「そんな馬鹿げたこと、あるか? 何度も言うが、俺は敵じゃない。敵じゃないってことは、味方ってことだ」
「味方?」
「お前達の仲間になりたい。そのために、ここに」
「そこまで言うなら」
男の体が前屈みとなる。
「腕には自信があるんだろうな」
腕って、何の腕だ?
思わずそう返しそうになるのを、テッドは既のところで押し止めた。代わりに、落ち着いた声でもちろんと答える。
「嘘をつけ!」
間髪を入れず、ダミ声が響いた。目の前で屈む男を押しのけ、別の足がテッドの視界を塞ぐ。
「そんな生白い顔をした奴が、仕事などできるものか」
「できるさ」
ダミ声の主が持つ雰囲気、そして彼が話し出したとたん、周囲の男達からざわめきが消えたのを受け、テッドは腹をくくった。今、相対している男が、この場を仕切るボスと見定め、最後のハッタリに出る。
「少なくとも、見かけだけのあんたの手下、三人分くらいの価値はあるぜ」
静寂が、辺りを冷やす。そして即座に沸騰する。周囲の男達の怒りが激しい行動となる寸前、ボスが声を張った。
「いいだろう。使えるか使えないか、とりあえず試してやろう。駄目ならそこで」
ボスが屈む。ぎらりとした光を放つ大振りのナイフが、目の前に翳される。あっとテッドが背筋を凍らせる間もなく、それが翻る。姿通りの冷たい感触が、テッドの喉元に当たる。
「おい!」
思わず息を止め、体を硬くしたテッドの頭上でボスが叫んだ。
「こいつを自由にしてやれ」
のそのそと、時間が動く。ボスの命令に従い、二人の男がテッドの戒めを解く。まず足、そして手。解放されたばかりで反応の鈍いそれらの筋肉を、テッドは顔をしかめながら摩った。
「ぐずぐずするな。おい、こっちだ」
そのボスの一言で、時が元のペースを取り戻す。慌しく辺りの空気が動き、乱暴に肩をつかまれる。引きずられるように、あるいは小突かれながら、洞窟のさらに奥へと連れ込まれる。
ん? 行き止まり?
直ぐ足元に深い水溜り、そして先には洞窟の壁が行く手を遮っているのを認め、自然とテッドの足が止まる。だが、他の者達の歩みは違った。
雑な音を立て、男達が次々と水溜りの中にダイブする。一分、二分、三分を超えても戻る気配はない。恐らく底に横穴でも空いており、全員別の場所に抜けて行ったようだが、一体そこまで、どれほどの距離があるのか――。
「おい、さっさと行け!」
背後から浴びせられた怒声の全てを聞くことなく、テッドの体が水の中に入る。蹴りつけられた背中より、勢いよく水が流れ込んだ鼻の奥の痛みに眉を寄せる。
いったん、顔を水上に上げる。
「何をしてる!」
「潜れ、潜れ!」
追い立てるような、囃すような声を無視し、テッドは胸いっぱいに空気を含ませた。命がかかっているのだ。慎重にタイミングを計らねばならない。
一人の男が、直ぐ側で水しぶきを上げたの受け、テッドは深く水の中に体を沈めた。強く、腕で水を掻く。掻ききったところで、余分な力を体から逃がす。
余計なことは、もう考えなかった。ただ目の前の男の後を追うことだけに、テッドは集中した。