蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十三章 祭礼(2)  
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      二  

 まず、白の内衣を纏う。その上から、艶を押えた黒の外衣を羽織る。ただし袖は通さず、肩にもかけず、胴のところで折り返し、邪魔にならぬよう袂の先を腰帯に挟み込む。そして前面が朱色、背後は黒に色分けされた胸当てを身につける。後は両の手に、赤い篭手をはめるのみだ。
 ふっと肩で一つ息をつき、ユーリは手の甲から肘にかけてを保護する形の、長い篭手を手に取った。控えの間として宛がわれた奥殿の一画が、ユーリの動作音だけを淡々と響かせる。
 このウル国、シャン国、そしてもう一つ、今はもうトノバスに併合され名を無くしたクアロナ国共通の武道において、通常はもう一つ防具をつける。額の部分が薄い鉄の板となっている鉢巻、いわゆる額金だ。胸当てと同じように、布の部分は黒、板の部分が朱色に塗り分けられている。要するに、この朱色を纏った部分が、攻撃の際の的となるのだ。胸と腹、両の手首から肘下まで、そして額。ただ今回の模範試合で、額金は身につけない。つまり、頭を狙う攻撃は、有効な手と認められない。
「認められない……だけならいいんだけど」
 ユーリは、儀式で使う木刀の感触を確かめるように、その場で一振りした。
 ウル国で使われる剣は、細身の片刃の剣だった。それを模した木刀は、柄の部分は本物と同じ作りで、刃の部分をクマテという木に差し替えてある。儀式用の剣は、さらにこの木の部分を薄く削ぎ、金糸を織り込んだ黒い布帯がきっちりと巻かれていた。装飾は柄の部分にもあり、細い紐を束ねた形の、大きな金色の房が二つ、垂れ下がるように括り付けられている。明らかに戦うには不用なもので、剣を振り回す度、手の甲をくすぐるのだが。いざ勝負となれば、恐らく気にはならないだろう。むしろ不安なのは、剣の重さだった。
 儀式には専用の模造剣を使うと聞いた時、ユーリは華やかに飾りつけられた、本物よりも大振りの、ただし重量のない剣をイメージした。振り回した時に見栄えのいい、そして大仰な太刀さばきをしても、負担の少ない造りになっているであろうと。しかし実際は、房飾りこそ付けられているが、大きさも重さも真剣と寸分違わぬ代物であった。
 この太刀での寸止めは難しい。下手をするとシャン国王に怪我を負わせてしまうかもしれない。
 心の中で、ユーリが呟く。
 もし、その呟きを耳にする者がいたとしたら、手合わせる前から相手の怪我の心配をするとは、随分尊大な男だと思うであろう。が、もちろん、ユーリの本心はそこにない。自分の腕が相手を上回っているのではなく、逆に劣っている可能性を考え、万が一の事態を懸念したのだ。
 一昨日、ユーリはウル国王より紹介された、ヤマユイという武人の下を訪れた。単に剣術の腕だけではなく、精神的にも多くの兵士に師と仰がれる、老齢の男だ。キーナスでいえば、さしずめロンバードといったところか。その彼に、一度手合わせしてもらうことになった。両刃の剣が主体であるキーナスの騎士に、少しでも片刃の剣に慣れてもらおうとの配慮である。それを十分理解していたため、ユーリは片刃の剣など今初めて持った風を装うとしたのだが。試合前、互いに向き合う位置で座し、一礼をしたところで無理だと悟った。
 心技、共に卓越した相手に嘘は通じない。何より、真剣に向ってくる者に誠を返さぬのは、相手のみならず、自分をも裏切る行為だ。
 ひとしきり汗を流し、剣を納めたところでヤマユイが言う。
「どうやら無用の心配でありましたな。ウタタメの祭りが今から楽しみです。シャン国王殿も、初めて全力で立ち向かうことのできる相手に恵まれ、さぞお喜びになるでしょう。十年、いや百年、千年と語り継がれる名勝負を、この目でしかと見届けさせて頂きます」
 深々と礼をしたヤマユイに合わせ、ユーリも頭を下げる。気恥ずかしい思いと共に、にわかに不安が膨れる。
 つまり、噂は本当だということか。
 ゆっくりと、顔を上げる。
 シャン国王の剣の腕は、三国一、ひいてはユジュール大陸随一というあの噂は。

 
 
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  第十三章(2)・1