蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第十九章 交渉(2)  
            第十九章・1  
 
 

 

      二  

 厳しい表情のまま、デンハーム王は、義理の息子がしたためたという手紙に目を通した。質の悪い紙。キーナスの王が使うものではない。王の書簡なら必ずあるべき王印もない。だが、そこに連ねられたきっちりとした美しい字体は、記憶にあるものと符合していた。
 紙をめくる。その下の、もう一通の手紙に目をやる。こちらの紙はかなり上質だ。しかし、これもやはり証がない。ヴェルセム家の象徴である、鷹の刻印がない。少し乱雑に、その紙を埋めつくしている忘れようもない文字を、不憫に感じる。
 おもむろに王は、膝の上の小箱を開けた。中の物に視線を投じる。手紙と共に届けられた、海の宝石で作られた首飾り。しかしこれは、最初からウルリクのものであったわけではない。もとはその母親の、所有物であった。そして、その母親にそれを贈ったのは、他でもない自分である。
 王は左手で、黒々とした長い顎鬚を撫でた。顔を上げる。目の前に立つ人物に意識を移す。
 シオ・レンツァ。その名声は、無論既知であったが、会うのは初めてだ。純白の衣に身を包んだ姿は、ほんのりと光を帯びているように見える。その外見を裏切らない、内にある鋭利な輝きを現す目も、強い力がある。
 噂どおり、いや、それ以上か。
 心の中で、そう第一印象を持つ。
 一方、その背後の影には、はっきりと見覚えがあった。キーナス一、つまりはアルビアナ大陸一の騎士、ベーグ・ロンバード。漂う風格が、以前会した時よりもさらに増している。ただ、その顔に刻まれた悲壮感は、前にはなかったものだ。
 王はそこで、視線を左右に転じた。鮮やかなユルバムの葉色をした宝玉が壁面を彩る、翠緑の間。そこに立ち並んでいるのは、いずれも王の目に適った逸材ばかりだ。これだけの事実を前にしても、微塵の動揺も見せない姿は頼もしかったが、それがかなりの努力によってなし得た結果であることを、王は見抜いていた。
 この状態では、まだ動けぬ――。
 王の視線が、再びシオの上に落ちる。
「話は相分かった」
 雷鳴を想起させる声が響く。初めて聞く者なら、なにゆえ王はこれほどお怒りになられているのかと、恐れを為す声量だ。
「して、そちが我に求めるものは何か?」
 真っ直ぐに王を見据え、シオが答える。
「フィシュメル軍の全指揮権を、この私にお与え下さい」
 何を戯けたことを!
 と、声を荒げるところを、かろうじて踏み止まった家臣に代わって王が言う。
「そのような要求に、我が応じると思うか?」
「示された事実を見れば、自ずと選ぶ道は決まるはず」
「確かにそうだ。だが、問題はその事実だ」
 声に加え、その黒い目にも雷光が過る。
「これが罠ではないと、誰が言える?」
 シオの目が一瞬細り、そしてまた開いた。
「罠とはいかなる?」
「知れたこと」
 王は顎鬚を撫でた。
「なるほど、キーナス王の手紙も、ウルリクの手紙も、まこと二人が書いた物に違いはなかろう。だが、そこに書き連ねられたものが真実であるかどうかは、定かではない。嘘の話で油断させ、あわよくば我が軍を乗っ取り、戦いを有利に導く。そういう策ではないのか? もし違うというなら、我らが納得できるような説明を、そちはするべきであろう」
「お望みとあれば、いくらでも」
 表情一つ変えることなく、シオは言った。
「まず一つ。キーナス軍とフィシュメル軍、その戦力の差は歴然です。小細工など弄せずとも、我らはフィシュメルを倒すことができる」
 声にならない怒りの波が、シオの両側から押し寄せる。それを全身で感じながら、さらに続ける。
「無論、万が一ということも考えられる。勝利をより確かなものにすべく、ありとあらゆる策を講じるは、当然のこと。とはいえ、その結果がこの策では、割に合わない。これは一種の賭けですからね。しかも、ひどく確率の低い。そんなことに我らを使うなら、正攻法を取る方が遥かに有効だ。私なら、私がキーナス軍を率いたなら――」
 シオの口角がくいっと上がる。
「十日をかけず、フィシュメルを沈めて見せましょうに」
 その不遜な言葉がシオの口から発せられたのでなければ、翠緑の間は、怒号と罵声で埋め尽くされたであろう。しかし、憤怒は吐息だけに乗せられ、誰もが押し黙ったままシオを見つめた。この男ならやりかねぬ。そう思わせる雰囲気が彼にはあった。艶やかな緑の目の奥に、ある種魔的な光が宿っているのを、誰もが認めていた。
「だが、そんなことより」
 シオの声が続く。

 
 
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  第十九章(2)・1