陽射はもう随分強くなって来た。然し風は未だきびしく体を吹き抜けてゆくように感じるが、日だまりに入るととても暖かい。 祖父はふきのとう味噌が好きであった。季節が来ると母がよく祖父のために作ってあげた。ふきのとうをミジンにきざんで、味を付けた味噌と煮ながら和えるのである。ほろにがい味に野趣があって、うまいのであらうが子供の自分の私には、とても箸がつけられなかった。 蕗の苔は土をもたげて、出始めたなと思っている内に急に中から花が出て開いてしまう。ほんの短い期間しか賞味できない。或は保存食としてしばらく食べられるのかも知れない。この蕗の苔を母ととりに行った事がある。 杉の木立と真竹がうっそうと繁った、古い城跡である。空ぼりの続きに小さな池があった。昔城を攻められた時城のお姫様が敵の矢で片眼をい抜かれてこの池でかなしく落命したとか、その後この池の魚は片目のばかりであると云ふ伝説がある。それがあらぬか一番低いところにあって、辺りはとても陰気である。池の面では夏は菱の葉に覆はれイモリが沢山に住んでいた。その池の東側の傾斜地に蕗の苔が落葉をもたげて、淡緑色の丸い苺が、わずかに出始めている。掌へ乗せてふっくらとしたやわらかい触感は、本当にほほえましい。 その後も一度祖父が喜ぶであろうと思い、一人で採りに来た覚えがある。 |
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