蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十三章 祭礼(2)  
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「……ティト?」
「これ、美味いぞ。クスオモタっていうんだぞ」
 そう言って、丸い小さな手を突き出す。握り締めているのは、串にさした五つの白い団子。大きさが、先に向って小さくなっており、その加減がティトの手と上手く比例して、ぱっと見団子が六つに見えることに、思わず微笑む。
「へえ、そうなんだ。美味しそうだね」
「ユーリの分も、もらってきたぞ」
「もらってきた?」
「配ってたのよ。アカゾノ殿の門前で」
 ティトの後ろからサナが入ってくる。杖を持つ手の反対側に、ティトとは異なる物がある。若草色の紙に包んだ、飴玉のような菓子。だが、舐めて食するものではないらしい。ぽんと二粒ばかりを器用に片手で口に放りこみ、小気味よい音を立てたサナの顔を見やりながら、ユーリは思った。
 こりんとした音と共に、サナがまた口を開く。
「他にもいろいろあったのよ。エヌミオツとか、後、ハリラとか」
 エヌミオツというのは、地球でいうところの米に似た穀物で作った料理で、水で炊き上げたものにハズという青菜を入れ、さらに出汁で煮たものだ。ハリラはハロという五センチほどの小魚を甘辛く煮たもので、酒のあてによく使われる。
 ウル国の食事は総じて野菜、あるいは魚を主としており、肉類は少なかった。家畜産業の立ち遅れが、そのもっともたる理由であろう。たまに膳に上ることがあるのは、野鳥くらいなものだ。そのため、見た目、豪勢さに欠けるのだが。質素ながらも味の工夫、そして色と盛り付けの繊細さは目を見張るものがあった。シオの下で、料理人としても優れた腕を発揮していたティトが、目を輝かせ「これはすごい、あれもすごい!」とはしゃいでいたのが、何よりの証明だ。特に今日は祭りということもあり、朝、昼とも、いつもに増して見事な食事が出された。
 これが昨日までなら、ティトと同じく感動を覚えながら食したのだが。今日はどうにも気が重く、食欲も味覚も反応が鈍かった。自分でも意識せざるを得ない緊張が、しばしば箸を持つ手を止める。そのうち、使い方まで危うくなる。
 切ったり突き刺したりする必要のない料理に合わせ、ウル国では広く箸が使われていた。進化の流れは、地球と同じだ。火を使うことによって熱い料理が増え、手で直接触れることができず用具が必要となる。幸い身近に、サヌトモというよくしなる木があったため、それをピンセットのような形に折り曲げ、挟み込むようにして食べた。やがて、より細やかな動きを追求するうち、今の二本箸になったというわけだ。
 ただしこの用具は、ナイフやフォークといったスタイルよりも若干の技術を要するため、初めて手にする者にとっては、なかなか敷居が高い。幸い地球にて経験済みであったユーリは、難なくこなすことができたが。サナとティトは、かなり苦労した。もちろん、それぞれの膳上には、キーナス人でも食べやすいよう、フォークとスプーンが添えられてあったのだが。料理によっては、逆にそれでは食べ難い現象が起きた。
 用具と器はセットである。器と卓の関係も同じだ。ウル国では一人一人、料理は低い膳の上に並べられる。器は基本的に、口元近くまで持っていく仕組みとなっている。それを例えば、碗を膳上に置いたまま中身をスプーンですくったり、小鉢の中の青菜を、フォークで一突きして口に運ぶなどしては、かえって骨が折れる。さりとて、ウル国の民に倣って器を持ち上げるのも微妙だ。それでは、用具の扱いの方が窮屈となる。何より、美しくない。
 物によっては手掴みもOKというキーナスに比べ、静々と、どこか儀式的な風情さえあるウル国のマナーに、ユーリはそう感想を持った。
「でね、他にもカル酒とかあったのだけど。まさか試合前に飲むわけにはいかないでしょう?」
 いや、それを言うなら団子もどうかと思うのだが。
 サナの言葉に心の中だけでそう返し、微笑する。
「ありがとう。じゃあ、僕の分はそこに。後で食べるから」
 ユーリは、壁面に据えつけられた収納箱を指し示した。細やかな象嵌細工が施されていなければ、ベンチ代わりに使用したくなるほどの大きな物だ。そこに、サナが紙に包んだ菓子を乗せる。ティトから団子を受け取り、それも脇に添える。
「じゃあ、わたし達はこれで。席に戻って、応援するわね」
「ユーリ、がんばれよ」
「あ、ちょっと」
 入ってきた勢いのまま、出ていこうとする二人を呼び止める。
「応援してくれるのは嬉しいけど、あまり騒ぎ過ぎるのは」
「大丈夫よ。大声は出さず、ちゃんと心の中だけで」
「がんばれユーリ、負けるなユーリ、あんな奴、やっつけろー!」
「……ティト……」
「じゃあ、行くわね」
「サナ、本当にちゃんと」
「分かっています」
 ひらひらと手を振り、サナが立ち去る。半ば呆然とした思いが、ユーリの緊張を解く。
 まあ、なるようにしかならないか。
 良くも悪くも、二人のお蔭で開き直れたことに、ユーリは素直に感謝した。

 

 
 
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