蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第七章 エルティアラン(1)  
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 <エルティアラン>

      一  

 その日、エルフィンが消えた。数多の人間の、生きとし生けるものの命が失われた。破壊という名の言葉で、地上は覆い尽くされた。旧世界の終焉。キーナスの歴史は、そこから始まる。
 名もなき湖。今はシュレンカ湖と呼ばれるその湖のほとりに、セフラムという小さな村があった。旧世界の頃から存在した村。奇跡的に破壊を、というより、辛うじて壊滅には至らなかった村。そういう村が、少なからずこの地には残されていた。それぞれの場所で、長い時間をかけて、それらは緩やかに再生していった。
 やがて人が溢れようになると、セフラムは山のふもとへとその場所を移し、ポルフィスと名を変え町となった。そこから幾ばくかの距離を隔てたヴェーンという地にも町が生まれ、さらに大きな都市へと発展していった。そしてフルミア歴(アルビアナ大陸歴)一八四年、そのヴェーンの長ラルオース・ヴェルセムが、近隣の村や町をまとめ、最初の国王として君臨する。北はタブラン、南はディード、西はポルフィス、東はハンプシャープ。現在の約半分ほどの国土で、キーナスは誕生した。
 建国から二百年あまり、徐々に国土を拡大しつつあったキーナスに、最初の危機が訪れる。フルミア歴四一六年のこの年、大陸全土は寒波に見舞われ、北方のパルディオン山脈一帯に住んでいたラグル族が南下を始めたのだ。時の王、ダナン・ヴェルセムは兵を率いて応戦するが、苦戦を強いられ、翌年、トゥルエールの戦いで命を落とす。勢いに乗るラグルの猛攻で、ヴェーンは陥落。人々は遥か南のブルクウェルまで退き、そこを改めて王都と為すことで、国の命をとりとめた。
 北にラグルという強大な敵を構えたキーナスは、南へ活路を求める。少しずつではあるが国土を広げ、それに伴い国も潤いを持つようになっていった。しかしその南にも、キーナスと同じく力を増し、勢力を広げつつある国があった。オルモントール。国土の半分以上が砂に覆われたこの国は、当然のごとく豊かな北の土地を欲した。
 元々は盗賊あがりであるオルモントールの騎馬隊は強力で、それに対抗すべくキーナスは騎士団を結成した。数々の小競り合いはやがて、国の存亡を賭けた全面戦争へと発展する。フルミア歴四九九年に始まったこの戦いが終わりを告げたのは、五五六年の夏であった。六十年近くもの時を費やし、両国は傷だらけの、以前とさして変わらぬ広さの領土を手にして落ち着いた。
 破壊は急な坂を転がるがごとく、容易に、わずかな間でそれを成し遂げる。しかし創造は、急な坂を上るがごとく、困難で、長い時間を要する。争いで失われたものを再び蘇らせるのに、本来は長い時をかけねばならない。が、その険しい道を選ばず、安直な方法で、国力を取り戻そうと考えた王がいた。
 フルミア歴五七八年、相次いで兄を失い、四十三歳にして王の座についたガラトーワ・ヴェルセムは、何よりも軍隊の強化に心血を注いだ。そして五八五年の春、王は満を持してラグル討伐を布告する。新たに作られた三つの騎士団を先頭に、総勢、六千余の兵が北上した。カンピリオ、トルトマ、ポルフィス。それぞれの町を中心に勢力圏を持つラグルを、一派ずつ撃破していく。ついには翌年、旧王都ヴェーンをも取り戻し、そのままさらに北へとラグルの残党を追い立てた。
 完全なる勝利。失われたものは多いが、得たものも多かった争い。だがキーナスにとってこの戦いは、できることならその歴史から、抹殺したいものとなる。ラグルを追って、キリートム山のふもとにある小さな森へ迷い込んだ時、軍は一つの町の残骸を見出した。それこそが、後に多くの災いの元となる、エルティアランであったのだ。

 
 
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