あぶパロ2『意地』

[前のページに戻る]  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10](2001.8.13)

[1]

横浜港署。夜。

捜査課。

「それじゃぁ、ワシは帰ろうかと思うんだが…」

近藤課長が帰り支度をしながら吉井に声をかける。

「はい。」
「特になにも無いな?」
「今のところは。大下と町田は外に出てますが、今日はこのまま上がるとさっき連絡がありましたし。」
「今日の夜勤は誰だったかな?」
「俺です。」

書類を作っていた鷹山が顔をあげずに手をあげてこたえる。

「お、そうか。ちょうどいいな。たまった書類、ちゃんと仕上げとけよ。」
「…はい。」

鷹山の前には未処理の調書やなんかが山積になっている。
延ばし延ばしにしてきたものを、とうとう今日、第一にそれを片付けるようにとの課長命令が下ったのだ。

「ふぉふぉふぉ、鷹山が署にいると平和でいいなあ。じゃ、お先に。」

楽しそうに笑いながら近藤課長は帰っていった。

「お疲れ様でした。」
「お疲れ様で〜す。(このタヌキ!!)」


少年課。

松村課長が電話をしている。

「…そう、じゃあ今日の所は何も収穫なしって、訳ね。」

電話の相手は鈴江らしい。

「それじゃあ今日はもうあがっていいわ。…ん、明日報告書よろしく。
 あ、薫くんにゆっくり休むように伝えて……はい、お疲れさん。」

捜査課と少年課の間にあるコーヒーメーカーの所にコーヒーを注ぎに行った鷹山は、
受話器を置いた松村課長に話し掛けた。

「例のクスリの件ですか?」
「そうなの。未成年者の間に最近急に出回ってる例のやつ。販売ルートが未だにハッキリしないのよねぇ…。
 鈴江くんと薫くんには今日は一日、外で聞き込みしてもらったの。」
「薫、どこか具合悪いんですか?」
「あら、やだ(笑)。違うわよ、非番なの、明日。」
「だから『ゆっくり休むように』なんですね(笑)。でも、薫のヤツがゆっくり休むとは思えないな(苦笑)。」
「やっぱりそう思う?(苦笑)」


「くしゅん!あー、やだ誰かこの美しい薫ちゃんの噂でもしてるのかしら?」

街角で大きなくしゃみをした薫がつぶやいた。

「風邪でも引いたんじゃないの?」
「そんな明日せっかくの非番だっていうのに、そんなこと言わないでくださいよ、鈴江さん!」
「ゆうべ、腹でも出して寝てたんじゃないの〜?」
「そんなことしてません!…いいですよねぇ〜、鈴江さんは風邪引く心配が無くって!」
「うん。…って、どういう意味だよぉ、それっ!!」
「別に(笑)。それじゃ、報告書お願いします。お疲れ様でした!」

まだ文句を言いたそうな鈴江を残して、薫はその場を離れた。


「あ〜あ、このまま家に帰ってもなぁ…」

1人で街をぶらつく薫の頭は今の事件のことでいっぱいだった。

最近若者の間で”マジック”と呼ばれるドラッグが急速に出回り始めた。
それはクラブに出入りする若者から普通の街中の高校生にまで広まっている。
3日前に補導した家出少女も所持していた。彼女はまだ中学2年生だった。
”マジック”自体の効果はせいぜいちょっと気分が高揚しハイな気持ちになることぐらいだ。
ただ恐ろしいのは”マジック”には”マジック2”と呼ばれるドラッグが存在していることだ。
”2”の方は麻薬としての効果も高く、幻覚症状も引き起こす。大量に摂取すれば命にもかかわる。
普通の”マジック”に慣れてしまうと、”2”の方に手をだしてしまう例が多い。
売っている側もそれが恐らく狙いなのだろう。安いエサでおびきよせておいて高い料理を売りつける。

薫にはこの手口が気に入らなかった。ターゲットが少年少女たちなのがもっと気にくわない。

(よーし、もうちょっと1人で聞き込みしてみるかぁ!)

