第189号 2015年9月 弁当の日 2015年8月9日、安曇野市健康づくり講演会が開催され、「弁当の日」提唱者:竹下和男氏が講演されました。 「弁当の日」とは
こどもが自分で食べる弁当の、献立作り・買い出し・調理・弁当箱詰め・後片付けのすべてを、一人で行うという食育の取り組みです。親が手伝わないことで、一人前になりたいという、こどもが本来持っている「生きる力」を育てようというものです。 2001年、当時香川県の滝宮小学校長だった竹下和男氏が始め、2003年に、農林水産省が提唱し、地域に根ざした食育推進協議会・農山漁村文化協会主催の「地域に根ざした食育コンクール2003」で、最優秀賞を受賞しました。 現在、「弁当の日」実施校は全国で1700校を超えるまでになっています。 ルールは3つ1、こどもだけで作る このルールはこどもの自立を狙っています。献立作り・買い出し・調理・弁当箱詰め・後片付けのすべてを、こどもだけですることは難しいです。にもかかわらず「親は手伝わないで」というのは、最近の親はどちらかといえば過干渉傾向で、こどもの自立を阻害するケースが多いことを案じているからです。多くの親は、わが子の成長を同級生の成長と比較して評価する傾向があります。あるいはいきなり完成度の高い弁当をイメージし、それに近づけようとします。わが子が作った焦げた玉子焼きを見て、見栄えが悪くてかわいそうだからと親が作った玉子焼きと入れ替えてしまうと、こどもの自立心が育ちません。こんな親は、まずはこどもと距離をとってほしいのです。 2、家庭科がある5・6年生だけ
家庭科の授業は5年生から始まります。舌の味覚が発達するのは3〜9歳だそうです。5年生は11歳なので、味覚の発達のためにはもう少し早くから「弁当の日」を始めた方がよいのでしょう。しかし包丁による指のケガや、ガスコンロによるやけどや火災という事故は、絶対に避けなければなりません。そのため、弁当作りに必要な基礎的知識と基本的技術を習う、家庭科の授業がある5・6年生だけの実施となります。しかしランチルームで全校生徒が昼食を摂れば、給食の1〜4年生は、5・6年生の弁当箱を覗き込みながら「はやく5年生になりたい」と強く思うのです。これこそ「生きる力」そのものです。 3、秋から月1回、年間5回
家庭科の授業で、弁当作りに必要な基礎的知識と基本的技術を習ってからなので、10月からの始まりとなります。そしてここから毎月1回、計5回実施します。この反復が大きな効果を生むのです。こども達は「弁当の日」にだけ成長するのではないのです。友達同士で弁当の見せ合いっこをすれば「この次は!」と目標を持ち、次回までの1ヶ月間に何度も台所に立ちます。「こどもは失敗する権利がある」のです。失敗を繰り返さない技術や知恵が増えていくことや、失敗にくじけない心が育つと思えば、失敗も歓迎できます。 「弁当の日」がもたらすもの自立心:玉子焼き作りにしたって、最初は卵をうまく割ることさえできないかもしれません。上手に巻けずスクランブルエッグになってしまうかもしれません。しかしそのうち焦げ目にさえこだわり、ほうれん草やちりめんじゃこを入れるなど工夫するほどになります。「こどもは失敗する権利がある」のです。繰り返された失敗があることで、「親と同じことができた」「自分にもできる!」という経験が自立心を育てていくのです。 達成感:6歳の子に、毎日味噌汁作りのお手伝いをさせていたそうです。だしのとり方、具材の切り方、味噌のこし方、それぞれのお手伝いは何度も何度もしてきました。そしてある日、一人だけで味噌汁を作ることを提案します。それはそれは戸惑いながらも、たった一人で作った味噌汁をお盆にのせ、食卓に運んでくるときの達成感に満ちた笑顔。「親は手伝わないで」はこのためにあるのです。 感謝:生まれて初めて、たった一人で自分の弁当を作ると、弁当作りにいかに時間と技術が必要なのか気づかされます。