[AM11:00 中心部の私道]
空を見上げると、太陽がまぶしかった。今日も暑い。
……考えるときは空を見上げる。私は昔からそうだった。昼にはその無限の青さや雲の形が、夜にはビロードの絨毯にこぼれた宝石たちが、私の思考を助けてくれるのだ。夜空は悲しみを連想させるからいつしか見上げなくなっちゃったけど……。
篠崎くんからのお誘い。場所は、あの海岸……。
なぜ彼がそういう気になったのかはわからない。プレゼントのお返しのつもりだろうか。でも、なんであの場所を……。
私があの日のあの場所に「忘れ物」をしてきてしまったのと同じように、彼もまたあの日を引きずり続けている。
それが、私たちが恋人どころか「親しい友達」にさえなりきれずにいる理由だった。
まさか、彼はそんな状態から脱出しようと思ってくれて……?
そうだといいのに……。
私は、空を見上げながらそれを願った。
愛しさがあふれて、なぜか胸が痛い。
約束の時間まで、あと1時間……。
……やっぱり、これしかないわ。
私は結論を出した。
片山くんや長瀬くんの好意を無駄にしちゃうけど、篠崎くんを選びたい。
昔、恋人と友達が崖にぶら下がっていたらどっちを優先して助けるか……という質問に「恋人」と答えたことを思い出した。口に出すのは簡単だったけど、いざそれに似たシチュエーションを迎えてみると、その身勝手さが針のように身に染みる。
……ごめんなさい、片山くん、長瀬くん。
心で謝りながら、私はポケットから携帯を取り出した。そして、片山くんにかける。
……。
『はいはい、真理子ちゃん。どうしたんだ?』
元気な片山くんの明るい声。それを聞いて私は、考え直すなら今しかない……と思った。でも、結局その道は選べなかった。
「実はね、ちょっと都合が悪くなって、篠崎くんのパーティーに行けなくなっちゃったの。残念だけど、私は不参加にしておいて」
『ああ……そうか。それは仕方ないね』
片山くんも残念そうにつぶやいた。やはり、4人しかいないところでひとり欠けると寂しいのだろう。そこからさらに「本日の主役」を奪おうとしている私は、つくづく自分勝手だと思うけど……。
「本当にごめんね。今度、必ず埋め合わせするから……」
『いや、いいんだよ』
片山くんの答えを聞きながら私は、もう一度だけ後悔した。
……真理子、あなたは許されないことをやってるわ。
空の彼方のどこかから、そんな声が聞こえたような気がした……。
「あ……じゃあね。用件はそれだけだから」
わがままな私は、口から真実が出る前に電話を切ることを選んだ。
……本当に、悪かったと思う。でも、篠崎くんと両天秤をかけて勝てるものなんて、今の私にはないのだ。
こんなに醜い恋なら、しない方がいいの……?
その考えも、やっぱり否定されてしまう。
どうすればいいのかしら……。
空を見上げてつぶやいてから、私は再び五十嵐厩舎へ向かった。