蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十章 示される心(2)  
              第二十章・3へ
 
 

 エルカバット砲を撃つためには、発射口を開かなければならない。だが今それは、龍の巨体によって阻まれている。扉はスライド式だが、これだけ密着されていてはとても動かすことなど出来ない。やむなく、非常事態モードに切り替える。開閉扉ごと吹き飛ばす設定を組む。
 残る問題は、その威力。
 ユーリの表情が、さらに険しくなる。
 龍の体の強度を甘くみない方がいい。ただの生命体なら、一撃で粉砕するであろうが。例えば相手が、アリエスと同等の性能を誇る身体だとしたら。そんなモノに、アリエスは包まれているのだとしたら。一部のエネルギーは行き場を阻まれ、アリエス自身に跳ね返ってくるかもしれない。
「サナ……」
 龍を振り落とし、かつ船内に残る者の命を守る。その接点を必死で探すユーリの唇から、思わず息が漏れる。
「ティト……」
 諦めたわけでは、もちろんない。だが、突きつけられた事実が、100パーセントの不利を伝えるなか、絶対的な肯定を持つことは出来なかった。
 繰り返し、ユーリの口から二人の名が零れる。次第に弱く、縋るような、祈るような口調となる。
「これでは――ダメだ。サナ、ティト」
「――ユーリ」
 儚げな、弱々しい声が、ユーリにかけられた。絡められたその声の主の腕が、彼に救いをもたらす。
 ユーリは、目の前の状況を頭が理解するより先に、体を動かした。フェルーラを補助シートに固定し、自分は空いている操縦席に滑り込む。
「ユーリ!」
「ユーリ――フェルーラ!」
 突然現れたユーリ達に、ティトとサナが歓声にも似た声を上げる。今にも恐怖と不安で泣き出しそうな表情の二人に、もう大丈夫と答え、ユーリは操縦桿を握った。
「しっかり、椅子につかまっているんだよ」
 その声と同時に、アリエスを急発進させる。一気に高度20000メートルを目指す。
 これがエターナル号であれば、そのまま宇宙空間に飛び出すことが可能だ。そうなれば、いかなる怪力であろうと、どれほどの強度を持つ体であろうと、酸素を取り込みそれをエネルギーとする生物である以上、死は免れない。だが、残念ながらアリエスにその性能はない。空気密度が地上の数パーセントほどしかない成層圏に達してなお、機体に縋りつく龍を振りほどくには、やはりエルカバット砲を撃つしかない。
 アリエスに対する負荷の向きが、逆となる。急上昇から一転、急降下する。船内の重力調整装置が存分な働きを務めなければ、なおかつ、それぞれの体がしっかりとシートに固定されていなければ、全員フライトデッキの背面の壁に、叩き付けられていただろう。
 性能ぎりぎりの航行に、機体が震える。細かな振動が、アリエス全体を包む。それが功を奏したのか、龍の締め付ける力が緩む。
 これなら、いける。
 ユーリは素早くコンソールを操作した。エルカバット砲の出力設定を変更する。ぴったりと開閉扉を塞いでいた龍の体が、わずかにぶれたのだ。その機を逃さず、ユーリはアリエスを反転させた。腹を上に向ける形で、エルカバット砲の扉を開く。
 仮に、この時遠くセルトーバ山の頂で、あるいはセンロンの港より大海に乗り出した船の上から、グルームスランの海域方面を眺める者がいたとしたら。一本の光の柱が空を貫く様を、見ることが出来たかもしれない。
 波動が天を覆う。光と音が大気を乱す。龍の姿はもはやない。欠片すら残さず、それは熱となって消えた。
 アリエスを、定位置に戻す。船内の衝撃は、エルカバット砲よりもむしろ、機体を逆さにした方が大きかった。深く体が椅子に沈みこむことに、サナが安堵の息を零す。穏やかな静寂に包まれる船内で、小さな声を出す。
「で。結局何が、どうなったの?」
「うん」
 そう言ったきり、ユーリは黙り込んだ。
 事の次第を説明するのは、複雑過ぎた。特に、一瞬にして龍を消滅させたアリエスの武器について、語ることに困難を感じた。大き過ぎる破壊の力は、バランスを崩す元となる。強く確かな信頼すらも、揺らぐ危険を秘めている。
 もちろんアリエスに、それこそガーダに匹敵するような力が備わっていることを、隠し続けるつもりはない。一度も力を行使することなく、旅を終えるならそれもありだろうが。こうして使った以上、あるいはこれから先ガーダとの対決において必要に迫られる可能性を考えると、いずれは同志であるサナに、しっかりとした説明をしなければならないだろう。十分に言葉を選んで、じっくりと時間をかけて。アリエスの、つまりは自分達の持つ力に対し、理解を得なければならない。信じる信じないは別にして、自分達が何者であるかも明確に伝えなければならない。いかなる理由で、いかなる目的を持ってカルタスに来たのか。腹の中、心の内全てを、偽ることなく示さなければならない。
 その時は、近い。でも、今はまだ。
「――いいわ。分かったわ」
 静かな声で、それだけをサナが言う。ユーリは改めて、少女の聡明さに感服した。と同時に、先を越されたような思いを感じる。無条件での信頼を示す言葉に、とりあえずの一言を呟く。
「詳しいことは、後で必ず話すから」
「ええ、それでいいわ」
 笑みと共に、サナが声を返す。
「おいらも、いいぞ」
 意味のほとんどを理解せぬまま、ティトが会話に加わる。ようやく、ユーリの表情がほぐれる。
 だが、しかし。
「さて、後はどこに降りるかだけど」
 コンソールのモニターを睨みながら、ユーリが呟いた。問いかけるような眼差しを感じ、前面のスクリーンを部分的に開く。そこに、塔の沈む湖を映す。
「これが……天空塔。あっ、あれは何かしら?」
 大きな塔とは対照的な、小さな影を水面下に見出し、サナが声を出す。
「ヌンタル?」
「やっぱりそうか」
 スクリーンの画像を大きくしながら、ユーリが言う。
「レイナル・ガンを扱う以上、ただの生き物ではないと思っていたけど。あれが、ヌンタルなんだね」
「ええ、確かにヌンタルよ――って、ちょっと待って。レイナル・ガンて、どういうこと?」
「さあ、それは僕じゃなく、あのヌンタルにすべき質問だろうけど」
 軽い口調で返してみたものの、場の空気がそれで和むことはなかった。ヌンタルがレイナル・ガンを撃ちまくってくれたお陰で、助けられた部分も大いにあるが。そこに至る経緯によっては、安直に味方と考えることはできない。
 慎重に、アリエスを降下させる。様子を見る限り、何に対しても攻撃的な性質、というわけではないようだ。そのヌンタルを、驚かせぬよう側に降りなければならない。
 互いの心音を意識するほどまでに、緊張感を高めた船内で、ユーリはただひたすらに為すべきことに集中した。

 

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第二十章(2)・3