蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十二章 命ある星の下で(2)  
             
 
 

「仮にこれが第二の脳であるとするなら、一つ疑問があります。第一との連携はどうなっているのですか? 右脳と左脳を繋ぐ脳幹と同じ性質のものが、脊髄の中を通っているとでも? それともこの二つの脳は、互いに別の役割を果たしているのでしょうか? だとしても、やはり」
「必要だよな。両方を繋ぐ神経核が。最初から二つの脳を持っているのが、エルフィンの姿であるとするなら」
「それって」
 含みを持たせたテッドの言葉に、ユーリが反応する。
「もう一方は、後付されたってこと? この状態が本来の姿ではないってことは、そういう意味になるよね」
「正解」
 軽く両手を打ち合わせながら、テッドが言う。
「組織検査をした結果、遺伝子に違いがあることが判明した。もっとも、大部分のところで一致をみたから、赤の他人のものというわけではなさそうだがな。まあ、その辺は追い追い詳しく調べるとして。この検査のお陰で、一つ興味深いことが分かったんだ。これを見てくれ」
 画像が全て消される。次に表示されたのは、いくつもの数字と記号の羅列。これが数世紀ほど前なら、専門外の人間にとっては何が何だかの代物だが。今の時代、こうしたDNAマップは、ごく常識的な知識の範囲内だ。
 まだ研究が始まって間もない頃の遺伝子マップは、ただ単に、特定の遺伝子がどの染色体のどこに存在するかを、示すだけのものであった。しかし現代では、その役割ごとにブロック整理された、様々なマップが存在する。特にガン遺伝子マップに代表されるように、医療関係のマップは、それこそ病気の数と同じだけ多種多様に存在し、さすがにこの分野を一般人が網羅することには無理があったが。今、ユーリ達に示されたものはそういう類のものではなく、分野的には人類学に属するマップであった。
 画像に表示されたDNAマップは、全部で四つ。それがいかなる生物かを示すブロックAのデータから、並べられたマップは全て人であることが分かる。そこからその人物の性別、外見的特長を示すBブロックに目をやると、肌の色から目や髪の色、顔かたちの特徴まで詳しく理解が可能だ。そして、それらのデータに加え、他幾つかの関連のある遺伝子を分析した結果、これら四人の人物の関連性が最後に記されている。血縁関係であるかないか、遺伝的にいかなる人類集団に属するかなどが明確に記されて、
 ――いるはずなのに。
 身を乗り出し、食い入るようにユーリが画面を見る。
 二人、所属人類集団が『推定』となっているのは、どういう訳だろう? この赤く点滅しているデータ部分は、一体――、
「どういうことです?」
 ユーリの疑問を、またもミクが先んじて音にする。
「データに欠損があるならともかく、全て揃っている状態で確定できないのは何故です? 赤く示されている不一致部分は、ごくわずかですし。パーセンテージ的には、判定可能なのでは?」
「確かに、98・635パーセントの一致となれば、『確定』判定となるのが普通だ。ただし、地球人の場合に限るがな」
「そ……それは」
 ミクの目が、驚きで膨らむ。
「この二人のデータは、地球人ではないと? ここまでの数値を出しながら?」
 冴えたグリーンの瞳に、光が映り込む。同じ点滅をユーリも見つめる。
 このDNA解析プログラムは、少なくとも我が地球において、最先端に位置づけられる科学医療知識に基づくものだ。そのプログラムが、カルタスの人間に対して、『推定』ではあるが、地球における幾つかの人類集団に含まれると結論を出した。彼らを地球人として認めた上で、分析を進めた。それだけ、あらゆる部分が同じであったと言えるわけだが、正直この結果には驚いた。
 確かに外見で述べるならば、例えば地球上にて、海を挟んで他の大陸の人間を見るような、そんな共通点をカルタスの人間に対して思うことができた。宇宙という海を介しながらも、その根源部分で、地球とカルタスは繋がっているように思えた。しかし、命の源である地球の海と、無なる宇宙空間では本質的に違いがある。単に距離だけの問題ではなく、隔たりは後者の方が遥かに大きい。いや、隔たりというよりは、断絶に近い感覚が宇宙にはある。宇宙空間という虚空を飛び越えて、命が連なっていったとは考えにくい。全く異なる場所で同時多発的に、非常に酷似した命の形態が育まれていった――というのも、随分と奇跡的な話だが。まだこちらの方が可能性が高いように、ユーリ達は思っていた。DNA解析をすれば、きっとそう示されるであろうと、考えていた。
 なのに。
 ユーリは幾つかの赤い点滅を含む、Dブロックのデータを見た。

 
 
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  第二十二章(2)・2