[AM11:30 五十嵐雅生厩舎・大仲部屋]
30分後。
私は五十嵐厩舎の大仲部屋の台所で、得意の「豚汁」を作っていた。夏に食べるようなものじゃないかもしれないけど、これが一番厩舎のみんなに受けがよくて、いつしか私の担当日は「豚汁の日」となっていた。
もうすぐできる。お鍋の中には豚肉、ネギ、ダイコン、ゴボウ、ニンジン……そして、それとは別に、星形に抜いたニンジンをただひとつ。
これは、私が毎回やっている遊びだった。これを誰が引き当てるかで、結構みんな楽しんでくれるのだ。当たった人は1週間以内にいいことがある、なんて盛り上がってくれるみんなを見ていると、自分が幸せを運ぶ女神様にでもなったみたいで、ちょっぴり嬉しい。
でも……。
こうしてひとつの星が水中を漂っている姿は、あの日を鮮明に思い起こさせる。この厩舎では私しか知らない、せつない想い出。
それなら星はやめてハート形にでもすればいいのかもしれないけど、やはり「願いをかけ、幸せを運ぶ」イメージは星しかない。つまりのところ、私は今でも星にこだわり続けているわけだ。
……かつて、私は自分だけの「星」を持っていた。
自分のために、そして篠崎くんのために、多くの願いをかけた星。
楽しい想い出ばかりが積もると信じ続けていた星。
それが、結果的には……。
いろいろ考えているうちに、出来上がりを告げるタイマーが鳴った。
……これ以上考えるな、ってことかもね。
私はそう解釈して、火を止めた。