そうは決めたもののクラブが盛り上がる時間にはまだちょっと早い。
さてどうしたものかと考える薫の前方から見知った顔がやってきた。
その顔が薫を見て「しまった!」という表情をして逃げ出そうとするより早く、薫が満面の笑みで声をかけた。

「大下さ〜ん!」

[このページのTOPに戻る]

[2]

勇次は、とある強盗事件の下取りの為にトオルと質屋に行き、今日の仕事はそれで終わりとなった。
トオルに今日はこれであがると強引に連絡を入れさせ、夕飯をとった。

「いいんですか、大下先輩。やっぱり1回署に戻った方が…」
「署に戻ったって、報告書書くだけだろ?そんなの明日やりゃぁいいんだよ。」
「…どうせ俺に書かせるくせに…」
「ン?何か言ったか?…そんなに戻りたいんなら、トオルくん、1人で戻っていいんだぞ。」
「あ、いえいえ!はい、もう、大下先輩のすることに間違いはありません!僕、一生ついていきます!!」
「調子のいいやつ…(苦笑)。」

食事の後、勇次はトオルを連れて飲みに行くつもりだったが、
トオルはせっかく早くあがれたのだから彼女とデートすると言って、そうそうに帰ってしまった。
(本音は、勇次と一緒に飲みに行っても奢るハメになるだけだから逃げ出したのかもしれない…)

(なんだよ、トオルのやつぅ〜、せっかくめずらしくオレがおごってやろうと思ったのになぁ〜…なんちゃって(苦笑))

トオルには逃げられたものの、このまま家に帰るのもなんなので、
一人で飲む店を探し歩いている時に、勇次は前から薫が1人で歩いてくるのにぶつかった。

(うわっ!飲みたいけど、薫に付き合うと大変なことになるからなぁ……)

薫が気付くより早く逃げ出そうとするよりも早く、薫が声をかけてきた。

「大下さ〜ん!」

魔女の呪文のようにその声を聞いた勇次はその場から逃げられなくなってしまった。
薫はニコニコと笑いながら勇次に近づいてくる。

「大下さん、こんなところで何やってるの?」
「仕事だよ、し・ご・と!」
「(じーっと勇次の顔を見詰めた後で)嘘!だって大下さん嘘つくと鼻の穴が広がるんだもん!」

勇次は慌てて両手で鼻を隠す。
するとそれを見た薫がにんまーり笑う。

「あ、やっぱり嘘だったんだぁ(笑)。ふっふ、やったね。大下さん、どうせ暇なんでしょ。ちょっと付き合って。」
「おい、その”どうせ”って、どういうことだよぉ!”どうせ”ってさぁ!!」

騒ぐ勇次を軽くあしらいながら薫は強引に勇次の腕をつかんで引っ張っていった。


クラブDの店内。
音楽と照明が騒がしい中、大勢の若者がリズムに身を委ねている。

フロアを見下ろす隅の座席に勇次と薫がいる。

あの後、頃合の良い時間になるまで2人はカジュアルな雰囲気のバーで時間を潰していた。
そこで薫から今日の主旨を聞いた勇次は、薫に協力することにしたのだ。
いつもはおちゃらけているが、こと、少年少女のことになると熱くなる薫に、勇次は一目置いていた。

「…しっかし、お前といい、お前んトコの課長といい、真面目だよなぁ、職務に。」
「あったりまえじゃない。私はね、若者をくいものにする犯罪が一番許せないの。」
「でもそれだって、自分から罪を犯すケースが多いだろ?」
「まあね。後々自分でちゃんと責任とれるんならいいのよ。ま、よくもないけどさ(苦笑)。
 責任のとり方も、ううん、責任って言葉の意味も知らないような子を巻き込むのが許せないのよ。」
「そりゃあ難しいな。今は大人だってちゃんと責任とれるやつなんて、そうそういないぜ。」

そんなこんなの話をし、(薫の奢りで!)グラスを重ねた後に、2人はクラブ回りを始めた。
Dは3軒目の店だった。

「ちょっと大下さん、ピッチ早いじゃないの?!人の奢りだと思ってさ。」
「そんなことないさ。フツーよ、フツー。」
「そんなんでいざって時に役にたたないなんて言ったら、冗談じゃないわよ。」
「大丈夫。OKよ。まっかせなさい!」

そんな時、勇次の携帯が鳴った。かけてきたのは鷹山だった。

「ん〜、勇次クン。人が夜勤で苦しんでるって時に楽しそうな所にいるみたいじゃない?」
「別にぃ。それに苦しんでるのは自分のせいだろ。で、何か用か?」
「いやどうせ暇で、トオルと飲んだくれてるんだろうから、
 真面目に働いているボクに夜食ぐらい差し入れてくれないかなぁと思ってさ…」
「まったくどいつもこいつも人のこと暇だ暇だって、バカにしやがってぇ…。
 残念でした。隣にいるのはトオルじゃなくて薫だ。」
「なんでまた、薫と?」
「いや、薫のやつがさ…」

