リンドブルム狂詩曲■第2幕■(2)
王の間で、待ち構えていたシドはジタンを見て満足げに頷いた。
「おお、ジタン!大きくなったな」
「…一人前の男に対してそれは失礼なんじゃないか?いくら大公だって…。だいたい、ひさしぶりに再会したってのに、それはないだろ」
「お前こそ、わしのところに泣きつきに来たわりには、態度がでかいぞ。まあ、今に始まったことではないがな」
にっと笑って、シド大公は手を差し出した。
ジタンはその手を力強く握る。
「言っておくけど、俺は泣きつきにきたわけじゃない」
シドの目をじっと凝視めて、ジタンは言った。
「では何だ」
「お願いに来ただけです、はい」
態度急変。邪気のない笑顔をぱっと満面に浮かべて、若干照れくさそうに頭を掻きながら、ジタンはぺこりと頭を下げた。お調子野郎の面目躍如である。
シドは半ば笑い、半ば呆れながら、で?と先を促す。
「俺を、大公の侍従にしてほしいんだ」
「わしの?」
真面目な面持ちに戻って、ジタンは大きくうなずく。
「シド大公から飛空艇の造船技術と操船技術、そして君主としての務めと統治のすべを学びたい」
「学んでどうする」
何のために、とはシドも問いはしない。目的は明らかだから。
「工業区に廃棄寸前で放られている飛空艇が一隻あるだろう。あれを貰い受けたい。それと、それの改修費用を貸与して欲しいんだ」
「今度は飛空艇を改修して飛べるようにするか。そして?」
「忘れられた大陸に行く。――ザクセン法って、あるだろう?」
それはかなり古い法律だった。確固たる国家が建設され始めたばかりの頃に三国間で制定され、批准されたものだ。
いわく、「処女地(既存の住民のない未開地を指す)の所有権は、第一発見者、およびその所属する国家に帰す」というのである。
「忘れられた大陸は確かにザクセン法の適用対象だ。そしてあの法律の効力に期限は定められておらぬ。お前が所有権を主張することはできるが…」
シドにも次第にジタンの意図するところが見え始めた。その表情が、旧知の仲間の顔から国家君主の厳しい顔つきに変わる。
「俺は何も、あの大陸全土の所有権を要求するわけじゃないし、それに俺はリンドブルムの国民だ」
「お前があの大陸を手にすれば、自動的にリンドブルムの国益につながる…か」
「忘れられた大陸の権利はリンドブルムに渡す。そのごく一部を俺に所領として賜与してほしいんだ」
「つまりお前はリンドブルムの臣下としての地位を望むと?」
ジタンは無言でうなずいた。その蒼い澄んだ目が、瞬きもせず真直ぐにシドを射る。
「俺は俺の手でちゃんとその地位を手に入れたいんだ。お情けであてがわれたものではなく」
確かに、飛空艇を使っての航行には危険が伴う。しかも霧が取り払われた今、あの大陸に行こうとするものは皆無に等しい。そして、その大陸から得られる利潤を算段できる者も「霧の大陸」にはいない。
ジタンがもし首尾よく「忘れ去られた大陸」占有の跡を示せれば、彼の望みは当然の権利として彼に与えられるだろう。
「お前らしい目論見じゃな」
だが、口で言うほど実現は簡単ではない。
第一、シドから航空技術を学び取るだけで一年、二年は軽くかかるだろう。
「先はとてつもなく長いぞ」
「覚悟の上さ」
「それまで、会わぬつもりか?」
シドにそう振られて、ジタンは一瞬顔を歪め、瞼を閉じた。
会いたい。
とても、会いたい。
だが――。
「ああ。…会うと、我慢できなくなる。きっと。俺は、誰に憚ることなく、堂々と、あいつを手に入れたいんだ。協力――してほしい」
ジタンはおもむろに跪いた。
そして深々と頭を下げる。
「シド閣下。何卒、この民の願い、お聞き届け下れますよう…」
「馬鹿者。面を上げよ。そのような振る舞い、お前がやっても三流喜劇にしかならん」
シドは苦々しい口調で言い放った。
「なんだよ、人がせっかく心をこめて――」
「礼儀作法も教えねばならんな。仕様がない。わしが、どこに出しても恥ずかしくない貴族に仕立て上げてやる」
「シド…」
「その代わり、お前も忘れられた大陸の件、しかと務めを果たすのじゃぞ」
ウインクしてみせるちゃっかり者のシドに、ジタンは笑顔で応えた。
満面の、青空に輝く太陽のような笑顔で。
「なんやて!?何考えてんのん、ジタンは!」
場所は変わって劇場区のアジト。
久しぶりに故郷へ凱旋公演にきていたルビィは、マーカスからジタンの決意を聞いて、憤慨していた。
「あのお姫さんを何年待たせとくつもりなん?それにずーっと待ってくれてるとでも思ってるんやろか?」
「待ってくれるんじゃねえか、あのお姫さんならさ」
と、ブランク。
はあっ、と、これ見よがしに大きな溜め息をつくと、ルビィは手を額に当てて天を仰いだ。
「なんで男っていうのはこないにアホなんやろ」
その台詞に、居合わせた男どもはちょっとむっとする。
「俺もブランクの兄貴と同じ考えっす」
マーカスが真直ぐにルビィをみつめて真面目に発言する。
「あんたはちょっとはマシかと思うてたのに、あんたもかいな」
「聞き捨てならねえな、女なら全部自分と同じとか思うなよ」
かなり辛辣なブランクの言葉だが、ルビィは歯牙にもかけない。ふんっと鼻で笑うと、
「うちやったら待つわ。せやけど、あのお姫さんがいくら待とうと思ったって、周りが放っておくはずがないやん。17歳…もうすぐ、18歳やで?女の売り時やで?」
確かに。しかも、女王。しかも、あの美貌。しかも、性格もいい。しかも、持参金たんまり。(と、下々の身分のタンタラス団は思いこんでいる)
そりゃあ、周りの貴族は大挙して婿になりたがるだろう…。そしたら、如何に意志が強かろうと、女王たるものの責務ってやつに押し切られて、結婚してしまうこともありうる…。
「このままやったら、あのお姫さんが可哀想過ぎるわ。ジタンと一緒になるのは許せへんけど、いっぺんも再会せんうちに、ジタンが生きてるか死んでるかもわからんまんま結婚させるなんて、あんまりや。同じ女として、それだけはさせへん!」
マーカスはルビィの言葉に感動するあまり、手を胸で組んで目をウルウルさせている。
「ルビィねえさん…さすがっす。これから姉さんって呼ばせて欲しいっす」
「…で?どうすんだよ」
ブランクも、不承不承ルビィの話に乗るようだ。
「二人を会わせるしかないわ」
「だから、どうやって」
「ふっふっふ。劇や。劇場艇や。アレクサンドリアや。一ヶ月後、何がある?言うてみ」
「知るか」ふてくされるブランク。その横でうーんと腕をくんで考え込んでいたマーカスは、ぱっと顔を上げて言った。「誕生祭っすね!」
ルビィはわが意を得たりとうなずく。
「せや。一月十五日。アレクサンドリア女王陛下の誕生祭。毎年そこで」
「劇の上演がある!!」
期せずして、三人の声は重なったのだった。
※ルビィの話す関西弁はむちゃくちゃです。ぜんぜん判らないので適当に自分勝手に作って書いてます。関西圏の方、壊滅的関西弁にしてごめんなさい(^^;
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