あぶパロ2『意地』

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[5]

「…ごめんね、大下さん。」
「気にするなって。しょうがないさ。」

勇次のスーツは少年達に蹴られて埃と土で汚れ、
顔は殴られ蹴られたことで痛々しいほど赤く腫れ、血も滲んでいた。
そんな勇次を見て薫は胸が痛んだ。自分が上手く逃げ出せなかったばかりに、いや、そもそも勇次をこの件の捜査に巻き込んでしまったばかりに…。

少年達は勇次をさんざんに痛めつけると、もう一度2人を縛り上げ、どこかへ消えてしまっていた。
勇次と薫は、相変わらず後ろ手に縛られ、そして今度は足も縛られてしまっていた。

「なぁ、薫。あいつらのこと、どう思う?」
「どうって?」
「どう考えたってやってることは素人だよなぁ。あいつらの言う通りバックにヤーさんは絡んでないと思うんだわ。」
「うん、そう思う。私たちのこと捕まえたけど、身元を知ろうともしないし。
 もともと私たちのこと知ってたとしたら尚のこと、刑事を監禁したりなんてしないと思うしね。」
「だよな。メリットが無いよな。行き当たりバッタリって感じがするんだよ。
 と言うことは、『ヤクを拾った』ってのもあながち嘘じゃないかもな。」
「でも『拾った』って、落とすようなヤツがいる?」
「だよなぁー。落とさないよな、普通。」
「…でも仮にその話が本当だとしたら許せない…。」
「ん?」
「拾って、面白そうだから薬を売ってみた、なんて。…そのせいで人生ダメにした子が何人いると思ってるのよ!」
「…オレも”面白そうだから”ってトコにはカチンときてるんだ。
 売り方も濃度の薄いのから売りつけてって汚いやり方してるしな。」

勇次は口の中に溜まった血をツバと共に吐き出す。

「…大下さん、喋りづらそうね。」
「ちょっとだけな。」
「顔、腫れてるよ。」
「ひどいか?」
「まあまあ。」
「そっか。ま、これでモテなくなったら、薫に責任とってもらうか(苦笑)。」
「バカ…」



鷹山は、トオルと組んで捜査中にも何度か勇次の家と携帯に電話してみていた。

(まったく、あいつ、どこにいるんだ?)

鷹山には松村課長のひと言が気になっていた。『本当に酔いつぶれてるだけならいいけど…』
これを聞いてから何故か鷹山の胸に得体の知れない不安がつきまとっていた。

「あのー、大下先輩の家に寄ってみましょうか?」

ずーっと押し黙ったままの鷹山の気持ちを察して、トオルが前を見て運転したまま訊ねた。
トオルも初めのうちはどうせ勇次のいつもの遅刻だろうと考えていた。が、何度か合間を見て公衆電話で勇次に電話を架ける鷹山の姿を見て、次第に不安になってきていた。

「あ、あぁ。じゃちょっと寄ってみてくれるか。」
「はい。」

鷹山とトオルは勇次のアパートへ行った。が、人の居る気配はない。
ついでに薫の住む女子寮に行き、(さすがに女子寮では中に入れないので、)たまたま通りかかったトオルの知り合いの女の子(別の署の婦人警官)に中を確認してきてもらったが、ドアをノックしても返事はないし、管理人に聞いても昨夜から見かけていないと言うことだった。

「本当に大下先輩と薫さん、どこに居るんでしょうね?」
「…トオル、お前、薫か勇次が飲みにいくような店知ってるか?」
「まあ何軒かは…」
「昨夜あの2人が一緒にいるのは間違いないんだ。しかも結構うるさい店だったな、電話の後ろは。」
「そうですか…。それじゃあ、昨日ボクが大下先輩と別れた近辺からあたっていってみましょうか。」

