蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十二章 命ある星の下で(2)  
          第二十二章・1へ
 
 
 

 

      二  

 ユーリの顔に、淡く青い光が影を落とす。
 モニターに、次々と映し出される映像が、フェルーラの心臓であることは直ぐに理解出来たが。そこにいかなる疾患が隠れているのかまでは分からない。もちろん、これは彼だけの問題ではなくミクも同様で、漠然と瞳に画像を映しながら、プロによる詳細な解説を待っているというのが、今の状態だ。全部で三十二画像。角度を変え、倍率を変え、全て並んだところで、おもむろにそのプロの口が開く。
「この画像が、一番良く分かると思うんだが」
 テッドの声を受け、ユーリとミクの視線が一方向に定められる。フェルーラの心臓を右後ろから捉えた映像に、テッドが手元のパネルを用いて操作を施す。手にしたペンを動かすことで、画像に白や黄色の線や文字が、書き加えられていく。
「このちょうど裏側、ここが大きく膨れている。正常な心臓の場合は、黄色で示したラインを辿ることになるが。血圧が正常値であること、心臓の弁の開閉にも問題がないこと、左心室の壁の肥厚が一様ではないなどを踏まえ、肥大型心筋症と診断をしたんだが。ちょっとこっちの方を見てくれ」
 映像が切り替わる。小さく15と数字が付けられた画像が大きくなる。通常より厚みのある心臓の壁が、拡大される。
「ちと分かりにくいかもしれないが。ここから何本もの細かい筋が、伸びているのが見えるだろう? それがまるでツタのように、冠動脈にへばり付いている」
 言われた部分に、目を凝らす。確かにテッドの説明通り、膨れたところから幾筋もの線が伸びており、心臓の規則的なポンプ活動を支える直径3ミリほどの血管に、螺旋を描くようにして絡み付いている。画像の倍率からすると太さは約10ミクロン、毛細血管程度となるが、果たしてその機能の方は――。
「それで、この筋の役割は?」
 ユーリの心を代弁するかのように、ミクが声を出す。
「見た目通りと考えていいのでしょうか」
「ああ、そう思ってもらって構わない。管の中は血の通り道となっている。そしてそれは、この分厚くなっている部分へと流れ込んでいる。つまり」
 画面がまた切り替わる。写真をもとに、フェルーラの心臓を三次元化した模型映像が映し出される。薄い赤で色づけされた、厚くなった壁を示しながらテッドが言う。
「この部分は、独立する形で存在している。元の心臓が肥大化したというより、余計なものが癒着したために巨大化したと判断するのが自然だろう。第二の心臓とでも言うべきものが」
「しかし――そうなると」
 ミクが画像を直接指差す。
「二つ目の心臓は、その名が示す役目を負っていないのでは? この図を見る限り、全ての血管は冠動脈に絡み付いており、大動脈とは直接繋がっていない。構造的にも、心臓とは随分異なるようですし。正直、第二の心臓という表現は、適切なものとは思えません」
「おっしゃる通り」
 少しおどけた口調でテッドが返す。
「ぴったりと心臓と一体化しているが、こいつに血液を全身に送り出す力はない。かといって、他の内臓類の働きをしているわけでもない。呼吸器、消火器、泌尿器、どれも違う」
「それは、つまり」
 ようやくユーリが口を開く。
「この臓器は、何の役目も持っていないってこと? ただ、心筋に酸素を供給する動脈から血液を拝借し、寄生するように生きているだけの存在ってこと?」
「と、俺も最初は思ったんだがな。今度はこっちの画像を見てくれ。一番下のところから、少し太い筋が一本伸びているのが分かるだろう。これだけ、別のところに繋がっている。自分と同じ役目を果たすものと、合流している。すなわち」
 手元のパネルの上で、ぎゅっとテッドがペンを動かした。白く太い線が示す部分を見て、ミクとユーリが同時に声を出す。
「――脊髄?」
「そうだ」
「ということは」
「そうだ」
 静かにテッドが頷く。
「こいつは第二の心臓なんかじゃない。第二の脳だ」
 沈黙が、部屋を支配する。しばしの間を置いて、ミクの冷静な声が響く。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第二十二章(2)・1