第2幕(4)
 


シドに受け入れてもらってからというもの、ジタンはほぼ毎日城へ通い詰めである。
今日もタンタラス団の手伝いをした後城へ赴き、夜遅くへろへろになって帰ってきた。わき目も振らずベッドに直進して、そのまま倒れこむように眠る。
膨大な量の知識を短期間に詰め込もうと必死なのだ。だがその努力の甲斐あって、シドが舌を巻くほどのスピードで、ジタンは飛空艇に関する全知識を習得しつつあった。
「まいったわい」
久しぶりにバクーを城へ招き、シドは共に酒を酌み交わしていた。
「ジタンか?」
「うむ」
葡萄酒の名品2本が既に空になっている。
シドは召使に命じ、蔵から秘蔵品の蒸留酒を持ってこさせた。
「ブルメシア産の『白鷺』が手に入ったんじゃ。滅多に市場に出回らぬ貴重品じゃぞ。しかも、まだブルメシアではこれの再生産のめどは立っておらぬしな」
能書きを垂れて、シドは届けられた白い美しい陶器の瓶に入った酒を、相手のグラスに注いだ。
僅かに白味を帯びた透明な液体が、グラスの中で滑らかに揺れる。
「ほお、これはこれは」
バクーが目を細める。それほど蒸留酒とは思えぬ芳醇な香りがした。
「それで、ジタンがどうしたんだ」
グラスを傾けながらバクーが促す。
シドは再び「うむ」と唸って、口を開けた。
「あやつ、とんでもない頭脳の持ち主やもしれぬ。ワシが十数年かけて蓄積した知識を、この一月で頭の中に入れおった」
言ってシドも杯をあおる。かなり強い酒なのだが、二人とも顔色一つ変えない。
「あいつには限界ってもんがねえ」
バクーは酒臭い息と共に言葉を吐き出した。
「例えば剣を使わせてもだ。動きがすばしっこいから、その特徴を生かすために敢えて短剣を使わせてたが、長剣を使わせたって、そんじょそこらの騎士連中じゃ太刀打ちできねえくらいの腕前だ。多分、本格的に鍛えれば、もっと強くなるだろう。その道にかけても大陸一になれるだろうさ。頭も同じさ。ガキの頃からはしっこかった。ひとつだけ苦手だったのが――ココだったがな」
バクーは自分の分厚い胸の真中を親指でトントンと叩いた。
「拾ったばかりのあいつぁ、ほんとに可愛げのねえ奴でよ。笑わねえどころじゃねえ、どんなことがあったって、ピクとも顔を動かさねえんだ。まだ4つかそこらのガキがだぜ?どうしたもんかと思ったね、俺ぁ。しかも見たこともねえ尻尾まで生やしてやがるし」
「なぜ拾って育てようと思ったんじゃ」
シドの問いに対するバクーの答えは単純明快だった。
「ついてきたからさ」
「それはまた…」
「冗談でも何でもねえぜ。言葉のままの意味だ。雛鳥が生まれて初めて見た奴を親と勘違いしてくっついてまわるじゃねえか、あれと同じ感じだな。あいつには、それ以外どうしようもなかったんだろうが。とにかく、撒こうにも撒けねえんだ。すばしっこくて」
にかっと、バクーは口を曲げた。
「終いには俺の方が根負けしたってわけさ」
バクー特有の、人を食ったようなきらきらした瞳を眺めて、シドはふと思う。
ジタンに似ている。いや、ジタンが、バクーに似たのか。
「今のジタンからは想像もつかんな」
シドの感慨はすぐにバクーによって遮られた。
「あいつが変わったのは、タンタラスにブランクって奴が――こいつぁあんたも知ってるか――加わってからだ。いやもう、これが見事な犬猿の仲でなあ」
面白そうにバクーは肩をゆすった。
「ブランクは普通のガキだった。やることなすこと大人顔負けで、頭もよけりゃ運動神経も発達してる、かなり使えるガキには違いなかったが、だが普通の人間のガキだった。タイプが似てる奴に、ジタンは反発したんだろう。それが、ジタンの野郎の顔が動いた一発目だったな」
当時のジタンはバクー以外の人間を殆ど無視していた。ブランクはそれが気に入らなかった。それで、ブランクがジタンに喧嘩をしかけたのだ。そして、ブランクが勝った。そのとき初めてジタンの顔に表情が浮かんだのだ。よほど悔しかったのだろう、小さなジタンは顔をくしゃくしゃにして、一ヵ月後にもういっかい勝負してやる!と叫んだのだった。「勝負しろ」ではないところがジタンらしいと言えばジタンらしい。
「それからあいつらは事あるごとに張り合いやがって。手がつけられねえ。女を口説き落とす勝負までしやがったが、そこはまだまだ二人ともケツの青いガキんちょでな。二人とも連敗街道まっしぐらだ」
女のことは俺にはかなわねえな、と言ってバクーは豪快に笑った。
「それ以来だ。ジタンの野郎の顔に感情ってものが乗っかるようになったのは。多分、それまでだってあいつの中にはいろんな感情があったに違いねえ。だが、それをどうやったら外に出せるのか判らなかったんだろう。一回判ったら、それもまた、あいつはあっという間に自分のものにしやがったんだ」
「うむ」
シドは髭をつまんで整える。この仕草を見せるときは、彼は決まって何か思慮しているのだ。バクーはそれをよく心得ている。何が出てくるか、面白そうな顔で彼は待った。
「この調子でいけば、ジタンは半年でワシから全てを学び終えるじゃろう。残りの半年できっとあ奴は資産を増やす。ワシの目算が正しければな。そこで、だ、ワシもちょっと遊んでみたいんじゃ。あの二人の再会を、よりドラマチックに盛り上げたいと思わんか?もちろん、あの二人のためというよりワシらが楽しむためにな」
性質の悪い二人の親父は顔を見合わせて笑う。二人の瞳は、悪そう坊主が悪戯を仕掛ける時のように、楽しそうにきらきらと輝いていた。
「シドよ、そのまず第一段階は、明後日だぜ」
「ガーネットの誕生祭か」
「劇的な再会を演出してやる。その後はあいつが――ジタンがどうするか、次第だがな」
「ジタンはまだガーネットにまみえるつもりはないからのう」
「そこがまた面白いじゃねえか。何が起こるかわからねえ。だからやってみる価値があるってもんよ」
「その通りじゃ、わが友よ!」
二人とも自分には火の子が降りかかってこないものだから、好き放題言っている。これを当の本人のジタンとガーネットが聞いたら、かんかんになって怒るだろう。人を使って遊ぶな!と。そして厄介なことに、そうやって怒る子供たちの顔を見ることが、この二人の楽しみでもあるのだった。
その「運命の明後日」は、明後日に迫っていた。…当たり前か。