トオルは車を繁華街の方向へと向ける。

数軒の店を聞き込み中に、鷹山はいつも銀星会関係の情報を流してくれる情報屋に出会った。

「あ、これは鷹山さん。」
「よう。最近何か変わったことはあるか?」

鷹山は相手を路地の目立たない所に呼ぶと、煙草を勧め、マッチを擦って火をつけてやった。
情報屋もありがたくいただき、うまそうに煙草の煙を吸い込む。

「最近ですか?そうですねー…、あ、鷹山さん、中田のこと知ってますか?」
「中田?…ああ、前沢の所にいるやつか?」
「ええ。その中田なんですがね、どうやら組に追われてるみたいなんっすよ。」
「何やらかしたんだ、そいつ?」
「それがなんでもシャブ持ち逃げしてるらしいんですよ。しかも10kgも。」
「そいつはまた、命知らずなやつだな(苦笑)。逃げ切れるとでも思ってるのか。」
「さあ、どうでしょうね(笑)。でも中田のやつ、今のところは逃げ切ってるんですよ。」
「海外にでも飛んでるんじゃないのか?」
「組の方でも四方八方手を尽くして探させてるんですけど、かすりもしないんですよ。
 よっぽど上手いルートがあったのか…。
 もともとその10kgは、とある組に納めるものだったらしくて、中田が管理していたものらしいんですがね。」
「それじゃあ、銀星会も必死だな。メンツがあるからな。」
「へえ、ま、そんなとこですね。あとは、至って平和なもんっすよ。」
「平和ねぇ…(苦笑)。サンキュ。」

情報屋は鷹山に一礼すると去っていった。

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[6]

鷹山は勇次たちの足取りはトオルに任せて、銀星会の中田について探っていた。
銀星会ネタを聞くとじっとしてはいられなかったのだ。

鷹山が署に戻ってくると近藤課長が手招きをした。

「鷹山。お前また勝手に動き回ってるそうだな?」
「誰がそんなことを?」

近藤が目線で鷹山の後方にできるだけ目立たないように(と言っても無理な話だが)立っているトオルを示した。

「トオルぅ!」
「すみません!いや、だって課長から無線入っちゃって、誤魔化しきれなくって…(汗)!!」
「町田を責めるな。鷹山、頼むからあまり動き回らんでくれよ。また県警からなんか言われるじゃないか。」
「はーい。」
「…まったく、返事だけはいいんだから。…ところで、大下に連絡はついたのか?」

やはり近藤課長も勇次のことが気になっていたのだ。

「いえ。こっちにも連絡は入ってないんですか?」

近藤課長が苦い顔で頷く。

「まったく大下のやつ…。何か事件に巻き込まれてないといいんだが…」
「あ、あの鷹山先輩。大下先輩と薫さんの昨夜の足取りなんですけど、」
「なんかわかったのか?」
「はい。食事した店とかわかったんですけど、1軒だけ”らしく”ない店があったんです。」
「”らしく”ない?」
「他の店はいつも薫さんや大下先輩が行く店だったんですけど、1軒、クラブに寄った形跡があって…」
「クラブぐらい、勇次や薫なら行くだろ?(苦笑)」
「でもその店、年齢層が若めなんですよ。ちょっと大下先輩たちの行く雰囲気の店じゃなくて。」
「でも勇次たちがその店に行ったのは確かなんだろ?」
「(大きく頷いて)オレ、思うんですけど、2人とも遊びで行ったんじゃないんじゃないかって。」
「どういう意味だ?」
「あの、今、薫さん、例の麻薬密売の件を捜査してますよね?それで行ったんじゃないかと思うんです。」
「…あり得るな。」

話を聞いていた松村課長がこっちにやってくる。

「それじゃあ、薫くんと大下さん…。まったく、たまに仕事熱心なとこを見せたと思ったら……」

心配そうにつぶやく松村課長。近藤課長も険しい顔をしている。
そこに鷹山は自分の調べてきた情報を話した。

「銀星会の中田ってヤツが組のシャブを持ち逃げして追われてるんですが、どうやら組の方では今シマを荒らしてるシャブの売買にヤツがかんでるんじゃないかと睨んでるみたいなんですよ。」
「本当か?」
「はい。銀星会の方じゃ二重にメンツ潰されたと思って必死ですよ。」
「銀星会ねぇ…。今の所のうちの捜査には、そういう人物は引っ掛かってきてないけど。」
「課長。ここは少年課に協力して、銀星会が中田を見つける前に俺たちのほうで捕まえましょう。」
「(……)」
「課長!勇次と薫もこの件に関わってるとみて間違いないですよ!!」
「近藤課長、私からもお願いします。少年課に協力してください。」
「課長!!」
「…よし、わかった。但しくれぐれも慎重にな。特に鷹山は、だ!」
「はい。」
「近藤課長、ありがとうございます。」
「いやなに、ワシだって同じです。バカな子ほど可愛いってものですよ。」


