蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十二章 信なるもの(3)  
             
 
 

 ということは、つまり。
 軽く息を切らす。
 これは、シャン国のお家騒動ということなのか?
 ミクの眉が、険しく寄る。
 シャン国の内政事情について、詳しくは知らない。知識としてあるのは、ウル国と同じく、シャン国王ミオウ・カザノサも武人の一族で、その治世はすでに七代目であるということくらいだ。カルタスのどの国でも、また地球の過去を見ても、永遠なる御世なるものは存在しない。相手は血縁者か、敵対する一族か、あるいは長く虐げられし者達なのかは分からないが。長の命を絶つことで、時の権力を奪おうと算段する者があっても、おかしくはない。
 厄介なのは、その陰謀に他国を巻き込もうとしていることだ。なるほど、多くの家臣に囲まれた城中にいるよりは、旅先の方が警備は薄く、目的を達しやすいであろう。他国の者に責任を押し付けることで、自身に非難や恨みが及ぶこともなく、後々自国での政策をスムーズに行うことも可能であろう。だが、このやり方は下手をすると、互いの国交に影響する恐れがある。まんまとウル国王が策略にはまり、忠臣キゼノサタの首を差し出したとしても、わだかまりは残る。強い同盟関係にひびが入ってしまうことも――。
 まさか。
 はっと、ミクが目を見開く。
 まさか、それが狙いなのでは?
 ミクは疑問を声にした。
「ひょっとしてシャン国の中に、三国同盟に異を唱える一派があるのでは? むしろ、トノバス側と手を結びたいと考える者が」
「鋭いですね」
 歩みを緩めることなくギノウが答える。
「トノバスと隣接する国は、何も我が国だけではありません。シャン国、オアバーダ国、共にかの大国との国境を持っています。特にシャンは、マイユール山で隔てられているオアバーダ、オトトメ川が間に横たわる我が国と違い、草原を境としています。つまり、地理的にトノバスの圧力を真っ先に受けるのは、シャン国なのです。実際、今より六十年前の戦いで、三国は団結してトノバスの侵攻を食い止めることに成功しましたが。シャン国は国土の五分の一ほどが焦土と化す、大きな被害を被りました。その時は、いったんは同盟が凍結されるほど、互いの関係は悪化しました」
「そうですか。でも」
 ミクが首を捻る。
「なぜ、同盟が凍結されたのでしょう。地理的な不利は、あらかじめ分かっていたことですし。結果的には三国が協力して、トノバスを退けたというのに」
「結果は問題ありませんでした。ただし、内容が良くなかった。シャン国へのトノバス侵攻の知らせを受けた時、我がウル国は直ぐに反応しました。しかしオアバーダ国の動きは鈍かった。かの国の軍隊がようやく前線に到着したのは、我が国に遅れること四十日。すでにシャン国西部の街ニエオーンが、陥落した後でした。しかし、我がウル国とてオアバーダを一方的になじる立場ではないのです。戦況不利と見るや否や、時の王オオマトは部隊を後退させてしまった。止むを得ない事情はもちろんありました。トノバス海軍に動きあり。大陸南部の沿岸をぐるりと回り、ヨズミ諸島を経てウル国に近付いていると、そういう情報が流れたのです。当時ウル国の軍備は現在の半分にも満たないお粗末なもので、国内に残した兵だけで海岸線を守る力はありませんでした。戦力を分断させるための偽情報と疑う向きもあったのですが。オオマト王は撤退を命じました。自国を守らずして、同盟も何もないと。いや、これは、キーナスの方にとても話せる史実とは言えませんね。オルモントールに攻め込まれながら、同盟国フィシュメルを守ったキーナス国の方に――あっ、そうか」
 ギノウの歩みが止まる。
「あなたはいいのか」
 振り返ったその口元に、少しだけ微笑を施し言う。
「キーナスの方ではないのだから」
「…………」
「とにかく、そういうわけで」
 ミクが何かを紡ぐ前に、ギノウはくるりと身を返し、また足早に歩き始めた。
「シャン国の民の中には、侵略したトノバスよりも、ウル国、オアバーダ国をよく思わない者がいるのです。裏切り者、と位置付けるくらいに。軍を撤退させた後も、物資の供給など後方支援を引き続き行ってはいたのですが、残念ながら、兵を引き上げたその印象の方が強く残ってしまった。実際シャン国は、それで窮地に陥ってしまったし。現国王ミオウ・カザノサ殿の祖父、ミオウ・トシアサ殿による鬼神の働きがなければ、シャン国は無論のこと、オアバーダも、そして我が国も、ことごとくトノバスに滅ばされていたかもしれません。しかし、幸運なことにそうはならなかった。ただ不幸なことにしこりは残った。さて」
 王子がまた振り返る。

 
 
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  第十二章(3)・3