と、そこで薫が勇次の電話を奪いとった。

「あ、タカさん?夜勤ごくろうさま。いやぁ〜ね〜、デートの邪魔しないで頂戴。じゃね、バイバ〜イ。」
「え?あ?おい、…」

一方的に喋り、薫は携帯を切ってしまった。

「おい、薫ぅ?!なんだよ、急にぃ?」
「だって、今、大下さん、まんま喋ろうとしたでしょ?
 なんかこんな時間外に働いてるの、タカさんに知られるの急に恥ずかしくなっちゃったんだもん…」
「おかしなヤツ(笑)。ま、いいけどさ。…しっかし、今頃タカのやつ、びっくりしてるだろうな(苦笑)。」
「あはは。きっと、受話器片手に持ったまま、受話器に向かって『なんなんだ一体?!』とか言ってるよ(笑)。」

薫が手振りを加えて鷹山の真似をする姿が微妙に似ていて、勇次は可笑しくなって笑った。

「…よーし、またかかってくると面倒だから、電源切っとくか(笑)。」

笑いながら携帯電話の電源を切り、内ポケットにしまう勇次の表情が一変した。

「おい、薫…」

勇次が目線で指し示す方向を薫もそれとなく見る。

化粧室への出入口付近。
17,8ぐらいの少年と、それより少し上ぐらいの少年がいる。
2人はそこで二言三言会話を交わすと、お札と何か小さな袋を交換し、その場を去っていった。

勇次と薫は静かに席をたち、2人の後を追った。

[このページのTOPに戻る]

[3]

クスリを売り買いした少年たちの姿をそれとなく追う勇次と薫。
買った少年の方は友人らしきグループに合流し、何事もなかったかのように踊っている。
売った少年の方はゆったりとした足取りで店から出て行こうとしている。

「薫、あっち押さえられるか?」

勇次は買った少年の方を顎で指す。

「オッケー。」

薫の返事を聞くと、勇次は売った少年の跡を追った。

店から出て歩いていく少年のあとをさりげなくつける勇次。
いくつか路地を曲がった所で少年の姿が消えた。
しまった!と思い、慌てて駆け出す。
慌てたせいか、今夜飲んだアルコールが思いのほか体にきているのか、
十字路で立ち止まり辺りを見回した時、いつもになく息が切れた。

「やべ。今日飲みすぎたかな…」

その時、横っ腹に手をあててハァハァと息をしている勇次の背後から声がした。

「おじさん、俺になにか用?」

追っていた少年がからかうような口調で喋りながら、路地の影から姿をあらわした。

「ああ。キミに聞きたいことがあってね。」
「なんだろう。オヤジに跡をつけられるようなこと、してないけどな(笑)」
「そうかな?」

そう言うと勇次は、さっき息が切れていたのが嘘のような素早さで少年の背後に回り、
腕をねじりあげて体を押さえ込んだ。

「イテェ!」
「痛くしてるんだから、痛いのは当たり前だ。…人を巻こうなんてナメタ真似すからいけないのよ。」

そこへ薫がもう1人の少年を連れてやってきた。
薫の方は、うまい具合に少年1人を呼んでクスリの件を問いただすと、
初めてだったのか非常にうろたえておとなしく薫についてきたので、苦労せずに連れ出すことができていた。

「よ!そっちも上手くいったみたいだな。」
「ちょっとこんな遠くにいないでよ。お店出てから探しちゃったじゃないのー。」
「悪ぃ。コイツがふざけて遊んでくれちゃったもんだからさ。」