だがその頃、銀星会の方では、もう既に少年達のことを探り出し、彼らに近づこうとしていた。

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[7]

「あ〜あ〜、腹減ったなぁ。」
「ほんと…。捕まえとくんなら捕まえとくで、食べ物ぐらい出すのが礼儀ってものよね。」
「…あいつら戻ってくるよなぁ?」
「…戻ってきてもらわないと、困るわよ。なんの為にこんな格好で我慢してると思ってるのよ。」

勇次と薫は依然として少年達に拉致されたままだった。
少年達は縛った2人を残したままどこかにいなくなってしまっていた。

少年らがいなくなってだいぶ時間は経つ。その間に勇次たちは逃げ出そうと思えば逃げ出せた。
両手両足を縛られているとはいえ、時間をかければ縄抜けの得意な勇次には外せそうだった。
それに勇次の大事なキーホルダーも腰についたままだ。
だが、そこをあえて逃げ出さなかったのには理由がある。
少年達がいつ戻ってくるかわからないし、彼らの手がかりは他にはないからだ。
2人が逃げ出したことに気付かれたら彼らを逮捕するチャンスを失ってしまうかもしれない。
そこで勇次と薫はここで少年達が戻ってくるのを待つことにしたのだ。
いや、本当は、少年グループに捕まってしまったなんて恥ずかしくって、署の連中に知られたくなくって、
こうなったら絶対自分たちで逮捕してやるというプライドのせいだけだったかもしれないが…。

日が翳り始めた頃、1人を除いて、少年達が戻ってきた。
彼らは勇次たちのことはチラッと見ただけで、気にするでもなく何か作業を始めた。
勇次と薫は姿勢を変えて少年達のいる方を覗き見た。
彼らはジュースやお菓子などを食べながら何か楽しそうに机の上で作業をしている。
が、勇次たちの位置からは何をしているかははっきりとわからなかった。

「お〜い、お前ら!人を捕まえとくんならな、水や食べ物与えないと死んじゃうじゃないかー。」
「そうよー、自分たちばっかりパンとか食べちゃってさー。あたしたちにもちょうだいよぉー!」
「なに?おじさんたち、お腹空いたの?」
「あったり前だろ。ゆうべから何も食ってないんだからな!」
「ノドがカラカラよ。せめてお水でも頂戴よ。」

その時、少年達が勇次と薫の方を向いたので、彼らのいる机の上を勇次たちは見ることができた。
彼らはヤクの袋詰をしていたのだ。まるでキャンディを量り売りするみたいに楽しそうに。
何か別の粉と混ぜて量りではかったり、空のカプセルにヤクを詰めたりもしていた。
それを見た時に勇次には怒りが沸き起こった。

「…お前ら。自分たちが何やってるのかわかってるのか?」
「何って?」
「お前らが今楽しそうに扱っているクスリのせいで、人生ダメにしたやつがどれぐらいいると思ってるんだ?」
「ダメってさあ、自分が望んだことでしょ?自分からコイツに手を出した訳じゃん。」
「自分からって。あんたたちが売りつけたんでしょ?!」
「俺達は別に無理に買ってもらったりはしてないぜ。なあ?」
「ああ。もともとさ、加減を知らずにこんなのに手を出す奴が悪いのさ(笑)。なあ?」
「そうだよなぁ(笑)。バカはバカッてことだよな。クックック(笑)。」

少年達は顔を見合わせて意地悪そうに笑いあった。他者を見下した笑いだった。

「何が加減だっ!!」

少年達の態度に勇次は完全にキレた。

「クスリの誘惑は恐ろしいんだ。止めようったって、なかなか止められねぇんだよ!しかもお前らわざわざ濃度を薄めたのから売り始めて、後で濃いのを売りつけるなんて汚ねぇマネしてるじゃねぇか!」
「!」

