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「あ〜あ〜、腹減ったなぁ。」
「ほんと…。捕まえとくんなら捕まえとくで、食べ物ぐらい出すのが礼儀ってものよね。」
「…あいつら戻ってくるよなぁ?」
「…戻ってきてもらわないと、困るわよ。なんの為にこんな格好で我慢してると思ってるのよ。」
勇次と薫は依然として少年達に拉致されたままだった。
少年達は縛った2人を残したままどこかにいなくなってしまっていた。
少年らがいなくなってだいぶ時間は経つ。その間に勇次たちは逃げ出そうと思えば逃げ出せた。
両手両足を縛られているとはいえ、時間をかければ縄抜けの得意な勇次には外せそうだった。
それに勇次の大事なキーホルダーも腰についたままだ。
だが、そこをあえて逃げ出さなかったのには理由がある。
少年達がいつ戻ってくるかわからないし、彼らの手がかりは他にはないからだ。
2人が逃げ出したことに気付かれたら彼らを逮捕するチャンスを失ってしまうかもしれない。
そこで勇次と薫はここで少年達が戻ってくるのを待つことにしたのだ。
いや、本当は、少年グループに捕まってしまったなんて恥ずかしくって、署の連中に知られたくなくって、
こうなったら絶対自分たちで逮捕してやるというプライドのせいだけだったかもしれないが…。
日が翳り始めた頃、1人を除いて、少年達が戻ってきた。
彼らは勇次たちのことはチラッと見ただけで、気にするでもなく何か作業を始めた。
勇次と薫は姿勢を変えて少年達のいる方を覗き見た。
彼らはジュースやお菓子などを食べながら何か楽しそうに机の上で作業をしている。
が、勇次たちの位置からは何をしているかははっきりとわからなかった。
「お〜い、お前ら!人を捕まえとくんならな、水や食べ物与えないと死んじゃうじゃないかー。」
「そうよー、自分たちばっかりパンとか食べちゃってさー。あたしたちにもちょうだいよぉー!」
「なに?おじさんたち、お腹空いたの?」
「あったり前だろ。ゆうべから何も食ってないんだからな!」
「ノドがカラカラよ。せめてお水でも頂戴よ。」
その時、少年達が勇次と薫の方を向いたので、彼らのいる机の上を勇次たちは見ることができた。
彼らはヤクの袋詰をしていたのだ。まるでキャンディを量り売りするみたいに楽しそうに。
何か別の粉と混ぜて量りではかったり、空のカプセルにヤクを詰めたりもしていた。
それを見た時に勇次には怒りが沸き起こった。
「…お前ら。自分たちが何やってるのかわかってるのか?」
「何って?」
「お前らが今楽しそうに扱っているクスリのせいで、人生ダメにしたやつがどれぐらいいると思ってるんだ?」
「ダメってさあ、自分が望んだことでしょ?自分からコイツに手を出した訳じゃん。」
「自分からって。あんたたちが売りつけたんでしょ?!」
「俺達は別に無理に買ってもらったりはしてないぜ。なあ?」
「ああ。もともとさ、加減を知らずにこんなのに手を出す奴が悪いのさ(笑)。なあ?」
「そうだよなぁ(笑)。バカはバカッてことだよな。クックック(笑)。」
少年達は顔を見合わせて意地悪そうに笑いあった。他者を見下した笑いだった。
「何が加減だっ!!」
少年達の態度に勇次は完全にキレた。
「クスリの誘惑は恐ろしいんだ。止めようったって、なかなか止められねぇんだよ!しかもお前らわざわざ濃度を薄めたのから売り始めて、後で濃いのを売りつけるなんて汚ねぇマネしてるじゃねぇか!」
「!」
勇次の言い方に少年達も反応して今にも勇次に殴りかかってきそうになる。
「なんだよ、怒ったのかよ。もっと言ってやるよ。
てめえら、自分でヤクやったこともねぇくせに知ったかぶって喋ってんじゃねぇよ!!
バカはてめぇらの方だ!!!」
「なんだとぉ!」
少年2人が勇次を殴りつけようと向かってきた。
2人が勇次の胸倉を掴み、勇次は真正面から2人を睨みつける。
2人がまさに殴りかかろうとした瞬間、もう1人の少年が彼らを制止した。
「やめろ!」
「とめるなよ。このオヤジ殴ってやらなきゃ気が済まねぇ。俺たちのことバカだって言いやがって!」
「いいからやめろ!」
その少年−−−先に勇次が殴られているのを笑って見ていた少年だ−−−がリーダー格なのか、2人の少年はかろうじて勇次を殴りつけるのを我慢した。が、勇次の体を押さえつけている手は緩めないでいる。
やめろと命じた少年は、水の入ったペットボトルを手に勇次の元へ近づいた。
「…さっき、喉が渇いたって言ってましたよね?」
カシャカシャとペットボトルを振りながら歩いてきた少年は口許にわずかに笑みを浮かべると、
いきなり勇次の口にペットボトルを押し付け、無理矢理水を飲ませた。
勇次は少年の意外な行動に驚いたが、止める間もなく水が渇いた喉を通っていく。
が、ひと口ふた口飲んだ所であっ!となり、強引に入ってくる水を吐き出した。
「汚いなぁ。吐き出さないでくださいよ。そっちが飲みたいって言ったんでしょ。」
「はぁ…はぁ…、お前、み、水に、何、混ぜた…?」
「アレにきまってるじゃないですか(笑)。」
少年は作業をしていた机の方を振り返った。
勇次はシャブを混ぜた水を飲まされたのだ。
「さっき、あなた、『ヤクやったこともないくせに知ったかぶるな』って言いましたよね?
それ、そっくりあなたにお返ししますよ。…偉そうに説教なんてたれないでください。」
「お前…」
「先ずは何事も経験から(笑)。ただであなたにクスリあげるんですから、残さず飲んでくださいね(笑)。」
少年は冷たく笑うと、残りの水の入ったペットボトルを勇次の口に押し付けた。
「いや!やめて!」
薫が悲鳴のような声を出し、不自由な体のまま少年にぶつかっていった。
「うるさいんだよ!」
少年は楽しみを邪魔された子供のように怒って薫を突き飛ばした。
薫はバランスを崩し、したたかに体を床に叩きつけて倒れた。
必死に口を閉じて抵抗していた勇次だったが、倒れる薫にハッとなった時に無理矢理口をこじ開けられ、
ペットボトルをねじ込まれた。
それでも必死に喉に流れ込んでくる水を飲むまいとしていたが、少年3人がかりで押さえつけられ、
手足を縛られた不自由な状態では、それ以上抵抗する術もなかった。
鼻をつままれ、結局は残った水の大半を飲んでしまった。
丸1日何も飲んでいない渇いた体に冷たい水はしみ込むように消えていった。
「げほっ!…げぇ…はぁ、はぁ……」
「大下さん!」
水を飲み終えた勇次を少年達は離した。空になったペットボトルをぽんっと床に投げ捨てる。
床に崩れ落ち、息苦しそうに喘ぐ勇次。
薫は顔を少しすりむいていたがそんなことは気にせず、這うようにして慌てて勇次の側に近寄る。
少年達は荒い呼吸をしている勇次を笑って見下ろしていた。
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