蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第四章 対峙(3)  
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 その瞬間、ユーリが指差したテーブルの表面に、直径十センチくらいの白い光の正円が描き出された。よく見るとその正円は、極めて細い光の曲線が複雑に絡み合って構成されていた。それが、模様のように見える。数瞬光の円はそこで輝いていたが、やがて陽炎のように揺らめき、跡形もなく失せた。
「消えちまった」
「でも、確かにありました」
「しかし、これをどうやって」
「連続して唱えればいいんだ」
 ユーリはアルフリートの顔を覗き込むようにして言った。
「誰にでも、それはできるみたいだけど……」
「分かった、私がやる」
 アルフリートはそう言うと、再びテーブルの上を見つめた。一点を定めて、言葉を発する。
「エルフィンの紋章」
 光が溢れる。先ほどと同じく、正円が姿を現す。すかさずその光円に向かって、アルフリートは声を放った。
「エルフィンの紋章」
 光はさらに輝きを増した。そして、じわじわとせり上がる。テーブルの中から浮き出てくる。
「エルフィンの紋章!」
 叩きつけるようなアルフリートの言葉に、光の紋章はついにテーブルから飛び出した。アルフリートの目の高さまで跳躍すると、輝きながらその場に浮遊する。しかし、ほどなく白い光は衰え、鈍い暗緑色へと変っていった。そしてゆっくり、ゆっくりと降下する。
 両手を差し出すアルフリート。すとんとそれが、そこに落ちる。
「……うっ!」
 強い衝撃が、四人を襲った。地が震える。思わず膝を突く。目の前の光景が一瞬にして変り、耳をつんざく爆音が神殿内にこだまする。
 吹き飛ばされたあばら屋。遮るものが消えた空間に、神殿の入り口が見える。そこに、影。錆色の衣を纏った……人影。
 弾けるように、アルフリートは立ち上がった。
「……ガーダ!」
 フードの中で赤い目が光る。右手がゆっくりと上がる。反射的に、アルフリートは体を強張らせた。ガーダの手の動きに伴って、その足元の泉がぼこぼこと音を立てる。人の頭ほどの塊が一つ、水面から分離する。小刻みに震えながら、宙に浮かぶ。細く長く形を変え、結晶化する。それはまるで氷の矢、いや、槍だ。ガーダの掌が小さく翻り、ばねで弾かれたようにアルフリート目掛け、槍が飛ぶ。
 白い閃光が走った。
 光は槍を粉砕し、ガーダの胸を貫いた。よろめくガーダ。その錆色の衣に、ぽっかりと確かな穴が開く。無気味な空洞が、ガーダの体にも刻まれる。しかし。
「……なっ?」
 テッドは呻いた。見つめる先で、穴がみるみるうちに塞がっていく。
「こざかしい物を使いおって」
 ガーダの目が再び光った。やにわに、神殿内の泉がざわざわと波立つ。いくつもの水の塊がそこから離れ、数え切れぬほどの氷の槍へと姿を変える。矛先をこちらに向けた槍の壁が、ガーダの前方に作られる。
 右手が大きく動いた。
 テッドは再び銃を撃った。同時にミクも。そしてユーリは剣を抜いた。
 物理的には不可能であるはずだった。全ての槍を叩き落すなどということは。しかし、テッドとミクのレイナル・ガンから逃れた槍は、惹かれるようにユーリの剣に集まった。
 ユーリの剣が、水平に払われる。その切っ先に触れるか触れないかのうちに、氷の槍は砕け散った。ユーリの周りに、無数のダイヤモンドダストが舞う。キラキラと輝き、それらは地に落ちる前に水滴となって飛沫した。
「お前の力は、前に見せてもらった」
 干からびた顔に笑みが浮かぶ。ひらりと右手がまた動く。
「塔の中で――」
「くっ」
「うわっ」
 テッドとミクが同時に声を上げた。床に落ちた水滴が、今度は大蛇のように姿を変え、二人を捕らえ締め上げている。
「この者達の命を助けたくば、エルフィンの紋章を取って来い。そう言えば行ったろう?」
 水の大蛇のかま首が、徐々に細く尖っていく。それは鋭い針の先と化し、二人の喉元にぴったりと付いた。
「お前の力の全てを使い、何としても結界を越えて」
 ガーダの口が、大きく開く。そこから空気の漏れるような笑い声が発せられる。
「もっともお前程度の、人間ごときの力で、上手くいくかどうかは賭けであったが」
 ガーダはそこで、目を細めた。
「その前に、結界自体がなくなるとは……。まあ良い。これでお前の力など借りる必要はなくなった」
 激しい音を立てて、大蛇から解放されたテッドとミクが、ユーリの目の前に転がった。
「テッド! ミク!」
「来たれ!」
 割れた声が腹に響く。請われるまま、アルフリートの手からエルフィンの紋章が離れる。真っ直ぐにガーダの元へ飛び、その目の前でぴたりと止まる。緑がかった褐色の左手が、それをつかむ。
「ぐわっ」
 予期せぬ音が、ガーダの口から漏れた。喉の奥から搾り出すような悲鳴。顔をしかめ、抱えるように、右手で左手を押さえている。宙には、灼熱の色に輝くエルフィンの紋章が浮かんでいた。
「どこまでも……」
 ガーダの声に憎悪の熱が帯びる。
「どこまでも、忌々しいやつらめが……だが」
 ガーダの目が、灼熱の紋章を睨みつける。傷ついた左手で、今一度それに挑みかかる。
 握り締めた手の指と指の隙間から、薄鈍色の煙が上がった。ガーダの顔がまたしても激しく崩れる。だが、紋章は放さない。
「これで……これで、世界は我らのもの」
 ぎらりと光る赤い目が、ユーリ達を射る。歪んだ顔にいびつな笑みが浮かび、右腕が大きく振り上がる。

「滅びよ!」

 最後の言葉が――。
 神殿内に、放たれた。

 

 
 
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