逃げようとする少年の体を押さえながら勇次は薫に話し掛けた。

「それじゃあ、会社の方に戻るとするか?」

そう薫に言った瞬間、勇次は後頭部に強い衝撃を受け、体の力がいっぺんに抜けた。

「大下さん!!」

薫の声をどこか遠くで聞きながら、勇次はゆっくりと意識を失いその場に倒れこんだ。



勇次が目を覚ますと、そこは倉庫のような場所だった。
次第に意識がはっきりしてくると、自分が後ろ手に縛られ床に寝ていることがわかった。

「…イテっ。」
「大下さん、大丈夫?」

小声で薫が囁いた。彼女もまた勇次の隣で縛られた状態でいた。

「薫…なにがどうなってるんだ…?」
「あの売人の子に仲間がいたのよ。大下さん、後ろから殴られて。それで私たち、彼らに捕まっちゃったの。」
「…もう1人の彼は?」
「ものすごい勢いで逃げ出したわよ。あいつらも『行け!』って言って彼を追い返しちゃったし。
 私は殴られなかったけど、ナイフ突きつけられて一緒に車に乗せられて連れてこられちゃったの。」
「ここがどこかわかるか?」
「車に乗せられた時に目隠しされちゃったからハッキリとはわからないの。
 けど、あそこからそんなに遠くない場所よ。時間かからなかったもん。」
「そうか…」

しばらく沈黙の間が空いてから、薫がグチを言い始めた。

「それにしても大下さんもドジよねぇ。あんな所で殴られるなんてさ。」
「昨夜は飲みすぎちゃって、調子がイマイチだったんだよ!」
「人の奢りだとおもってカッパカッパ飲むからよ!
 あ〜あ、こんなことなら大下さんに手伝ってもらうんじゃなかったぁ。」
「なんだよ、それ!オレはお前に頼まれたから、疲れている所を無理して手伝ってやったんじゃないかっ!」
「誰も無理にとは頼んでませんー。今日はねー、私は休みだったのよ。それなのになんでこんな所にィ…」
「あぁ、そういうこと言う訳?え!?お前ねぇ、…」

「仲間割れですか?(笑)」

勇次と薫の口ゲンカを遮る声がした。
倉庫の入口の方から少年が数人入ってきた。

[このページのTOPに戻る]

[4]

1人、2人、3人…。
さっきの売人の少年と他に2人の少年が、勇次と薫の前に立った。

「もう1度聞くけどさぁ、オジサンたち、なんで俺の後つけてたの?」

売人の少年がナイフをちらつかせながら質問する。
それに無言で見詰め返す勇次。ちらっと薫の方を見ると、薫が微かに首を横に振る。
正体がバレていないという意味だ。
どうやら身体検査はされていないらしい。尻のポケットに警察手帳の感触があることを意識する。

「黙ってないでなんか答えてよ、オジサン。こっちのオバサンでもいいけどさ。」
「オバッ!オバサン?!」
「…キミたちがさばいているクスリ、一体どこの許可をとってやってるのか、聞きたくってね。」

薫の抗議の声を無視して、勇次が静かに答える。
少年たちの顔から一瞬にやにやした笑いが消える。が、あまり動揺はしていない。予想はしていたようだ。
相変わらず飄々とした態度でいる。

「オジサンたちに許可とらないといけないのかなあ?」
「オレたちの許可はいらないさ。こっちも、会社の上の方から言われて動いてるワケなんだよね。な、薫?」
「そうそう。やいのやいの、うるさいのよぉ。」
「ふーん、…」
「キミたちにバックがいるんなら、その人、紹介して欲しいんだけどな。」
「バック?そんなのいる訳ないじゃん(笑)。」

少年たちは勇次の質問におかしそうに笑い出す。
その少年たちのリアクションに勇次と薫は顔を見合わせる。
バックがいない?そんなことがあるのだろうか?

少年たちは少年たちで、勇次と薫のことをヤクザの下っ端、ヤクザに頼まれて動いてるせいぜいチンピラ程度だと値踏みをしたようだ。態度に余裕が出てきている。

「いないって、アンタたち、どっからクスリを仕入れてるのよ。」
「拾ったんだよ(笑)。」
「拾った?」
「そう、拾ったの。鞄の中を見たらさ、白い粉がいっぱいつまっててさ。」
「こいつがちょっと薬関係には強くってさ、調べたら麻薬だってわかって…」
「面白いからちょっと売ってみようかってことになったんだよなぁ。」

少年達は楽しそうに話しだした。
面白いから?その言葉に薫はムカッときた。少年たちに怒鳴りかかろうとするのを勇次が制する。

「そっか。バックがいないのか。じゃあ、そういう風に会社には報告しておくよ。
 という訳でオレらは帰らしてもらうわ。」

足は縛られていないので、手を後ろに縛られたままだが、勇次は立ち上がって出て行こうとする。
薫は慌ててそれについて行こうとする。
そんな2人の前に少年が立ちはだかる。

