蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十五章 導(3)  
             
 
 

 サナは傍らの、筒状に丸められた大きな紙を手に取った。机の上に広げる。一枚、二枚、三枚の地図が重なる。いずれもかなり、古びた様相。しかし、記されているものは、驚くほど細かい。高い精度を誇るものであることは、やはり間違いないようだ。期待を込めて、その上を滑るサナの細い指を追う。
「塔伝説で有名なのは、やはりパルメドアの天空塔ね。月に届くような高い塔が、古代パルメドアの都、ザーノアマルにあったとか。これは、その古代パルメドア大陸の地図。ザーノアマルはこの辺りにあったと推測されているわ。今の地図でいうと、ちょうどこの海域ね。つまりは、海の底」
 サナは一枚地図をめくった。
「もう一つ、古代の塔として有名なのは、ここユジュール大陸のものね。イソラ砂漠のほぼ中央、ソーマの目と呼ばれる地域にそれは立っているという話よ。残念ながら、正確な位置は分からないわ。大まかに、この辺りであろうということだけ。現地の人々も、あまりこの地域には踏み入れないらしくて。ちなみにソーマというのは、この辺りに住むソン族の言葉で、悪魔を意味するの。年中砂嵐に覆われた、死せる大地というわけ。実に、調べ甲斐がありそうでしょう? と言うより、ここしか調べるところがないというのが本音だけど。パルメドアの塔はこの通り海の底だし、他に古代の塔と呼ばれるもの、伝説で語られるようなものはない。単純に、塔ということだけなら、それこそ無数にあるのだけど」
 サナはまた地図をめくった。見覚えのある、アルビアナ大陸が現れる。
「実際、このダングラスの森にある塔は、こうしてここに記されていただけで、特に注目はされていなかった。この塔にまつわるめぼしい伝説、伝承はなかったから。ビルムンタルの塔となると、さらに悲惨ね。存在すら、ここにはない。正直、最後の一つがこの中に埋もれているとすると、見つけ出すのは至難の技だわ。前述の塔が、何らかの手掛りにならない以上はね。もっともその塔も、あなた達が探しているものである保証は、全くないわけだけど」
 サナはそこで、するすると地図を丸めると、控えるように立っていた助手にそれを渡した。
「これはもういいわ。わたしの荷に、入れてちょうだい」
「はい、かしこまりました」
 そう言うと助手は、地図を手にしたまま、器用に書物の海を泳いでいった。慌ててミクが声を出す。
「待って下さい。もう一度、位置を確認させて下さい」
「なにも、慌てることはないじゃない」
 サナの口元が微かに緩む。
「船の中で、またじっくり見せてあげるわ」
「船?」
 問い掛ける声が、一同の口から同時に漏れる。それを受け、逆にサナが疑問を返す。
「なぜそんな、不思議そうな顔をしてるの? 行くんでしょう、塔を探しに。破壊神の、エルフィンの謎を解くために」
「それは、そうですが」
 表情に、まだ疑問の色を残しつつ、ミクが答えた。
「では、あなたも?」
「当たり前じゃない」
 サナはくいっと顎を上げ、ミクを見据えた。
「ここにある物全てを読破し、記憶し、理解し得る者が、わたしの他にいる? それとも、あなた達は一瞬にして、それができるの?」
「…………」
「できるのなら、それでもいい――と、言うわけにはいかないわね。何よりわたしが、行きたいのだから」
 サナの表情と声色が、そこで変わる。初めてそこに、感情が乗る。三人が見つめる先で、サナはふっくらとした小さめの唇の端を、柔らかく引き上げた。
「ここにあるのは、何だと思う?」
「……本」
 ぽつりと呟いたユーリの声に、サナの口元がさらに大きく弧を描く。
「そう、本。書物は知識。そして知識は導。でも、それは手段にしか過ぎない。本当のことは、何一つここにはない。実際にこの目で、心で、見て初めて、それは真実となる」
 サナの瞳が、強く輝く。遠く、何かを見透かすかのように、深く煌く。
「だから、わたしも行くわ。と言っても、今すぐ出発というわけには、いかないのだけれど。まだ船の用意に二十日ほどかかるという連絡が、今朝方あったの。長く厳しい旅になりそうだから、船員もそれなりの者を集めなければならないし」
 サナはそう言うと、机の横に立て掛けてあったステッキに手を伸ばした。艶のある木製の、老人が持つような杖だ。
「そういうことなので、待っている間、ここは自由に見てもらって構わないわ。わたしは一足先に、カトロンの港へ行っているから。準備が整ったら迎えの馬車を出すので、それで来てちょうだい」
 杖と床とが、軽い音を立てた。そこに、引きずるような音が重なる。そう大きくはない机の陰から出るのに、サナは数秒を費やした。

 
 
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  第二十五章(3)・3