蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十三章 祭礼(1)  
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 <祭礼>

      一  

 雲の合間から、くすんだ青が覗く。空気は冷たい。ここのところ、暖かい日が続いていたのだが、季節が一気に逆戻りしたかのようだ。
 ユーリは軽く身震いすると、舞台に視線を転じた。
 このウタタメの祭りは、国の繁栄を祈り、神々と先祖の魂に感謝する他にもう一つ、春の訪れを祝う意味があった。主たる行事は全部で三つ。まず、アカゾノ殿にて楽と舞の奉納があり、続いて同殿の前庭にて、弓、槍、剣の達人達による模範試合が行われる。そして城に戻っての夜の宴。いずれの行事も、城内の者だけで執り行われるのではなく、都に住む一般の民も参加が認められている、盛大なものだ。
 もっとも大衆の最大のお目当ては、舞や試合の見物などではなく、アカゾノ殿正門前にて振舞われる酒に尽きるというのが、例年の倣いだそうだが。今年はどうしたわけか、門前で引き返すことなく、酔い潰れることもなく、沢山の人が中まで詰めかけていた。用意された一般席からでは、あまりよく舞台が見えないであろうに、観客は多かった。
 この分だと、模範試合の方も。
 予想以上の盛り上がりに、ユーリは小さく溜息をついた。徐々に高まる緊張を追い払うべく、目の前の光景に集中する。
 地味な色合いが多いウル国において、アカゾノ殿は、柱の全てが朱色で塗られた華やかな建物であった。その朱色を引き立てるため、壁は白く塗装され、灰色の瓦もやや青みがかかっており、素朴な木の味わいは、床と廊下のみに止まっていた。ただ、それでもうるさい印象を受けないのは、構造がシンプルであることともう一つ、余計な飾り付けがないためだ。神の偉業を称える絵画や彫刻などはなく、国の権勢を誇示する宝飾、美術品の類もない。あるのは、どれほど意地悪く見渡しても、塵一つ見つけることのできない清らかな空間。何もない、のだが、そこに何かを配置することは許されないような、張りのある空間。あたかも、神に対する慎ましくも敬虔な気持ちが透明な結晶と化し、場を占めているかのようにユーリは感じた。
 その空間が、そろりと震える。まず、楽士達が舞台にあがる。奥殿から広い内庭にせり出すように設けられた板間の左右に、それぞれ楽器を携えた十数名ほどが分かれて座る。
 正式な名称は不明だが、種類としては笛、太鼓、それに丸太をくりぬいたかのような板の曲面沿いに、弦を張ったもの。弓を携えていないところを見ると、どうやら床に置いたまま弾いて音を出すようだ。そういえば、掌大の皮筒を、膝の間に二つ並べるように持つ太鼓の奏者も、他に何も持っていない。彼らも素手で叩くようだ。それは、長さの違うフルートを、縦に三本まとめたかのような楽器を扱う者も同様で、当然直に吹いて音を鳴らすのであろう。その笛の奏者が四人、弦の奏者が五人、太鼓が二人。残る三人は、五十センチほどの木の棒の先に、束となって鈴がくくりつけられたものを持っていた。
 形状を見ただけで、これから奏でられる音を想像するのは難しいが、このアカゾノ殿と同じく、あるいは居並ぶ者達の服装と同じく、それは簡素なものであろうとユーリは想像した。
 空間をシンプルに彩っているのは、何も建物だけではなかった。楽士達、それに舞台の対面、奥殿に設けられた貴賓席に座する者達、そして庭を囲むように朱色の柱が並ぶ外廊下に佇む者もみな、一つの色にまとめられていた。滅紫。この国で最も高貴とされる色で、全ての者は身を包んでいた。
 謂れはいろいろあるようだ。天より杖を一振りし、ユジュール大陸を作った神の衣がこの色であったとか。法も律もなく混沌とした下界を案じ、人々を正しき方向へ導かんと大地に降り立った神の子の、その足元に咲いた花の色であるとか。単にこの色を出すための染料が非常に高値であるため、尊ばれたという説まで、実に様々だ。いずれにせよ、ウル国の民が滅紫を特別なものと位置づけているのは確かで、ユーリが記憶する限り、この式典を迎えるまで、一度もウル国内で出会ったことがなかった。

 
 
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