「なんで君は、僕と」
――同じ言葉を話すんだ?
僕はまたしても後半の言葉を呑みこんだ。未来が分かる。これから起きることが分かる。だから僕と同じ言葉を彼女は――。
「そういうことか」
綺麗に僕とハモリながら、彼女が言った。そしてさらに、言葉を紡ぐ。
「そういうこと」
「そうか」
僕は小さくそう答えた。そしてイメージした。これから起きることが分かる。はっきりと未来を知ることができる。将来に迷いも不安もない、そんな世界を――。
「でも、それほど羨ましがるほどのものでもないわ」
僕の心を見透かすかのように、彼女は言った。
「わたし達、未来は見えるけど、その代わり過去は見えない。今から起こることは分かるけど、起こってしまったことはたちどころに消えていく。あなた達の世界にはあるでしょう? 想い出というものが」
「あるけど……君達にはないの?」
「ないわ。わたし達には、過去を記憶するというメカニズムがないの。だから過去のことは何も分からない、何も知らない。過去と未来の違いだけで、似たようなものね」
「そう――か」
あまり納得しないまま、僕はそう返事した。やっぱり未来が見える方が、得なような気がする。だが、それ以前に、今一つ仕組みが理解できない。過去が消えるという感覚がよく分からない。そんな状態で、そもそも会話なんてできないんじゃないか?
「仕組みは簡単よ」
また、見透かしたように、彼女が言葉を放った。
「消えるといっても、ある程度予想はできる。あなた達が過去に積み上げてきた経験に基づいて、未来を予想するのと同じ方法で。わたし達は未来に起こることから、過去に何があったかを予想する。ましてや、今の瞬間に近いことなら簡単。それほど不思議なことではないでしょう?」
「でも、でも……」
僕は反論した。
「じゃあ言葉自体は? 学習して、覚えて……いろんなことを記憶して――」
「記憶は」
またしても、僕の言葉に被さるように、彼女の言葉が重ねられた。
「記憶は未来を見て行うの、わたし達は」
「未来を見て? 君達はこれから起こること全てを、一瞬で記憶するっていうこと?」
「じゃあ、あなたは、過去に起こったこと全てを覚えているの? 記憶しているの?」
「それは……無理だ」
そんなことができるくらいなら、受験で頭を悩ますことなんてないよ――という続きの言葉を、僕は心の中で呟いた。
「わたし達も、未来の全てを記憶するのは無理。見える分だけ。今ここに立って、見える分だけが記憶の全て。あなた達もそうでしょう? 今ここに立って、見える過去だけが、記憶の全て」
「なら、もう一つ質問。だったら――」
「それはそうだけど」
ついに彼女は、僕の言葉を待たずに話し出した。
「確かにわたし達の世界では、年をとればとるほど、未来は少なくなるわ。反対に、生まれたばかりの子供の未来は長い。でも赤ん坊が、より多くの記憶を持ってるわけではないわ。脳の発達がまだ未熟ですもの。未来を見る力が足りない。逆に、あなた達の世界のお年寄りにも似たことが言えると思うけど。過去はたくさんあっても、それら全てを記憶する力が、もうあまりないでしょう? 過去にしろ未来にしろ、記憶する、見る力が十分にあるのは、今のわたし達のように、限られた年代だと言えるわね」
「…………」
結局、僕はうつむいて、また黙り込んだ。限られた年代――という言葉だけが、やけに記憶に残ったが、後はさっぱり分からなかった。だが、わざわざ説明してくれたのに、このままじゃ悪い気がして、とにかく顔を上げて何かを言おうとした。
「あっ」
僕は小さく叫んだ。
「色が――」
「時間ね」
そう言った彼女の姿から、みるみる輝きが消えていく。艶がなくなり、全体的にくすんでいく。代わりに、彼女の周りの景色が、少しずつ染み出すように色を戻していく。事態を把握した僕は、慌てて尋ねた。
「今度――今度、いつ会える?」
なんだか自分でも凄くマヌケな感じがしたが、どうしてもそれが聞きたかったのだからしょうがない。
「もし会えるなら、君には分かるんだよね。だから――」
「会えるわ」
墨絵のような色彩の彼女が、僕の言葉に重ねてそう言った。そして微笑んだ。
「今度は――」
だが、その後の言葉を発する前に、彼女は粗いグレーの粒子となり、やがて跡形もなく消えてしまった。
風。木々のざわめき。黄金の葉。
鮮やかな美しい景色の中、僕はしばらく呆然と立ち尽くしていた。ただ、立ち竦んでいた。一瞬、何かが見えたような気がした未来は、再び闇の中へと姿を隠した。