自分たちに子供は出来ないかもしれない。
そんな畏れがずっとあった。ガーネットにも、ジタンにも。
だから彼の中に「子供が出来たのでは」という発想がなかったのは、無理からぬ事といえた。むしろ彼は、敢えて、思わぬようにしていたのかもしれなかった。期待した分、落胆は大きくなると知っていたから。
でも、子供はここに、いる。
これを告げたら、彼はどんな顔をするだろう?
ガーネットは、窓硝子越しに差し込む冬の清らかな朝の日差しに目を細めた。