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1人、2人、3人…。
さっきの売人の少年と他に2人の少年が、勇次と薫の前に立った。
「もう1度聞くけどさぁ、オジサンたち、なんで俺の後つけてたの?」
売人の少年がナイフをちらつかせながら質問する。
それに無言で見詰め返す勇次。ちらっと薫の方を見ると、薫が微かに首を横に振る。
正体がバレていないという意味だ。
どうやら身体検査はされていないらしい。尻のポケットに警察手帳の感触があることを意識する。
「黙ってないでなんか答えてよ、オジサン。こっちのオバサンでもいいけどさ。」
「オバッ!オバサン?!」
「…キミたちがさばいているクスリ、一体どこの許可をとってやってるのか、聞きたくってね。」
薫の抗議の声を無視して、勇次が静かに答える。
少年たちの顔から一瞬にやにやした笑いが消える。が、あまり動揺はしていない。予想はしていたようだ。
相変わらず飄々とした態度でいる。
「オジサンたちに許可とらないといけないのかなあ?」
「オレたちの許可はいらないさ。こっちも、会社の上の方から言われて動いてるワケなんだよね。な、薫?」
「そうそう。やいのやいの、うるさいのよぉ。」
「ふーん、…」
「キミたちにバックがいるんなら、その人、紹介して欲しいんだけどな。」
「バック?そんなのいる訳ないじゃん(笑)。」
少年たちは勇次の質問におかしそうに笑い出す。
その少年たちのリアクションに勇次と薫は顔を見合わせる。
バックがいない?そんなことがあるのだろうか?
少年たちは少年たちで、勇次と薫のことをヤクザの下っ端、ヤクザに頼まれて動いてるせいぜいチンピラ程度だと値踏みをしたようだ。態度に余裕が出てきている。
「いないって、アンタたち、どっからクスリを仕入れてるのよ。」
「拾ったんだよ(笑)。」
「拾った?」
「そう、拾ったの。鞄の中を見たらさ、白い粉がいっぱいつまっててさ。」
「こいつがちょっと薬関係には強くってさ、調べたら麻薬だってわかって…」
「面白いからちょっと売ってみようかってことになったんだよなぁ。」
少年達は楽しそうに話しだした。
面白いから?その言葉に薫はムカッときた。少年たちに怒鳴りかかろうとするのを勇次が制する。
「そっか。バックがいないのか。じゃあ、そういう風に会社には報告しておくよ。
という訳でオレらは帰らしてもらうわ。」
足は縛られていないので、手を後ろに縛られたままだが、勇次は立ち上がって出て行こうとする。
薫は慌ててそれについて行こうとする。
そんな2人の前に少年が立ちはだかる。
「どいてくれないかな。」
「だめだよぉ。ここまで話しちゃったんだから、あなた達にはここにいてもらうよ。」
「オレたちも会社に報告に行かないと怒られちゃうんだよ、ね!」
最後のひと言と同時に勇次は前に立っていた少年の腹に勢いをつけて蹴りを入れた。
他の少年たちが2人を押さえにかかる。
殴りかかってくる少年を勇次は姿勢を低くしてかわし、かわした勢いを利用して蹴りを入れて反撃する。
不自由な格好で、少年のパンチを受けながらも、勇次は闘った。
薫を取り押さえようとする少年に体当たりをする。
「薫、逃げるんだ!」
「で、でも…」
「いいから行け!!」
勇次は薫を逃がそうと、薫と少年たちの間に立ちはだかる。
薫はあせってバランスを崩して転びそうになりながらも部屋の外へと逃げ出していく。
勇次は、ナイフを突き出してくる少年をよける。
さすがにひとりで3人を相手にしているからか、息がきれ、肩が激しく上下している。
さっき受けたパンチで口の端には血がにじんでいる。
それでも1人を蹴り倒しうずくまらせ、形勢は有利かに思えた。が、その時。
扉のところに薫が姿を現した。
「薫!?何やってんだよぉ。」
「ごめん、大下さん…。」
申し訳なさそうな薫の後ろに少年が1人立っていた。どうやら薫の背にナイフを押し付けているらしい。
もう1人仲間がいたのだ。
勇次は降参という感じで闘いの姿勢を解いた。
そんな勇次に、仲間が増え強気になった少年たちが先ほどまでの仕返しとばかりに、殴りかかる。
「ぐぉっ…」
腹に一発決まり、勇次は床に倒れこむ。そこへ容赦なく少年達は蹴りを入れる。
手を縛られている為に頭を防御することが出来ない勇次は、それでもできる限り体を曲げて耐えていた。
薫はそんな勇次の姿をつらそうな表情で見ているしかなかった。
そしてその薫の後ろにいる少年は、やられている勇次を見ておかしそうに笑っていた。
港署・捜査課。
出勤時間を大幅に過ぎても姿を現さない勇次に対して近藤課長のイライラは頂点に達していた。
「おい、鷹山!大下はどうしたんだ!?」
「知りませんよー。俺は勇次のお守りじゃないんですから。」
「町田!大下の家に電話してみろ!!」
「さっき架けましたけど、誰もでません。」
「携帯は?!」
「携帯も架けましたけど、『現在電波の届かない所にいるか電源が切れています』って言われちゃいました。」
「まったく、大下のやつは…」
勇次の遅刻はいくら注意しても治らない。近藤課長はほとほと困ったように呟いて頭をかかえた。
そんな近藤課長の姿を見て鷹山は思い出した。勇次は昨夜、薫と一緒にいたのだ。
少年課の松村課長と鈴江が話している所に静かに近づき、聞いてみた。
「今日、薫は?」
「薫くん?非番よ。」
「非番かぁ…。それじゃぁ、昨夜浴びるほど飲んでるな…。」
「なんのこと?」
「いや、勇次のやつ、まだ来てないんですけど、昨夜は薫と一緒に飲んでるはずなんですよ。」
「ありゃりゃ。そりゃぁ大下さん、潰れてますよ、絶対。」
すべて納得がいったといった顔で鈴江が大きく頷く。
「そうね、ここの所事件でストレス溜まってたから、薫くん。大下くんと一緒なら安心して目一杯飲んでるかもね。」
「ちょっと薫ちゃんちに電話してみましょうか?」
鈴江はそういうと薫の家に電話を架けた。が、こちらも誰も出ない。
鈴江が首をすくめて応答がないことを伝えると鷹山は近藤課長のようにやれやれといった表情になった。
「居ないか。まったく、しょうがねぇな…。一体どこで飲んでるんだ、あいつら。」
「案外酔った勢いで2人でホテルかなんかに行っちゃってたりして(笑)。」
「それはないだろ?(苦笑)」
鈴江の冗談に鷹山は苦笑した。
が、鈴江が冗談で言ったセリフに、それまで背中でやりとりを聞いていた瞳が振り向き、キッと鈴江を睨んだ。
ただ1人。松村課長は少し心配げな表情を浮かべて呟いた。
「本当に酔いつぶれてるだけならいいけど…」
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