蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第七章 エルティアラン(1)  
             
 
 

 アルビアナ大陸にはもう一つ、西にフィシュメルという小国があった。キーナスとはファルドバス山、ルスムーナ山などを有するクルビア山脈で隔てられており、オルモントールとはダファンという大きな河を国境としていた。それゆえ、これまで大きな争いに巻き込まれることもなく、独自の発展を続けてきた。だが、エルティアランという忌むべき言葉が、この国にも嵐を呼び込むこととなる。
 フルミア歴七○五年、キーナスにわずか九歳の王が誕生する。オルモントールはその機を逃さなかった。もちろん、王が子供であろうと、またそれ故、内部に覇権を巡る争いがあろうと、キーナス軍は強い。仲間が必要だ。しかし説得に、それほど時間はかからなかった。エルティアランという一言が、フィシュメル国に恐怖と野心を与えた。それで十分だった。
 その年の冬、ルスムーナ山の北端にある街道に、フィシュメル軍の姿が現れる。クルビア山脈を大きく廻って、キーナスの北を目指す。一方、南からはオルモントールの大軍が北上を開始した。ここに百年あまりにもわたる、三国戦争が始まる。
 勝利と敗北。その狭間で時に寸断しながらも、三国は争い続けた。エルティアランの存在が、彼らから止まる機会を奪っていた。エルティアランさえ、手中に収めれば――。その想いが、彼らを際限ない戦いに駆り立てた。終わりなき戦い。誰もが朧げながらもそう確信した時、一人の王が現れる。二十歳になったばかりのキーナスの王、アーロン・ヴェルセムが。
 長きに渡る戦乱によって疲弊した国力の充実。フルミア歴七七六年、即位したアーロンが真っ先に取り組んだのはこれだった。まず、東海岸に点在する幾つかの港町への投資が行われた。これまでも、ユジュール大陸など他大陸との交易はあったが、大陸内の貿易に比べれば、微々たるものであった。短期間で結果の出る政策ではなかったが、アルビアナ大陸が戦争に明け暮れている状況が続く限り、外との交易は必須である。少しずつ船を増やし、少しずつ新たな交易路を見出す。地道だが、それは確実な成果を上げていった。
 一方で、国内の農工業の充実も計らねばならなかった。船に乗せる積荷がなければ話にならない。それには、何よりも人力がいる。携わる人間が、大量に必要なのだ。しかし、戦争で多くの民を失ったキーナスにとって、それは無理な注文であった。そこでアーロンは思いきった策を取る。北はヴェーン、そして守るべきエルティアランとを結ぶ範囲まで、南は王都ブルクウェルからほど近い、ダングラスの森の南端まで、兵と民とを引き上げさせたのだ。今の国力で支えられる国土は、この大きさまでであると、アーロンは判断した。その政策を、『なんと臆病ものよ。ごらん、まるで亀のようだ』と他国は嘲笑ったが、アーロンはその挑発には乗らなかった。首を竦め、手足を縮ませ、堅い甲羅の中で力を蓄えていく。そう、フィシュメルもオルモントールも、その甲羅を貫くことはできなかったのだ。
 さらにアーロンは、今まで交流のなかった異種族、少数民族との接触も、意欲的に推し進めた。南のキュルバナン、ジャナ族、北のスルフィーオ族に加え、東の海賊と恐れられていたルワナーン島のパペ族にも特使を出した。もちろんこれらもみな、短期間で実を結ぶものではない。しかし、少なくとも不用意に火花を散らす事態を避ける効果は、確実に上げた。そして、間違いなく、後の歴史に繋がることとなる。
 この間にも、キーナスは幾度となくフィシュメル、オルモントールからの侵略を受けた。しかしアーロンは、軍の将としての才も備えていた。数に劣りながらも地の利を生かした戦いで、ことごとく両国の攻撃を退け続けた。そして、時が満ちる。
 フルミア歴八○三年。ダングラスの森の南端に、一万三千のオルモントール軍が現れる。対するキーナスは七千。やはり数では劣勢であった。しかし、旧騎士団に加え、新たに作られた二つの騎士団による目覚しい活躍が、この戦いに勝利をもたらした。鉄よりも軽く、堅固な、そして何より美しい鎧。キーナスの宝石と謳われる、リルの鉱石から作られた鎧を身に纏った蒼き騎士が、この戦いで誕生した。
 強力な軍隊。豊富な資金、資源。キーナスは連戦連勝であった。フルミア歴八○七年、領土全てを取り戻したキーナスは、このままさらに他国を駆逐するかに思えた。だが、アーロンはそうしなかった。武力でねじ伏せるようなことは。
 戦争終結後、ねばり強い外交が繰り返され、ついに三国の間で和平が結ばれる。時にアーロン五十四歳。生涯の全てをこの結果に捧げ、その三ヶ月後に没した。

 
 
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