蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十一章 天空塔(1)  
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 <天空塔>

      一  

 朝日を浴び、輝く湖水に負けじと銀色の機体を煌かせ、着水しているアリエス。その奥に視線を伸ばせば、水中に、深い塔の陰影を認めることができる。岸辺に立ち、それらを一目で見据えたテッドが、大きく溜息をつく。
「こいつはまた……随分と厄介なことで」
「あなたの単独行動がなければ、少なくともここに辿りつくまでの行程は、もっと楽だったはずですけど?」
「まあ、いいじゃねえか。少々回り道をしたお陰で、あんなにたくさんのお友達が出来たわけだし」
 テッドの視線が、塔の影から対面の水際に移る。遠巻きに浮かぶ、優に百を超える鱗頭を、ミクも見渡し吐息を零す。傍らでユーリが小さく肩をすくめる。
 フパックプフという名のヌンタルによって、テッドとミクにパルコムを届けることに成功したユーリ達は、直ぐに二人の救出のためオフトファー島に向かった。指示された北東部の断崖にアリエスを回す。ちょうど大人二人ほどが並んで立てるくらいの穴を、海抜三十メートル地点に確認し、機体を横付けする。パルコムにてミク達から第一報をもらった地点からここまでは、約二キロメートルほどであったが。荒い息と共にリアルタイムで状況を伝えてくるテッドによると、脱出口までの道のりはかなりの急坂であったらしい。
 結局、到着から二時間ほどを経て、めでたく二人を回収する。コックピット内に姿を見せたテッドとミクに、サナが心底からの安堵を示す笑みを浮かべる。すでに、通常の就寝時間を過ぎたティトが、普段に増してはしゃぐのを横目で見ながら、ユーリは天空塔の発見について、ここで初めて二人に告げた。
 テッドとミクの顔に、驚きと喜びと焦る気持ちとが、一気に吹き出る。だが、それでも濃い疲労の色を消し去るには至らない。全員一致で、塔の探索を翌日に持ち越すことに決める。ただし、朝一番から作業に入れるよう、今日中にウクット島までアリエスは取って返すこととなった。そしてその選択が、ある美しい光景に出くわす幸運を、ユーリ達にもたらす。
 北緯十七度から二十八度に渡って広がるエベッテ諸島は、例えばアルビアナ大陸のキーナス、ユジュール大陸のウル国などに比べ、季節が単純だ。それでも風の向き、海の色、彼らに恵みをもたらす魚の群れなど、島の人々にとっては、時の大きな流れを感じ取る出来事がある。そしてその日、オフトファー島とウクット島の、ちょうど中間地点にあたるオルオロッパ島に建てられた小さな物見櫓で、一人の島民が沖合いにあるものを発見した。
 海の彼方が銀白色に煌く。沢山のマセ鳥が、その上空を覆う。一年に一度、ジナマ海流に乗って訪れるソムタヌの群れに、島が俄かに活気付く。男達の乗った小船が、我先にと争いながら沖に漕ぎ出る。半時も経たないうちに、舟がソムタヌの重みで軋みだす。例年と変わらぬ豊漁に、誰の顔にも笑みが浮かぶ、その喜びに高揚した気持ちは、浜に戻り、夜を迎えても静まることはない。いつも通り、自然と祭りが始まる。
「アズライヤの祭って、言うらしいわ」
 スクリーンに外の景色が映し出されているにも関わらず、サナが落ち着いた声で言った。もっとも、外界はすっぽり夜の闇に包まれているので、地上との距離感は全くつかめない。ただ、上質の黒いビロードを広げたかのような背景に、やや黄色味を帯びた幾つもの小さな光が、仄かに瞬くのが見えるだけだ。
 サナの説明によると、それらの光は、島民達が各自一つずつ持つ灯火とのことだった。老若男女、立って歩くことの出来る者は、全てこの光の祭に参加するらしい。ちなみに、明かりの印象がどこか儚く柔らかなのは、その質が関係している。たいまつのような豪勢なものではなく、スグクという木の実を搾って固めた、いわば蝋燭のようなもので出来ているらしい。
 海の神に向けて放たれる、控えめでささやかな灯火。今日の大漁を、その結果、自分達の命があることへの感謝。言い伝えでは、神も毎年この日を楽しみにしているそうだ。一夜をかけて、ゆっくりと島に灯った明かりの数を数える。それだけの命があることに、神も喜ぶ。
 そう聞かされると不思議なもので、一つ一つの光が、本当に命の煌きを宿しているかのようにユーリは思えた。たまらなく、その光が愛しい。神ではなくとも、そっと手を伸ばし、大切に包みたい気持ちになる。ほんの少しの風で吹き消えてしまいそうな光を、守りたくなる。
 一つ、一つ。数を数えながら。
 一つ、一つ。その存在に喜びを持って。

 
 
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