第2幕(1)

 

ある日突然いなくなり、ある日突然戻ってくる。これはジタン・トライバル氏のお家芸その1、である。
その突飛な行動に強制的に慣らされたタンタラスの面々は、だから、いきなりジタンが消えても、あまり驚いたりしない。もちろん、突如姿を現しても然り。

「けっこう行き当たりばったりに生きてきたけどさ」
うんうん。
アジトに集まってジタンを囲んだタンタラス一同は、いつになく神妙な面持ちのジタンに引きずられて、何だかみんな、真面目な顔つきになってしまっていた。
「先のことなんか考えたことなかったけど」
うんうん。
ジタンが言葉を切るたびに全員身を乗り出してきて、一斉に大きくうなずく。
「今度だけは、勝ち目のない勝負にしたくないんだ」
うんうん。
「わかります、ジタンさん」
「お前も大人になったじゃねーか」
「真剣になったジタンもなかなかいいずら〜」
口々に肯定した挙句、3人とも声を揃えて、
「で、何の勝負なんだ?」
やっぱり。と、うな垂れるジタンを尻目に、3人は好き勝手に推測合戦を始める。
「俺が思うに、クジャとの再対決だな。因縁の」
「んーにゃ、きっと今度の公演で主役をはりたいずら。いっつもマーカスにとられてるずら?顔は俺の方が勝ってるのに、とか思って転覆を図ってるずらよ〜」
「ジタンさん、そうだったんっスか…?」
青い顔で呆然とするマーカス。
「あのなあ…」
だあーっ!!てめえら!ゴタクを並べてねえで、次の公演の準備に取り掛かれ!!」

大きな音をたててドアを開け、バクーが吼える。
ボスの登場に、みんなしぶしぶ自分の持ち場へ散らばってゆく。
後に残ったジタンに向かってバクーはつかつかと歩み寄った。
「おめえもだ、ジタン。タンタラスに無駄飯食いは必要ねえぞ」
「判ってるさ。…判ってるけどさ、ボス…俺にはまだ、見えてこなくてさ。動けないんだよな」
椅子の背もたれに顎を乗せて、両手をわきにぶら下げる。
脱力を装っているが、いかんせん、正直者の尻尾がジタンの心中を暴露してしまう。
ぱたぱたと左右にせわしなく動く時は…
「何だ、頼み事は」
「へ?え?あの…」
虚を突かれてジタンはどぎまぎと口ごもる。
「頼みがあるんだろう。あん?」
見透かしたようにニッと笑うバクーを見上げて、ジタンはすっと表情を緩め、頭を掻いた。
「かなわねーな、ボスには…。ああ、そうだ。頼みがあるんだ」
一呼吸置いて、ジタンは視線を床に落とす。
再び上げた目は、力強い光を湛えていた。
「シド大公に、会いたいんだ」

無論、直接登城しても無碍に扱われることはない。なにしろ世界をあの戦乱の渦から救い出した立役者の一人なのだ。
ただし――。
彼も仲間たちも英雄と言っていいくらいだが、しかし彼らがその当事者であることを知るものはほんの一握りにすぎなかった。そしてまた、彼らも己の風評が高まることなぞ望んではいなかった。
加うるに、一握りの者の中の更に一握り――主に上流階級の貴族達――は、この英雄たちの台頭を、決して好ましくは思っていないのである。特に、ジタンやサラマンダーといった、素性も知れぬ者どもの台頭は。
だからジタンとしては、できるだけ人目に立たず、秘密裏にシドに会いたかった。
バクーならその段取りをつけられる。
そういう含みまで理解した上で、バクーは不敵な笑いを浮かべた。
「ふん、お前もやっと小鳥を捕まえる気になったか」
「ああ。ほんとはこんなまどろっこしい事したくないけどな」
アレクサンドリアまでちょっとひとっ走りして、尖塔の窓から忍び込み、彼女を掻っ攫えたらどんなにいいだろう。だがそれは無理な相談だった。仮にも彼女は一国の女王なのである。
本当に手に入れようと思ったら、入念な下準備はもとより、実行する頭と度胸も必要だった。だがそうやって万全を期してすら、彼女をアレクサンドリアから奪い去るのは不可能なのだ。
残された道は、ジタンが彼女のそばにいることしかない。そしてそれを、周囲に認めさせるしかないのである。
「大変だぞ」
「判ってる」
「浮気できんぞ」
「…ちょっと困るな。それは」
がはは、と豪快な笑い声をたてて、バクーはジタンの背中をぶったたいた。
「いいじゃねえか。その心意気だ!よし、手を貸してやる」
その足でバクーは城へ赴いた。
ジタンのもとに連絡が届いたのは、それから数日後の真昼のことであった。


リンドブルムの中層で、ジタンはオルベルタを待っていた。
もう一年近くが経とうとしているのに、リフトへ続くエントランスはあの頃と変わらない。
黒魔導士と召喚獣の襲撃を受けて、いささかも揺らぐことがなかったこの巨大城の堅牢さを、今更ながら実感する。あのあと一度ここを訪れているのだが、そのときはこうして辺りを見回す余裕はなかった。
そういえば、リンドブルムの街並み自体もずいぶん復興を遂げていた。もともと何でもお祭り騒ぎにしてしまう陽気な気質の民だ。立ち直りも早い。
壊滅的な打撃を受けた工業区だけはまだ時間がかかりそうだが。しかしまさに、ジタンのねらい目はそこにあった。
「お久しぶりですな、トライバル殿」
宰相オルベルタが奥から姿を現す。
彼は賓客に対する礼をもって、彼を招き入れた。
「一段と逞しくなられましたな」
リフトに乗り込みながら、オルベルタは頼もしげにジタンを見た。
あの頃見下ろしていた傍らの少年の頭は、もはや自分と並ぶ位置にまで成長している。
「そうかな」
少年の頃からジタンには、人を食ったような、物事に動じないふてぶてしさがあった。 が、以前は少年らしい躍動感に彩られていたそれは、ここ一年で急速に落ち着きへと変貌しているようにみえる。
「シド閣下も心待ちにしておいでです。折悪しく、エーコ様はご不在ですが」
エーコがシドの養女になったこと、それから今不在であることはバクーから聞いて知っていた。
エーコがいないのは、ジタンにとっては願ってもないタイミングだった。あの子に見つかったら、ジタンが生きていることがすぐにガーネットに筒抜けになってしまう。そしたら、きっと責められるに違いないのだ、なぜ帰ってきてるってすぐに教えてくれなかったの、と。
ぷっと頬をふくらませて怒るガーネットが目に浮かんで、ジタンは苦笑した。離れ離れになって一年になろうかというのに、彼女の面影は色褪せることなく生き生きと蘇る。
彼女の存在が自分にとってどんなものなのか――それを、こうしてジタンは折に触れて思い知らされるのだった。