勇次の言い方に少年達も反応して今にも勇次に殴りかかってきそうになる。

「なんだよ、怒ったのかよ。もっと言ってやるよ。
 てめえら、自分でヤクやったこともねぇくせに知ったかぶって喋ってんじゃねぇよ!!
 バカはてめぇらの方だ!!!」
「なんだとぉ!」

少年2人が勇次を殴りつけようと向かってきた。
2人が勇次の胸倉を掴み、勇次は真正面から2人を睨みつける。
2人がまさに殴りかかろうとした瞬間、もう1人の少年が彼らを制止した。

「やめろ!」
「とめるなよ。このオヤジ殴ってやらなきゃ気が済まねぇ。俺たちのことバカだって言いやがって!」
「いいからやめろ!」

その少年−−−先に勇次が殴られているのを笑って見ていた少年だ−−−がリーダー格なのか、2人の少年はかろうじて勇次を殴りつけるのを我慢した。が、勇次の体を押さえつけている手は緩めないでいる。
やめろと命じた少年は、水の入ったペットボトルを手に勇次の元へ近づいた。

「…さっき、喉が渇いたって言ってましたよね?」

カシャカシャとペットボトルを振りながら歩いてきた少年は口許にわずかに笑みを浮かべると、
いきなり勇次の口にペットボトルを押し付け、無理矢理水を飲ませた。
勇次は少年の意外な行動に驚いたが、止める間もなく水が渇いた喉を通っていく。
が、ひと口ふた口飲んだ所であっ!となり、強引に入ってくる水を吐き出した。

「汚いなぁ。吐き出さないでくださいよ。そっちが飲みたいって言ったんでしょ。」
「はぁ…はぁ…、お前、み、水に、何、混ぜた…?」
「アレにきまってるじゃないですか(笑)。」

少年は作業をしていた机の方を振り返った。
勇次はシャブを混ぜた水を飲まされたのだ。

「さっき、あなた、『ヤクやったこともないくせに知ったかぶるな』って言いましたよね?
 それ、そっくりあなたにお返ししますよ。…偉そうに説教なんてたれないでください。」
「お前…」
「先ずは何事も経験から(笑)。ただであなたにクスリあげるんですから、残さず飲んでくださいね(笑)。」

少年は冷たく笑うと、残りの水の入ったペットボトルを勇次の口に押し付けた。

「いや!やめて!」

薫が悲鳴のような声を出し、不自由な体のまま少年にぶつかっていった。

「うるさいんだよ!」

少年は楽しみを邪魔された子供のように怒って薫を突き飛ばした。
薫はバランスを崩し、したたかに体を床に叩きつけて倒れた。
必死に口を閉じて抵抗していた勇次だったが、倒れる薫にハッとなった時に無理矢理口をこじ開けられ、
ペットボトルをねじ込まれた。
それでも必死に喉に流れ込んでくる水を飲むまいとしていたが、少年3人がかりで押さえつけられ、
手足を縛られた不自由な状態では、それ以上抵抗する術もなかった。
鼻をつままれ、結局は残った水の大半を飲んでしまった。
丸1日何も飲んでいない渇いた体に冷たい水はしみ込むように消えていった。

「げほっ!…げぇ…はぁ、はぁ……」
「大下さん!」

水を飲み終えた勇次を少年達は離した。空になったペットボトルをぽんっと床に投げ捨てる。
床に崩れ落ち、息苦しそうに喘ぐ勇次。
薫は顔を少しすりむいていたがそんなことは気にせず、這うようにして慌てて勇次の側に近寄る。
少年達は荒い呼吸をしている勇次を笑って見下ろしていた。

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[8]

「…ぜぇ、ぜぇ…」
「大下さん、だい… !」

勇次は苦しげな呼吸をしていた。
薫は勇次に「大丈夫か?」と声をかけようとして、彼の顔を見た途端に声が出なくなってしまった。

勇次の顔には強い怒りの表情が浮かんでいた。
鋭い怒り。
青い炎のように静かな、それでいて、圧倒的な強さを秘めた、軽く触れただけでも一瞬にしてスパっと深く切り裂かれてしまいそうな怒り。
薫はその表情に気おされて、何もできなくなってしまったのだ。

「……あいつら、ナメやがって…」

勇次は低くつぶやくと、戦闘態勢を整えるべく、行動を開始した。



少年たちは勇次に”水”を飲ませた後、笑いながら、元いた場所に戻り、クスリの袋詰の作業の続きをしていた。

「おい、ケンのやつ、遅いな。」
「またどっかで寄り道してるんじゃねぇの(笑)。」

ガタッ!

