エレノア(ロイ&モイラ・シリーズ2)                  
 
  第四章 モイラの憂鬱  
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「お金の出所が、夫人かどうかまでは突き止めていないんだけど。ここ一年の間に、何回か、レジェッタの口座に給料とは別のお金が振り込まれているの。もちろん株とか、保険とか。そういうのじゃなくてね」
「総額は?」
「ちょうど彼女の月給の三倍」
「微妙だね」
「確かに大金とは言い難いわね」
「で、そのお金をギャンブルに?」
「いいえ。お金はそのまま口座に残っているわ」
「つまり……給料の前借りか、あるいは言葉巧みに無心したのか。とにかく小金を夫人から引き出し、そこそこ溜めることができた。で、今度はそれを使う時間が必要となった。暇を願い出たけど許可が下りない。辞めるとなると、金を返さなくてはならない。そこで彼女は考えた」
 ロイは、疲れたように深く椅子に沈みながら、首を振った。
「やっぱり弱いよ、動機として。それ以前に、まずその金が、確かに夫人のところから出ているかを突き止めるのが先だ」
「その通り」
 モイラが笑った。
「じゃ、そこのところ、よろしく」
 その明るく強い物言いに、ロイは一瞬つられるような微笑を口元に施した。そして頷く。
「ああ」
 そのままパソコンを閉じようとして止まる。画面の端にあるデータの一つに引っ掛かりを覚え、呟く。
「セリンジャー病院、精神科……」
「ああ、それね」
 すかさずモイラが反応する。
「夫人には、五年ほど前に通院歴があるの。軽い鬱症状があったみたいなんだけど」
 さらに詳しいデータが画面に流れる。日付、処方された薬、担当医、等々。
「一応全部目を通してみたけど、御覧の通り、特におかしなところはなかったわよ」
 画面の端のモイラが、ロイを見つめる。
「何か、引っ掛かることでも?」
「いや」
 ロイは首を振った。
「ただ、病院の名前がね。どこかで聞いたような気がして」
「夫人の口から?」
「違う。もっと前だ」
「例えば」
 モイラがキーボードを叩く。
「医療事故の報告は、十二年前に、一度あるわね。六年前にはデータ流出事件も起きてるわ。患者ではなく、雇用している看護師のデータの一部だったみたいだけど。他には、患者、もしくは医師が、何らかの事故、事件に絡むような――おっと、これは結構出てきたわね。でも、ほとんどが駐車違反のようだけど」
「……時間」
「えっ?」
「そろそろ行かなきゃ」
「ああ」
 モイラはデータから画面の隅のロイに目を移した。生気のない、蒼ざめた顔にまた眉をひそめる。
「ロイ、ねえ、本当に――」
「大丈夫だよ」
 無理に作ったような笑顔を見せる小さなロイに、モイラは唇を噛んだ。そして一言呟く。
「ベルネット」
「ん?」
「そのまま、ONにしておいて」
「してもいいけど」
 ロイは胸ポケットの中のベルネットを、確かめるように覗き込んだ。
「どのみち、館の周辺では切るよ。迂闊に電波を飛ばして、もし犯人がそれをキャッチしたら」
「分かってるわ」
 少し不機嫌な声を出しながら、モイラは髪を掻き揚げた。
「それでも今は、ONにしておいて。館に着くまで」
 真摯な声だった。黒い瞳に宿る光も、同じだ。
「分かったよ」
 ロイの口元が、緩やかな弓形となる。少しだけ、自分の見知ったロイが戻ってきたような気がして、モイラはにっこりと笑った。
「じゃ、気をつけて」
「ああ」
 背後で、小さく空気が揺らぐ。テーブルの上に置かれた、滑らかな銀色の花瓶に、歪んだ影が浮かぶ。心持ち、肩を落としたようなロイの後姿。その朧な影が消えるまで見送ると、モイラはこの後の段取りに思いを巡らせた。
 まず、所長に連絡をいれる。そして、ロイとの交代を申し入れる。もし、夫人が断ってきたら、その時は、依頼そのものを降りる。仮にそれで減俸となろうが、クビになろうが、断行する。
「よし」
 モイラは小さく呟くと、所長に連絡すべく、パソコンの画面を切り替えようとした。と、その手が止まる。食い入るように、画面の一点を見つめる。
 ほんのしばらくの間、モイラはその格好のまま固まった。しかし、その状態から解放されると、彼女は凄まじい勢いでキーボードを叩いた。

 

     
 
 
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  第四章・3