こんなたいへんなことを親は毎日、当たり前のようにしてくれているのです。食べるだけではわからない、作る側の経験をしたことで初めて知る親への感謝です。 親子の会話:「弁当の日」実施校でアンケートをとると、ほとんど同じ結果が出るそうです。親は「親子の会話が増えた」、こどもは「親に感謝したい」が一番の反応だそうです。こどもの成長に伴って、親はこどもの話題についていきにくく、親子の会話をする雰囲気もなくなっていきます。でも「弁当の日」は共通の話題で、共同作業の場面が必然的に生まれます。少年期・思春期の親子の会話は、健全育成に大きな効果を生むのです。 社会性:弁当作りをしているとき、こどもの一番の関心事はうまくできるかどうかよりも、自分の弁当を見た友達が何と言うか?です。人は社会生活を営むことで進化してきたので、ついついその反応をイメージするのです。友達の表情や言葉を予想しようとすることは、その友達を理解することにつながっています。そしてその反応で自分の存在感を体感しています。弁当作りをしているときは、社会性を育んでいる時間なのです。 食材への関心:唐揚げを作ろうとスーパーへ行って気づきます。唐揚げは牛肉でも豚肉でもなく鶏肉だということに。鶏肉にもむね肉・もも肉・ささみや手羽先があって、料理によって使う部位が違うのだと。レタスとキャベツの区別がつかなかった子が、料理によってじゃがいもの男爵とメークインを使い分け、1本の大根であっても、上はサラダ、下はおでんや煮物に使い分けるようになります。いつからか、肉や野菜の命を大切にしたいという気持ちが生まれてくるのです。 調理技術向上:りんごの皮むき、初めは皮を削っているといった方が正しかった子も、細く・長く・薄く、一本につながった皮むきができるようになります。味噌汁を作るとき、鍋に入れる水の量を量らず、味噌を適当に入れても大失敗はしなくなります。味を確認しながら調節できるからです。レシピ本通りに食材を準備しようとすると、少し足りなかったり少し余ったりするので、自分でアレンジする能力が身についていくのです。 学力向上:「弁当の日」を経験することで学力がつくそうです。でも、テストの前夜に弁当作りをしたからといって、翌日のテストの成績が良くなるというわけではありません。「弁当の日」が育てるのは、学力のもとになる感性や向上心や段取り力などです。生きた知識量を増やすには、具体的な生活体験がとても大切なのです。それはバラバラな知識をつなぎ合わせ、離れにくくする機能を持っているからなのです。 「はなちゃんのみそ汁」 西日本新聞は2003年秋、朝刊1面で長期連載企画「食卓の向こう側」を開始しました。2006年3月、第8部「食育
その力」の中で「弁当の日」をとりあげます。 その西日本新聞社に勤務する安武信吾さんの妻:千恵さんは、25歳のときに乳癌が見つかり、それ以来、食事や生活習慣を整えて病気を克服しようと頑張りました。そんな彼女のブログ「早寝早起き玄米生活」に以下の文章があります。娘のはなちゃんが5歳になる直前に書かれたものです。
はなちゃんが5歳になるとすぐ、千恵さんはみそ汁作りを教えました。だしのとり方、野菜の切り方、みそのこし方、配膳の仕方。たった5ヶ月間となってしまいましたが、千恵さんは癌と闘いながら、心を鬼にしてはなちゃんにしつけました。でもそのおかげで、はなちゃんは自分で食事を作れるようになっていました。現在は、毎朝、自らかつお節を削ってだしをとり、みそ汁を作って、「パパを喜ばせる」ことから1日が始まるのです。千恵さんに教わった、料理を作る喜び、食べてもらう幸せを感じて。 はなちゃんが書いた作文に、以下の決意表明があります。
『はなちゃんのみそ汁』(文藝春秋)は、2012年3月15日に出版されました。 |
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