蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十章 獅子の行方(2)  
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 今日はまだ、テッドと連絡をとっていなかった。別々の行動となってから、三人はパルコムを通して状況を互いに伝えあった。ただ、ミクとユーリに関してはその状況が不安定だ。不用意なパルコムの使用が、場合によっては危険を呼び込むことになり兼ねない。リアルタイムの音声通信などもっての他だ。よって、緊急時以外の音声通信は、ミクからテッド、ユーリからテッドという風に、一方通行とする事をあらかじめ決めていた。テッドからの連絡は非音声のデータ通信のみ。また、ミクとユーリが直接連絡を取り合うことも原則としてない。各々の様子はテッドを介して知ることとなる。
 キリートム山を離れて以来、ミクは毎日欠かさずテッドに報告を入れた。一方ユーリからも、ほぼ毎日連絡が入っているとのことだった。どうやら順調に旅をしているらしい。むしろテッドの方に問題が生じていた。アルフリートの容態が芳しくないのだ。最後の通信の際も、徹夜明けのためか少しやつれたような表情で、テッドはミクのパルコムの中に現れた。
 今夜もまだ起きているかもしれない。だけど――。
 その時の不機嫌そうな声を思い出しながら、ミクは思案した。できれば直接話をして、アルフリートの容態やユーリの様子が聞きたい。だがそうなると、こちらの状況も詳しく話さなければならなくなる。それが酷く億劫に感じた。好ましくない報告だからといって隠したり偽ったりするつもりはないが、まだ完全に結果が出ているわけではない。かなり薄い可能性にも思えるが、明日もう一度レンツァ公と話すことで、違う結果を導き出せるかもしれない。
 ふと、ここにテッドがいたらと想像する。彼のことだ。たとえレンツァ公がうんと言わなくても、強引に連れて行こうとするかもしれない。確かに、アルフリートにさえ会えばなんとかなる部分は大きい。結果良ければという考えも、時に有効だ。
 しかしミクは一人苦笑すると、すぐにその考えを捨てた。
 相手が小者であれば、それもいいだろう。半ば脅して連れ去るという暴力に抗うほど、強い精神を持ち合わせていないだろうから。だが、レンツァ公は違う。彼ほどの人物であれば、そう易々と力に屈したりはしないだろう。仮にその体を連れ去ることに成功しても、心まで伴うことは叶わない。アルフリートに会ったとしても、その時作られた退かし難い大きな壁が、二人を隔てるであろう。レンツァ公の体は、レンツァ公の意思によって動かなければならない。その行方は、彼自身が決めなければ。
 おもむろにミクはパルコムを操作し、データ通信モードに切り替えた。短く無事着いた旨と、レンツァ公と対面かなったことを文字に連ね、それを送る。送信完了を示す赤いランプの点滅を確かめながら、ミクはテーブルの上にパルコムを置いた。頬杖をつく。明日の作戦を練る。
 まず、どう切り出すか――。
 が、それほど時を置かず、ミクはこの難題を放り出した。ティトの料理によって癒された体が、再び休息を乞い始めたのだ。飢えていた時より遥かに強く、労働の放棄を訴える。寸断なく睡魔の波が押し寄せ、考える側から思考を壊していく。千切れたその断片が、波間に漂いながら溶けていく。
 最後の欠片が、泡となり消えた。テーブルに突っ伏したまま、ミクはついに白旗を掲げた。

 

 
 
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