「どいてくれないかな。」
「だめだよぉ。ここまで話しちゃったんだから、あなた達にはここにいてもらうよ。」
「オレたちも会社に報告に行かないと怒られちゃうんだよ、ね!」

最後のひと言と同時に勇次は前に立っていた少年の腹に勢いをつけて蹴りを入れた。
他の少年たちが2人を押さえにかかる。
殴りかかってくる少年を勇次は姿勢を低くしてかわし、かわした勢いを利用して蹴りを入れて反撃する。
不自由な格好で、少年のパンチを受けながらも、勇次は闘った。
薫を取り押さえようとする少年に体当たりをする。

「薫、逃げるんだ!」
「で、でも…」
「いいから行け!!」

勇次は薫を逃がそうと、薫と少年たちの間に立ちはだかる。
薫はあせってバランスを崩して転びそうになりながらも部屋の外へと逃げ出していく。

勇次は、ナイフを突き出してくる少年をよける。
さすがにひとりで3人を相手にしているからか、息がきれ、肩が激しく上下している。
さっき受けたパンチで口の端には血がにじんでいる。
それでも1人を蹴り倒しうずくまらせ、形勢は有利かに思えた。が、その時。

扉のところに薫が姿を現した。

「薫!?何やってんだよぉ。」
「ごめん、大下さん…。」

申し訳なさそうな薫の後ろに少年が1人立っていた。どうやら薫の背にナイフを押し付けているらしい。
もう1人仲間がいたのだ。
勇次は降参という感じで闘いの姿勢を解いた。
そんな勇次に、仲間が増え強気になった少年たちが先ほどまでの仕返しとばかりに、殴りかかる。

「ぐぉっ…」

腹に一発決まり、勇次は床に倒れこむ。そこへ容赦なく少年達は蹴りを入れる。
手を縛られている為に頭を防御することが出来ない勇次は、それでもできる限り体を曲げて耐えていた。

薫はそんな勇次の姿をつらそうな表情で見ているしかなかった。
そしてその薫の後ろにいる少年は、やられている勇次を見ておかしそうに笑っていた。



港署・捜査課。

出勤時間を大幅に過ぎても姿を現さない勇次に対して近藤課長のイライラは頂点に達していた。

「おい、鷹山!大下はどうしたんだ!?」
「知りませんよー。俺は勇次のお守りじゃないんですから。」
「町田!大下の家に電話してみろ!!」
「さっき架けましたけど、誰もでません。」
「携帯は?!」
「携帯も架けましたけど、『現在電波の届かない所にいるか電源が切れています』って言われちゃいました。」
「まったく、大下のやつは…」

勇次の遅刻はいくら注意しても治らない。近藤課長はほとほと困ったように呟いて頭をかかえた。
そんな近藤課長の姿を見て鷹山は思い出した。勇次は昨夜、薫と一緒にいたのだ。
少年課の松村課長と鈴江が話している所に静かに近づき、聞いてみた。

「今日、薫は?」
「薫くん?非番よ。」
「非番かぁ…。それじゃぁ、昨夜浴びるほど飲んでるな…。」
「なんのこと?」
「いや、勇次のやつ、まだ来てないんですけど、昨夜は薫と一緒に飲んでるはずなんですよ。」
「ありゃりゃ。そりゃぁ大下さん、潰れてますよ、絶対。」

すべて納得がいったといった顔で鈴江が大きく頷く。

「そうね、ここの所事件でストレス溜まってたから、薫くん。大下くんと一緒なら安心して目一杯飲んでるかもね。」
「ちょっと薫ちゃんちに電話してみましょうか?」

鈴江はそういうと薫の家に電話を架けた。が、こちらも誰も出ない。
鈴江が首をすくめて応答がないことを伝えると鷹山は近藤課長のようにやれやれといった表情になった。

「居ないか。まったく、しょうがねぇな…。一体どこで飲んでるんだ、あいつら。」
「案外酔った勢いで2人でホテルかなんかに行っちゃってたりして(笑)。」
「それはないだろ?(苦笑)」

鈴江の冗談に鷹山は苦笑した。
が、鈴江が冗談で言ったセリフに、それまで背中でやりとりを聞いていた瞳が振り向き、キッと鈴江を睨んだ。

ただ1人。松村課長は少し心配げな表情を浮かべて呟いた。

「本当に酔いつぶれてるだけならいいけど…」

[このページのTOPに戻る]

つづく…