二
「いやあ、全く愉快だ、愉快」
豪快に、モルスと名乗った男が笑う。あぐらをかき、レンという濁り酒を器になみなみと注ぐ。いい加減、辟易しているユーリ達に強く薦め、自分も勢い良く一杯呷った。
「まさか、衛兵の奴らに逆らう者がいるとはな。あいつらのあの顔を見たか? セネ、お前もよくやった」
モルスの傍らで、少年がにっと笑う。その目の前に、サナの皮袋を自慢げに置いている。
「どうでもいいが」
少年の戦利品を顎で指しながら、テッドが言った。
「いい加減、返してもらいたいんだがな」
セネの口が、不満げに尖る。それを見やりながら、モルスがひょいと皮袋を持ち上げた。
「そうだな。セネの腕一本の代わりだ。ここは返すのが筋だろう。だが」
皮袋がテッドの鼻先で止まる。
「俺がかくまってやらなきゃ、お前達は暗い牢の中だ。そして明日には腕どころか、首まで飛んでいただろう」
「それもこれも」
ゆっくりと遠ざかる自分の皮袋を見て、テッドより少し下がった位置に座っていたサナが、身を乗り出す。
「その子がわたしのお金を盗んだせいでしょ。あなた、父親なら父親らしく、子供が悪いことをした時には――」
「はははっ」
モルスが腹を抱える。そして、くしゃっとセネの髪をつかむ。
「こんなでかいガキがいるように見えるか?」
「見えます」
大真面目で答えたサナに、モルスはまた身をよじった。
無表情な土壁の中は、意外にも華やかだった。特に高価な品が置かれているわけではない。ただ、その色味が鮮やかなのだ。例えば床を覆う敷布も、赤を基調に黄色や緑、青に白と、様々な色の糸が織り込まれている。どれも、はっきりとした明るみの強い色だ。この種の織物は壁にもかけられており、慣れないうちはその色の刺激に、軽く酔うような心地となる。この地の者の、色への強い渇望を感じる。
中でも特に目を引くのが、隣りの部屋への扉代わりとなっているタペストリーだ。細かく折り込まれた幾何学的な模様も素晴らしいのだが、何より色彩が大胆である。すぐ隣りに反対色を持ってきておきながら、バランスが崩れていない。そのタペストリーが、揺れる。
奥から現れたのは、この家の女性達であった。彼女達には、色が許されていない。くすんだ黒一色のリャン。そこから黒い瞳だけを覗かせて、食べ物やら飲み物やらを運んでくる。頭からすっぽり覆う形は、シュイーラ国の女性に共通するものである。だが、黒を強いるのは、この部族独自の風習のようだ。
ユーリ達をかくまってくれたモルスという男は、この国で一番多くを占める、ソン族であった。他にもロナ族、ベラノマ族、カジュレ族という少数部族がこの街には住んでいる。ところが、その力関係は数に比例していない。街の実権は、ロナ族が握っている。我が物顔で広場を闊歩する衛兵や、領主の館で富をむさぼる者達はみな、少数派のロナ族であった。この奇妙な構造は、視野を国全体にまで広げ、歴史を遡るとよく理解できる。
もともとシュイーラ国は、現在の国土の北半分、王都を中心とした地域が領土であった。部族の名は、ダンデマル族。北は、この部族で統一されていた。一方、南側には複数の部族があり、それぞれが小国として存在していたのだ。それを、シュイーラが併合した。つまりは侵略し、自分の領土としたわけだ。そして、この南半分を支配するために、彼らは新たな領主を立てた。ただしそれを自分達、すなわちダンデマル族の者からは選ばず、南の部族のうち、最も少数派であるロナ族から選んだのだ。そしてそのロナ族を優遇し、その他を冷遇した。
上手い手だ。多数を占める部族からあらゆる権利を奪い、その彼らの不満や怒りを、同朋である少数派に向けさせる。事実、モルスは領主の話になると、口角に泡を飛ばし、怒りを露にした。