不意の物音に少年達がはっとなると、ケンと呼ばれた残りの1人の少年が、室内に入ってきた。
誰かにボコボコに殴られ、足を引きずり、ヨロヨロしながら。

「どうした!!誰にやられた?!」

少年達は痛めつけられた仲間の所へ駆け寄る。肩を貸し、抱きかかえるようにして手近な箱に座らせる。

「店、出たとこで、数人の男に呼び止められて…。ヤクザだよ。銀星会って名乗ってた。」
「なんで、ヤクザが?!」
「『勝手に商売しやがって』って、いきなりめちゃくちゃ殴られて。物凄く怒ってた。…僕たちのこと、見つけ出して、落とし前をつけてやるって!…僕、隙を見て、逃げ出してきたんだ。」
「そうか。上手く逃げ出せてよかったな。」

少年達は、仲間が命からがら逃げ出せたことに安堵の溜息をついた。

「甘いな。」

少年達が声の方を振り返ると、そこには縄を外した勇次が、手首をさすりながら立っていた。
勇次は関節を外して手首の縄を解いたのだった。勇次の後ろには薫もいる。

「ヤクザを甘く見るんじゃねぇよ。隙を見て?はん。笑わせるな。バカか、お前ら。それはわざと逃がしてくれたんだよ。ヤサを割り出す為にな。今頃、こっちに向かってるだろうよ。」

勇次の言葉に少年達は動揺して立ち上がった。

「お前ら、素人のくせにちょっとばかし火遊びが過ぎたんだよ。
 自分のやったことには、きっちりと責任とってもらうぜ…。」

勇次は、じわり、と少年達に近づいた。



鷹山とトオルは、少年課と協力して中田の行方を追っていた。
だが、どこを捜しても行方がわからない。
そこで、鷹山たちは目先を変えて、銀星会の動きをみることにした。
果たして、比較的若めの組員ら数人が路上で1人の若者に因縁をつけている場面に出くわした。

「あいつら〜!」

トオルが止めに入ろうと飛び出そうとするのを、鷹山は制止した。
何か見ていて不自然だったのだ。
しばらく経過を見ていると、案の定、若者をわざと逃がし、ゆっくりと後をつけ始めた。

「鷹山先輩、あれ、何なんでしょうか?」
「わからん。わからん、が、俺たちもついていってみようじゃないか。」

鷹山とトオルは銀星会の後を追った。



少年達は勇次の気迫に押されていた。
勇次は少年達に近づくと、先ず手前にいた少年に殴りかかった。
そのことで、金縛りにあったかのように今まで身動きがとれなかった少年達も、その呪縛が解けたかのように急に動き始め、勇次に向かって行った。
が、最初にやりあった時の勇次とは明らかに違っていた。
無理矢理摂取させられたクスリの影響で、いつも以上に勇次の体はしなやかに激しく動いている。
軽い身のこなしで少年達のしかけてくる攻撃をかわし、逆に少年達に鋭いパンチや蹴りを繰り出す。
1対4ではあるが、明らかに少年達の方が押されていた。

1人、2人と倒れこむ少年達。
残る2人を睨みつけながら勇次は薫に声をかけた。

「薫!」
「はい!」

柱の影に隠れるようにして、薫は勇次の携帯で港署に連絡を入れる。

「はい、こちら港署少年課。」
「あの、薫ですけど…」

電話に出た松村課長は、薫の声に驚いた。

「薫くん?!ホントに薫くんなの?大丈夫?無事なの?!」
「あ、はい、まぁ…なんとか。」

こんな時なのに、薫も悠長に答えている。
港署では、みんなが松村課長の近くに寄ってきて、事の成り行きを見守っていた。

「あのー、応援よこして欲しいんですけど……あれ?ここ、どこだろう?…あちゃぁー…」
「ちょっと薫くん、本当に大丈夫なの?!大下くんは?一緒なの?」
「あ、はい。一緒です。薬の売人見つけました。今、そのアジトにいるんですけど、倉庫みたいな所で…。」

