蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十章 示される心(1)  
              第二十章・2へ
 
 

「サナ、ティト、今から離陸する。そのままでも安全上には問題が無いんだけど、念のため操縦席に座って欲しい」
「操縦席?」
 途端に不安そうな顔つきになったサナに、ユーリが微笑みかけながら言う。
「別に、何も操作する必要はないよ。ただじっと座っていてくれればいい。あっ、そうそう一つだけ。しっかりと深く、背もたれに体を預けるように腰をかけたら、右の肘掛にある青いボタンを押すのを忘れないように」
「忘れると、どうなるの?」
「今から約十分間ほど、座り心地が悪くなる――だけだよ」
 はっきりとした笑顔が、ユーリの表情に表れる。
「その椅子は、座る人の体型に合わせてクッション部分が変化するようになっているから。二人にはちょっと大き過ぎるだろう? 操縦席は」
「そうね……特に、ティトにはね」
 ある種、諦めたような息を吐き、サナが行動に踏み切る。
 ティトを一番右の操縦席に座らせ、自らボタンを操作する。低い機械音と共に、ティトの小さな体を半ば包み込むように、クッション部分が起伏を変える様子を、少し気味悪そうな目で見つめる。一方ティトの方は、その感触が相当に楽しかったらしく、満面の笑顔だ。体に合わせ形が固定されたにも関わらず、もう一度ボタンを押そうとして、サナとユーリの二人から、同時に注意を受ける。
「だめよ、ティト」
「ティト、だめだよ」
 ボタンに伸ばされた小さな手が、一応それで引っ込む。サナがまた、心配そうな声を出す。
「ねえ、ユーリ。本当にわたし達二人だけで、大丈夫かしら。飛んでいる間、今みたいにティトがあちらこちらを触ってしまったら」
「大丈夫。目の前にある機器をどれだけ触ろうが、叩こうが、一切操作を受け付けないよう設定を済ませたから。ということでサナ、そろそろ覚悟を決めて欲しいんだけど」
「わ、分かったわ。でもちょっと待って」
 大きな深呼吸をする音が、三度響く。軽く気合を入れる仕草を施し、真ん中の操縦席に座る。並の精神力の持ち主なら、ここからまたしばらくはグズグズとした時間が必要となるが、サナは違った。
「さあ、飛ぶわよ、ティト」
「おう!」
 やたらと元気な声が返され、思わずサナの表情が緩む。それを見届けた上で、ユーリが声を放つ。
「では、これより離陸する。カウント開始」
『カウント開始します、一分前……50……40』
 数字が少なくなるにつれ、エンジン出力の高まる音が大きくなる。もっともそれは、現在の航法を得る前の時代、長く地球人の翼として活躍したジェットエンジンに比べれば、微々たる音なのだが。その経験を持たないサナ達にとっては、緊張をもたらす十分な要素だった。
 サナだけではなく、ティトもわずかながら表情を引き締める。淡々と、カウントする声だけが澱みなく続く。
『30……20……10、9、8』
「ユ、ユーリ?」
「大丈夫」
『7、6、5、4』
 スクリーンを通す形ではあるが、ユーリはしっかりとサナを見つめた。その青い瞳を見据え、そしてティトのチョコレート色の瞳をも見る。
「大丈夫」
『3、2、1、離陸』
 船内は全てウィンドウを閉じているため、それは言葉だけの変化であった。昇降速度は時速二十キロメートルという一番緩やかな設定のため、相当敏感な者ですら、負荷は感じない。しかし、何が起こっているのか。と言うよりも、ちゃんと起こったのかどうか、確信を持つことができない二人の小さなパイロットの不安をよそに、アリエスは動いていた。
 銀色の機体が、緩やかに海面から持ち上がる。水飛沫が海に降り落ち、光を撒き散らす。静かに、ゆっくりと。鳥が飛び立つような力強さとは異なる、ただ優雅さだけを示す姿で上を目指す。海の青から空の青へと背景を変え、機体が輝く。
 アリエスは、島の中央目指して飛び立った。

 

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第二十章(1)・3