[AM10:30 若駒寮・長瀬健一の部屋]
再びコントローラーを手にし、今日2度めのプレイを始めた頃、ドアがノックされた。
……誰だ、こんなときに。
俺は、これを選択肢と解釈して、ちょっと考えてみた。
ドアを開けて、来訪者を迎え入れる。
そのまま無視する。
……俺は後者を選択した。
どうせ、来たといっても片山あたりだ。
今は誰とも話したくない……。
だが。
「……長瀬? いないのか?」
「篠崎!」
そのあまりにも意外な声に、俺はつい反応してしまった。
……仕方ない、こうなったら開けてやるしかない。
コントローラーを置いてドアに向かいながら俺は、これが「違う選択肢を押したのに結果が同じ」ということになるのだろうか、と考えた。
そして、違うだろうと思った。
俺がすぐ出なかったことは、きっと篠崎の心に何らかの形で残る。それがやがて、少しずつでもこの世界の行く末を変えていくのだ。
おそらく、好ましくはない方向に。
俺は、外にいた紛れもない篠崎を部屋に通すと、またゲームに戻った。顔を合わせるのは久しぶりになるが、俺たちの場合、そんなことを口に出して言い合ったりはしない。
「……どうした、珍しいこともあるもんだな」
代わりに、口だけで聞いてやる。
篠崎は同期4人の中で唯一この寮ではなく所属厩舎に住んでいて、さらに滅多なことでは他人の部屋を訪れたりしないやつだ。この「他人に対する消極性」が俺に似ていると評する連中もいるが、どうだか。
「ちょっと、相談したいことがあって」
「相談?」
なんでそんなのが俺にまわってくるんだ。干渉大好きの桂木でも頼ればいいのに。
「実は、ちょっとしたきっかけで、東屋先生に『誰かを誘って遊びに行ってこい』って命じられたんだ」
「遊びに……? 妙な命令だな」
篠崎の師匠の東屋雄一先生は、この美浦トレセンでも有名な変わり者かつワンマン調教師で、そのやり方に納得がいかず自ら厩舎を出た弟子は、騎手スタッフ合わせて5人は下らないと言われている。妙なことに、篠崎とは相性がいいようだが。
「先生に言わせると、ぼくは他人に無関心すぎるんだって。だから、今日はぼくの方から遊びに誘って出かけてこいって。ぼくへの試練らしい」
「それで、俺を誘いに来たってわけか……」
俺は、コントローラーを置いて篠崎の方へ向き直った。……やつは、なぜかカメラを持っていた。
「……あ、これは東屋先生が貸してくれたんだ。行った先で証明写真を撮ってこいってさ」
俺の視線を追ってやつは答えたが、俺の頭は、すでにそれとは別のことを考えていた。
……まいったな。
当然、俺はこいつの誘いを受けるわけにいかない。パーティーの先約があるからだ。しかも、同じ理由で桂木や片山に振ることもできないし、片山が妙な演出を考えてくれたおかげで、事情をこいつに話すことさえできない。第一、同行者がどこのどいつであれ、今日こいつを出かけさせちまったらすべてが水の泡なのだ。
パーティー参加を「遊び」と解釈させようとしても、それでは「篠崎がみんなを誘った」ことにはならない。いっそのこと、ここで1枚写真を撮って「長瀬の部屋でゲームをやってきた」と言わせたらどうかとも考えたが、そんな安易な方法で納得するような東屋先生ではないだろう……。
「とにかく、そういうことだから、ゲーセンにでもつきあってくれないかな」
「……それなんだが」
タイミングよく、俺の頭はいい解決法を思いついた。
「俺が思うに、お前は他人に無関心でも何でもない。単に、関わるための手段がわからないだけだ。そうだろう?」
「あ……ああ、そうかな」
「だから、これからすぐ厩舎へ帰って、東屋先生にそう言って反抗したらどうだ?」
「え、でも……」
篠崎はためらっている。無理もない、あの東屋先生だからな。
だが、これはやつの分岐点なのだ。俺は、何としてでもやつに「納得」の選択肢を選ばせなくてはならない。
「お前に必要なのは、形だけの仲間と遊ぶことじゃないはずだ。自分の現状を知って、いい方へと導くこと。それを、東屋先生にもわからせてやれ」
「……わかった」
篠崎が生返事をしたとき、俺の携帯が鳴り出した。
「あ……じゃあ、ぼくはこれで。ありがとう」
それに追われるように、篠崎は慌てて部屋を出ていった。