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6.藩士の規範-(1)家訓(かきん)15ヶ条

会津松平藩には藩祖保科正之が、寛文8年(1668)に定めた十五か条の家訓がありました。会津藩では、毎年正月、儒臣に命じて家訓を読ませ、君臣座を下りて拝聴したそうで、「会津藩独特の藩風をつくる基」(『近世会津史の研究・上』)となりました。

特に、第1条「大君の義、一心大切に忠勤に存ずべく、列国の例をもって自ら処するべからず。若し二心を懐かば則ち我子孫にあらず、面々決して従うべからず」は、会津藩を、他藩がどうあろうと、将軍家に忠義をつくす藩だと位置づけたもので、二心を抱く藩主には子孫としての資格はなく、従ってはならないとまで言い切る峻烈なものになっています。(第一条については、将軍家への忠誠を強調するだけでなく、「もし幕府が皇室に対して不忠不義をなすごとき場合、決して従うべきでない見解を含む深意があるとみるべきであろう」(同)との解釈もあります)。

第14条の「社倉」は窮民救済のための貸籾備蓄制度のことで、日本では会津藩が最初に施行しています。わざわざ家訓に一条を設けていることからも、藩政における社倉の重要性が伺えると思います。(関連:10.農政(3)貧農・窮民対策

(1)家訓 (2)六科糾則の令 (3) 軍令・軍禁



家訓
一、曰く、 大君之儀 一心大切可存忠勤 不可以列国之例自処 焉若懐二心則非我子孫 面々決而不可従 (大君の義、一心大切に忠勤に存ずべく、列国の例をもって自ら処するべからず。若し二心を懐かば則ち我子孫にあらず、面々決して従うべからず)
二 曰く、 武備不可怠 選士可為本 上下之分不可乱(武備は怠るべからず、士を選ぶに本とすべし。上下の分を乱すべからず)
三 曰く、 可敬兄愛弟 (兄を敬い弟を愛すべし)
四 曰く、 婦人女子之言 一切不可聞 (婦人女子の言、一切聞くべからず)
五 曰く、 可重主畏法 (主を重んじ法を畏るべし)
六 曰く、 家中可励風儀 (家中風儀を励むべし)
七 曰く、 不可行賄求媚 (賄を行い媚を求むべからず)
八 曰く、 面々不可依怙贔屓 (面々依怙贔屓(えこひいき)すべからず
九 曰く、 選士不可取辟便佞者 (士を選ぶに便辟便侫(べんぺきべんねい)の者を取るべからず)
十 曰く、 賞罰家老之外不可参知之 若有出位者可厳格之 (賞罰は家老の外これに参知すべからず。若し位を出ずる者あらば、これを厳格にすべし
十一 曰く、 不可使近侍者告人之善悪 近侍の者をして人の善悪を告げしむべからず
十二 曰く、 政事不可以利害枉道理 僉議不可挟私意拒人言 不蔵所思可以争之 雖甚相争不可介于我意 (政事は利害をもって道理を枉げるべからず。詮議は私意を鋏み人言を拒ぐべからず。思う所を蔵せず、もってこれを争うべし。甚だ相争うといえども、我意をここに介すべからず)
十三 曰く、 犯法者不可宥 (法を犯す者ゆるすべからず)
十四 曰く、 社倉為民置之 為永利者也 歳饑則可発出済之 不可他用之 (社倉は民のためにこれを置く。永利のためのものなり。歳餓、則発出して、これをすくうべし。これを他用すべからず)
十五 曰く、 若失其志好遊楽致驕奢使士民失其所即何面目戴封印領土地哉必上表可蟄居 (若しその志を失い、遊楽を好み、驕奢を致し、士民をしてその所を失わしめば、則ち何の面目あって封印を戴き、土地を領せんや、必ず上表蟄居すべし)
右十五件之旨堅相守之以往可以申伝同職者也

<出典>:『会津松平家譜』

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