薫は正確な場所がわからなくて動揺していた。
まさか拉致された、なんて言い出しにくい。つい薫はモゴモゴしてしまう。

すると、オペレータ室から河野良美が飛び出してくる。

「逆探できました!基地跡の近く、今は使われていない○×倉庫です。」

松村課長はうなずくと、近藤課長と視線を合わせた。
近藤課長は残っていた捜査課員に声をかける。

「至急、向かってくれ。」

みんな飛び出していく。

「河野くん、鷹山たちにも知らせてやってくれ。」
「はい!」

みんなの動きを見ていた松村課長はようやく薫に向かって話し出す。

「薫くん、今みんなそっちに向かったから。それまで大丈夫?」
「はい。課長、…すみませんでした。」
「そういうことは、元気な顔を見せてから言ってちょうだい。」
「課長ぉ〜。」

少し叱り付けるような松村課長の声に、薫は嬉しくなって少し涙声になった。

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[9]

残る2人の少年も勇次は軽々と相手をした。力が有り余って仕方がないという感じで。
最後の1人を殴り倒すのと同時に、倉庫の扉を乱暴に開けて、銀星会の連中が乗り込んできた。

「お前ら、今頃来たって遅ぇーよ。」
「!」

銀星会の連中は、てっきり少年らしかいないと思った所に男がいて、その男が自分たちよりも先に少年らを倒してしまっている予想外の状況をどう判断していいのか迷ってしまい、動けないでいる。

「お前らの欲しいのはこれじゃないのか?」

勇次はあえて挑発するように、机の上に散らばっているクスリの包みを無造作に握り、掲げて見せた。

「はん?こんなガキどもに出し抜かれてるようじゃ、銀星会もたいしたことねぇな!」
「なんだとぉ!!」

勇次の挑発に乗った銀星会が、勇次に向かってくる。

・・・ガキどもに出し抜かれてるようじゃ・・・ これは勇次自身へ言った言葉でもあった。

(オレは一体何をやってるんだ?)

少年達に不意をつかれたとはいえ、拉致され、ボコボコにされ、クスリまで飲まされ…

(らしくねぇよな。カッコ悪ぃー!)

少年達よりは多少てこずりながらも勇次はやや優勢に銀星会の連中を相手をしていた。
ナイフを手に持つものもいたがそんなことは関係なかった。勇次の体はどんどん熱くなっていく。

勇次に殴られて倒れこんだ1人が、懐から拳銃を取り出した。
狙いを勇次に定める。

「大下さん、あぶない!」

柱の影に隠れていた薫がそれに気づき叫ぶ。

ズッキューン!!

勇次が振り向くのと同時に銃声が鳴り響いた。

勇次を狙った男が手を押さえて倒れこみ、拳銃が床を転がる。
入口に立った鷹山が、撃ち終えた拳銃をホルスターにしまう。
トオルやパパたちがその鷹山の脇を通り、倉庫内に走りこんでくる。
応援が間に合ったのだった。
トオルたちが銀星会や少年達を捕まえていく。

「遅ぇじゃねぇーかよ。」

勇次は鷹山の顔を見て、どこかホッとして声をかけた。
さっきまで体中の血が荒れ狂って暴れていたのが、不思議と鎮まっていくのを感じる。
それは、勇次にとって鷹山が、安心できる相手だからなのか、それとも、暴走して冷静さを失っている自分を一番見られたくない相手だからなのか、は解らない。

