[ＰＭ４：20 福島県東部の海岸・砂浜]
「片山くんっていえばね……」
何だか、私の方も勇気が湧いてきた。今なら、ずっと言えなかったことを言えるかもしれない。
「あなたが３日ぶりに目を覚ましたあのとき、彼があなたに泣きついたでしょ。覚えてる？」
「ああ……うん」
「あの前にね、私……あなた以外のみんなに言ったことがあるの。あなたにはどうしても言えなかったけど……今なら何か言えそう」
……それは、私自身でさえももう忘れかけていたことだった。
あの病院で彼の目覚めを待つ間に、私は自分の気持ちに気付き、それをみんなに言ったのだった。
他の人にはこんなに早く伝えながら、肝心の彼本人には言えずにいた、大切な一言。
「……知らないうちに、あなたに恋していたのかも、って」
……大げさに驚くかと思ってたのに、彼は少し目を見開いただけだった。
そして……その瞳は、やがて寂しそうに変わっていった……。
「……嬉しいよ。だけど、応えられない」
そして、落ち着いた声でそう答える。
「どうして……？ 私にそばにいてほしかったんじゃないの？」
「それは本当だよ。でも……」
彼は海を見つめた。
まるで、その中から自分の気持ちを探すように。
と、思った直後……。
「な……何するの!?」
なんと彼は、いきなり海に駆け込んでそこにひざまずいたのだ！
そして、涙声で……。
「……帰りたいよ、あの日に……。あの日から、すべてをやり直せたら……」
「もういいじゃない……！」
……私は叫んでいた。同じようにひざまずき、彼の背中にしがみつきながら……。
「そんなに苦しまないで！ 私、あなたを責めてなんかいないわ！ 昔のことなんて、何の関係もない！ 私は、今のあなたが好きよ……！」
涙が出てきた。人前では決して泣かないと決めていた私が流した、久しぶりの……おそらくは、あの日以来の涙。
悲しかった。
初めて、ちゃんと言葉に出して「好き」と言えたのに、それがこんな形だなんて。
告白だけは、いつもの私らしく笑顔でしたい。ずっとずっと、そう夢見ていたのに……。
……と、そのとき。
私の下の彼が、弾かれたように不意に動いた。
慌ててどくと、彼は海の中に落ちていたらしい何かを手に立ち上がった……。
「……！」
それを見た直後、私は彼と顔を見合わせていた。それしかできなかった。
彼の手の上にあったのは、懐かしくも悲しい、あのブローチだったのだ。
何度も何度も願いをかけた、あの「沈んだ星」……。
「見せて！」
あることを思い出し、私はそう叫んで手を差し出すと、彼からそれを受け取った。そして、すぐに裏返す。
「……裏に傷がある……間違いないわ！ これ、私が持ってたブローチそのものよ！」
「そんな……！」
私たちは、同時にあの岩場の方を見た。
あそこから、ここまで……。
「きっと、あっちの海に沈んだこれが、３年かかって自然にここまで流れてきたのね。でも……それだけでも信じられないのに、さらにそれをあなたが見つけるなんて……」
「……奇跡に近い確率だけど、ありえないことじゃない。現に今、ここにこうしてあるんだから」
考えながら言った私に、彼はそう答えた。
奇跡。
その言葉は、私の心に本来の光を取り戻させてくれた。
「そうよ……奇跡よ。どうして帰ってきたかなんてのは問題じゃなくて、これが私たちのもとに帰ってきたことこそが大切なのよ！」
「そうだね……」
彼の顔にも、笑顔が浮かんだ。
人はよく、奇跡を願って何かにすがろうとする。私もそうだった。
でも、奇跡というのは、本当は願って手に入れるものじゃなくて、そのへんに無造作に転がっているものなのかもしれない。
それを見つけられるかどうかは、自分の気持ちの持ちようなのだ。
私は、手の中の「奇跡の星」を眺めた。
いろいろあったけど、こうしてちゃんと私のもとに戻ってきてくれた。もしかすると、これは文字通り荒波に揉まれて強くなって、それで帰ってこられたのかもしれない。
だとしたら、すごいパワーよね。
……決めた。
奇跡に感謝して、この星に、最大級の願いをかけよう。
でも、願いはもうそれっきりにする。
これからは、何かに頼ることなく、自分で道を切り開いていこう……。
私は、昔そうしていたように、星を両手で握りしめた。
そして、心でつぶやく。
……どうか、この人とずっと一緒にいられますように……。