蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第一章 砂の街(2)  
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「取引?」
「そうだ」
 問いかけるユーリに、モルスが答える。
「ソーマの目に行きたいのならば、やはりシャグ族の力を借りるのが一番だ。彼らはここより北西、ニンダマーヤの町に住んでいる。砂嵐にさえ遭わなければ、十日ぐらいで着くはずだ。まあ、今の季節なら、まずその心配はないだろう。ニンダマーヤまでは、隊商に連れていってもらうといい。ハンガラ族と呼ばれる砂漠を流れ歩く民が、商家から依頼を受けて、よくこの間を行き来している。いくつかそういう知り合いがいるから、俺がちょっと口を利いてやろう。だが、問題はそいつらへの報酬だ。この袋に入っている金は意味がねえ。奴らは金を持つことが許されていないからな。まあ、俺達よりも、さらに下がいるってことだが」
 モルスの目が、今まで以上に翳る。
「そんな訳だから、あいつらを説得するために、とにかく物が必要となる。食べ物、着る物。何でも喜ぶが、お前達全員を連れていく分となると、相当な量が必要となるだろう」
「もちろん、それは僕達で」
「お尋ね者が、市場でのんびり買い物か?」
 ユーリの言葉に、モルスが皮肉な笑みを浮かべる。
「代金を払うという意味でも、それは見当違いだ。金さえ出せば、好きなだけ物が買える。そんな身分じゃねえからな、俺達は」
「あっ……」
 そう小さく呟き、ユーリが俯いた。その様子に、モルスの表情が和らぐ。
「だがこれは、端から分かっていることだ。心配はいらねえ。それなりの伝はある。なんとかかき集めてやるさ。金はいらない。まあ、あるに越したことはないが。さっき言ったように、俺達は使い道が限られている。本当に欲しい物を、それで手に入れることはできない。だから、金よりもそいつが欲しい。その物が」
「その……物?」
「武器だ」
 モルスの目が、真っ直ぐにユーリを射た。そこにある純な光が、ユーリの胸を複雑に揺らす。
 何のために、などと聞くことはできなかった。仮にそれを聞いたとしても、彼らにかけるべき言葉を自分達は持っていない。彼らがこれから為そうとしていることが、正しいのか、正しくないのか。そういう次元とは異なるところで、彼らは苦しんでいる。その彼らを前に、何と言葉を発すればいいのか。
「武器が、必要なんだ」
 モルスの声が、熱を帯びる。
「お前達、キーナスから来たんだろう? 船には、それなりの物を積んでるんだろう? 余っているものでいいんだ。少々くたびれたものでも構わない。仲間に連絡してくれないか? それをここに持ってくるようにと」
 ユーリの眉間に、苦悩の皺が寄る。唇が、きつく結ばれる。モルスだけではなく、まだ幼い少年までもが真摯な目を向ける中、沈黙する。
 モルスの声が、一段大きくなる。
「無理なのか? だめなのか? なら、それでもいい。その一振りだけでも構わない。剣を、武器を、俺達に――」
「ごめん……」
 吐息のようなか細い声が、部屋の中で渦を巻いた。
「武器は渡せない……ごめん」
 重苦しい静寂が、続く。すっかり酔いが冷め、むしろ普段より冴え冴えとした頭が、その静寂を痛く感じる。モルスの口から、何度も大きな溜息が漏れる。繰り返し、繰り返し。ようやくそこに、一つの言葉が乗る。
「……そうか」
 自らに、強く同意を求めるように、乱暴に顎鬚を撫でながら頷く。
「……そうか」
 呻くようにそう呟いたモルスの手が、また酒を求めた。黒衣の女性が、素早く立ち上がるのを受けて、ユーリが片膝を立てる。
「……じゃあ、僕らはこれで」
「これ……で?」
 モルスが小さく首を振る。
「今夜は泊まっていく約束だろう」
「でも……」
「そんな顔をするな。俺達は、俺達ソン族は、そんな心の狭い部族ではない。確かに、お前達の武器は、俺達の側にはない。だが、俺達に向けられているわけでもない。つまり、敵ではない。俺達が武器を向け、戦い、排するのは、敵だけだ。お前達は違う。お前達は――」
「モルス……」
「隊商の件も、任せてもらおう。もちろん、その報酬は頂く。その分の金をな。いわゆる、真っ当な取引だ。これなら、いいだろう?」
 モルスの顔に、笑顔が戻る。その強い顔に、ユーリは一つ頷いた。
「うん。あの……ありがとう」
「おう」
 歯切れのいい家長の声が、その部屋を明るく震わせた。背負うものの重さを微塵も感じさせないその姿に、ユーリは純粋に、尊敬の念を抱いた。

 

 
 
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