蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十章 サルヴァーンの攻防(3)  
             
 
 

 闇の中、西の砦に向かって進軍する。無論、この兵力なら、手薄となったサルヴァーン城を、楽々と落とすことができる。だが、まだ目立つわけにはいかない。ペールモンド騎士団の背後をつくためには、隠密に事を為さなければならない。セトゥワは、こう策を練った。
 こけおどしの篝火をたくための兵しか残されていない、西の砦をまず制し、その後、別働隊で本城を攻める。落とす必要はない。動きを止めればいい。鼠一匹逃さぬよう街を焼き払った後は、城を囲み、ひたすら待つ。援軍要請をするのは、この時だ。先へ進んだ本隊が、ブルクウェルより南西にある、ロンドリアルの森の手前でペールモンド騎士団を沈めた頃。ちょうどその時に、王都ベルーバからの大軍が、サルヴァーンへ着くようにせねばならない。早過ぎても、遅過ぎても困る。ドレファスの軍を蹴散らした後、本隊はブルクウェルを避け、ポルフィス経由で北へ上がる。ブルクウェルのキーナ騎士団に阻まれることのないよう、援軍にはこの頃合いで進軍してもらう必要がある。
 南より大軍が攻め上がってきたと知れば、キーナ騎士団は王都を動けない。我らの行く手を邪魔するものはいない。エルティアランまで、一気に北上する。北にはコーマ、イルベッシュの騎士団があるが、フィシュメル国境を守るコーマが、軍を我らに向けることはなかろう。残るはイルベッシュ騎士団のみ。それさえ蹴散らせば、かの地は我らのものとなる。そうなれば、もう無敵だ。この手に、破壊神が握られるのだから。
 きっとその時、グストールは不安げに言うだろう。我らに破壊神を御することができるのかと。伝説に語られる通りなら、とても太刀打ちできぬのではないかと。
 その答えも、すでに用意してある。何も、それを使う必要はないのですと。破壊神とやらを、目覚めさせる必要もない。我が手にそれがある。それだけで、全てを退け、支配することができるのだと。
 伝説でしかなかったものが、存在した。エルティアランは今、過去の何倍もの威力を持ってそこに君臨する。誰かがそれを握るなら、自分が握らなければならない。ただ一つの絶対ならば、それを自分の手の中に納めなければならない。
 セトゥワの顔に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。邪気に塗れた光が、その目に浮かぶ。西の砦をまばらに縁取る篝火の輝きに、自らを投影して、セトゥワは今一度笑った。
 勝利は、我が手にある。
 星明りの下、黒々とした形のみを示す城壁に、次々と高梯子がかけられる。予想通り、阻む声はない。傷一つつけるのですら苦労した壁に、幾筋もの道ができる。その道を伝って、一斉に兵が上る。ぎしぎしと梯子を踏み締める音が、森を揺らすように響く。
 と、一つの梯子が、つかんでいた城壁を放した。ゆっくりと直立し、そのまま後ろに倒れる。上りかけていた兵士を振り落とし、さらに待機していた兵の上に落ちる。
 怒声と地響き。そして悲鳴。誰もがその光景に目を奪われたその時、空が唸った。
 雨――?
 違う……矢の、雨。
 厚い雲のごとく一塊となって、矢が天を覆う。雷鳴のような音を伴い、風を切り、地を刺す。城壁の上に、びっしりと一列の火が灯り、乱れに乱れるオルモントール軍を明々と照らす。
 いるはずのない敵の、あるはずのない攻撃の、衝撃は大きかった。いまだ事態を把握できず、ただその身を晒していたオルモントールの兵達に、止めの驚愕が走る。
 城壁の上で、仁王立ちする三つの影。その姿を合図に、矢の雨が止む。傷付いた兵士達の呻き声だけが地を這う中、その者達の声が響く。
「我は、ファルドバスのオラム。今こそ、キーナスとの盟約を、一族全ての力でここに果たそう。我らの新たなる安住の地を、我らの手で奪い取ってみせよう!」
 影が踊る。振りかざした斧が、月よりも冷えて輝く。
 実際にその姿を、そしてその声を、はっきりと見聞きした者は、前方に詰めていた兵のごく一部だ。しかし、驚きは囁きとなり、絶叫となって、オルモントール軍全体を呑み込んだ。
 ラグルだ。ラグルだ。やつらはラグルと手を組んだ。これは――罠だ!
 再び、矢の雨が降る。今度は左右、側面をつかれる。
 もし、彼らの中に一人でも冷静な判断を有する者がいたのなら、二つのことに疑問を持ったであろう。城壁を伝い、奇声を上げながら斧を振り回すラグルが、たった三人しかいないこと。そして左右からの攻撃が、キーナスの誇る騎士隊ではなく、小規模の弓兵だけであったこと。
 本気で、自分達を罠にはめ、潰すつもりにしては、あまりにも生ぬるい策である。が、そのことに気付いた者は、一人としていなかった。
 その夜、オルモントール軍は敗走した。そこに、組織だったものは欠片もなかった。ただ、散り散りになって逃げた。

 

 
 
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