「呼ばれてもいないのに、早くなんか来れるかよ。」

鷹山の方は方で、勇次と薫から仲間外れされたように感じていて面白くない気分だった。
なので、つい、ぶっきらぼうに答えてしまう。

「なんだよ。やけにつっかかる言い方じゃないの。そんなに携帯切ったのが気に入らないワケ?」
「そーだよタカさん。大人げなーい!」

薫も寄ってきて、勇次と2人で鷹山につっかかってみる。

「あ、そういうこと言う訳?せっかく来てやったのにさぁ。」

偉そうに言う鷹山に、勇次も薫も実のところ言葉も無い。

「…さんきゅぅ。」

勇次は小声で礼を言い、薫はペコリと頭を下げた。それを見てようやく鷹山の気も済んだというものだった。

勇次がふと見ると、ちょうどトオルが少年達に手錠をかけるところだった。

「薫!」

勇次は薫に声をかける。その声にトオルは手錠をかけようとした手をとめた。
薫は勇次に頷くと、少年達に近づき、トオルから渡された手錠を少年の手にガチャリとはめた。
これで長かった薫の捜査も終わった。
トオルが少年達を外に連れ出すのを、薫はその場でじっと見送った。

「薫、大丈夫か?」
「うん。」
「お疲れさん。」

勇次は鷹山と一緒に薫の側に近づきながら声をかけ、薫の頭をぽんぽんっと軽くなでる。
鷹山は黙って薫の顔を覗き込むが、その頬に擦り傷があることに気付く。

「ホントに大丈夫か?うわぁ、痛そうだなぁ…」

鷹山は薫の顎に手をやり、自分の方に傷が見えるように薫の顔の向きを変えながら言う。

「アハハ。平気平気!ちょっと張り切り過ぎちゃっただけよ。」

3人は倉庫の外に向かって歩き出す。
少年達と銀星会の連中を乗せたパトカーが港署へ向けて走り出した。
トオルが覆面車の運転席に座って3人を待っている。

「あ〜あ、松村課長怒ってるんだろうなぁ…」
「課長、ものすごく心配してたからな。薫、覚悟しといた方がいいぞ」
「タカ、オレは平気だよな?だって薫に付き合っただけだぜ。」
「どうかな。タヌキも、ものすごーく怒ってたからなぁ。」

そんなことを言いながら、勇次と薫は覆面車の後部座席に座る。
鷹山も助手席に乗り込むのかと思いきや、窓からトオルに指示しただけだった。

「この2人、病院に連れてけ。」
「何言ってるんだよ、タカ。オレたちなら平気だって。こんな傷なめときゃ治るから。」

勇次が薫の顔の傷を舐めるふりをして、薫に軽くビンタされる。

「そうよー。先ずは署に戻って報告しないとぉ。」
「そんなもん、後でいいよ。先ずは病院で手当てしてもらってこい。2人ともひでぇー顔してるぜ。」

鷹山は口は悪いが2人を心配して言っているのだ。
さっき外に出てくるまでの間に勇次が腕をかばい、足を少し引きずっているのも見逃してはいなかった。
鷹山は目線でトオルに「行け!」と合図を送る。
トオルもそういう鷹山には逆らえない。後ろで騒ぐ2人を乗せて車を発進させた。

病院の前に着くと、トオルは勇次と薫を下ろした。

「ちゃんと治療してもらってくださいね。終わったら、迎えが必要なら呼んでくれればすぐ来ますからね。」

そういい残してトオルは署へと戻っていった。
ここまで来ては仕方ない。勇次と薫はおとなしく傷の手当てを受けた。
幸いにも勇次は骨折はしておらず打撲だけですんでいた。

手当てが終わり病院を後にする2人。
勇次の少し前を歩きながら薫が話し掛ける。

「これだけ大袈裟に包帯巻いてたら、あんまり怒られないで済むかもね(笑)。ねぇ、大下さん、どうする?トオルに迎えにきてもらう?」

返事が無いので薫が振り向くと、勇次が道の端にしゃがみこんでいた。

「どうしたの?!どこか痛むの、大下さん?!」

薫は勇次に駆け寄り、しゃがみこんで顔を覗き込む。
すると勇次はあぶら汗をかいて苦しそうな息をしていた。

「悪ぃ…薫。署には、ひとりで…戻ってくれるか?オレ…ちょっとダメみたい、だわ。」

薫はすっかり忘れていた。
勇次は麻薬を飲まされたのだった。・・・禁断症状が出たのだ。

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つづく…