蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十二章 命ある星の下で(2)  
             
 
 

 DNAは、単にその生物の構造を表すものではない。遺伝という言葉が示すように、生命体、ひいてはその環境全てを加味した、進化の歴史でもある。地球における全ての出来事が、一本の線としてそこに刻まれているのだ。
 例を挙げるとすれば、人と類人猿。両者のDNAの塩基配列を比較し、さらに化石などから年代を割り出せば、分岐した時期がいつなのかを特定することが可能だ。もちろんこれは類人猿同士、チンパンジーとゴリラ、あるいはオラウータンといったものの間における関係にも当てはまる。歴史を先に進めば人の進化の道筋が、逆に遡れば、生物全体の進化の過程が。まるでパズルを組み立てるごとく、明らかとなる。
 残念ながら現在において、地球の進化パズルは完成をみていない。ごくわずかではあるが、未だミッシング・ピースが残っている。しかしだからと言って、パズルの全容が否定されるわけではない。進化の大筋は、すでに明白となっている。脈々と続いた多種多様な生命が、互いに密接に関係しながら今に至った事実が。命だけではなく地球自身の活動、地殻変動などとも深い関わりを持っていたことが、しっかりとDNAには残っている。
 その地球の人間と、ほぼ同じDNAを持つということは、無限とも思えるそれら全ての進化における出来事が、一致しなければならない。同じことが全て、カルタスでも起こらなければならない。
「……あり得ない」
 呟きが、ユーリの唇から漏れる。
「あり得るためには、僕らとカルタス人とが同一でなければならない。どちらかがどちらかの、祖であると考えるしか」
「あるいは」
 肩をすくめながらテッドが声を出す。
「共通の祖を持つ者同士とか」
「共通の祖?」
「どっちかってーと、その方がしっくり来るんじゃないか? もっとも、いずれの場合も、移動手段は方舟であったことが条件となるが」
「つまりそれは」
 ミクの片眉が、冷ややかに上がる。
「人のみならず他の生命体も、それこそ目に見えぬ病原菌に至るまで、ノアが運んだと?」
「そう仮説を立てるためには、まず、カルタスのあらゆる生物を調べる必要があるな。とはいえそれは、俺達が為すべきことではない。生物学、遺伝子学、地質学に考古学。どの分野になるにせよ、学者様のお仕事だ。データを集めるくらいなら、手伝ってやってもいいが。少なくとも今、俺達がすることではない」
 その言葉に、皆の顔が一瞬翳り、引き締まる。ユーリが静かに呟く。
「そのこと……なんだけど。一度、訪ねてみようと思うんだ。ビルムンタルの沼に住むガーダを」
「ガーダを?」
 苦々しい表情を施し、テッドが唸る。
「あのガーダの所に行って、一体何がどうなるって――」
「実は私も」
 テッドの言葉を遮りながら、ミクが言う。
「ユーリと同じことを考えていました。正直、こちらはもう打つ手がありません。今までに訪れた四つの塔での出来事、それにフェルーラの過去の記憶――もっともこれは記憶などではなく、単なる認識なのかもしれませんが」
「認識って、どういう意味だ?」
「記憶だとすると、フェルーラは何千年もの時を生きたことになるから」
 テッドの問いに、ユーリが答える。
「セルトーバ山の、あの不思議な結界の中でなら、それも全く不可能ではないように思うけど。そうじゃないとすると、単に知識としての過去を振り返っただけなのかもしれない。ただ、僕は」
 ユーリの目が一度伏せられ、そして開く。ミクとテッドを真っ直ぐに見据えながら、声を放つ。
「そこに、間違いがあるとは思っていない。欠片も、微塵ほども、事実と狂いはないように感じている」
「ええ」
 柔らかく息を含みながら、ミクが頷く。
「その見解のもとで、私もサナも動いています。フェルーラがユーリに見せた過去の出来事をもとに、もう一度資料をくまなく調べ直して。ただ残念ながら、今のところ成果は出ていません。作業がこのまま、膠着化する恐れもあります。よって、歴史書をひもとく以外にも方法があるのなら、試してみるべきではないかと」
「その行き着いた先が、あのガーダってか?」
 半ば吐き捨てるように、テッドが言う。
「謎かけをした張本人に、答えを聞くってか? それは無理だって、前に結論付けたんじゃなかったか?」
「あの時と今とでは、状況が違います。何もせず、ただ頼るわけでは」
「四つまで塔は見つけたから、ご褒美に五つ目を教えてくれってか? そんな要求を奴がのむと思うのか? 何より」
 眉間に深く皺を寄せながら、テッドが呻く。
「あいつが、あの時のままだっていう保障は? 味方――とまではいかなくても、絶対に俺達の敵ではないと、断言できるのか?」
「それは……」
 珍しく、ミクが言葉に詰まる。その姿を見て、テッドが大きく横に首を振る。

 
 
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